第14話 拠点へ戻ろう
洗ったシャツが乾くと、エアとソロウは帰り道で焚き火用の枝を拾いながら拠点へ戻った。
着いた頃には、日が沈むだろうかという薄暗さだった。
「おかえり~」
「ああ、サイキ。何もなかったか?」
物音を聞きつけたサイキが笑顔で出迎えてくれる。それに、ソロウは現状を確認した。
「んとね~。スライとティミッドは、疲れて寝ちゃったでしょー? ウェアリーは草むしりしてて、クレヴァーはスライとティミッドの二人を見てる。
シュルードは、相変わらずぶつぶつ言ってて離れたところにいるよー」
――草むしりって。食べられるかどうか調べてるんだろ。
相変わらず、サイキの言葉選びが怪しさを光らせていた。それぞれを指差して説明してくれるため、ウェアリーが図鑑を持ってるのも確認できた。
「……シュルードは、そっとしとこう」
「ソロウ、気をつけてね」
刺激をする方が良くない。そう判断してソロウが口にすれば、すぐさまエアが釘を刺してきた。
「アイツに限っては、いつものことだろ」
八人も居れば、全員が仲良く同じ方向を向くことはない。理想よりも妥協が大切だと、ソロウはエアにそつなく返した。エアはそれに、肩をすくめただけだった。
「ソロウ、今からなにするの~?」
「寝る」
サイキがまとわりついて訊ねてきたので、即答した。目的が生存することに変わりはないが、根本的状況が変わっている。休める時に思考を休ませておきたい。
――寝てなかったしな。一徹なら良いけど。
七十二時間をずっと起きていることは、VR中でもさすがに出来ない。寝るなら平穏な今だと思った。
「エアも今日は寝ろ。サイキ、悪いけど火の番と何かあったら起こしてくれ」
「いいよー」
昨日は皆に混ざって寝ることを楽しんでいたようだが、サイキに本来、睡眠は必要はなかった。今もそれは変わらないようで、頼めば快く引き受けてくれた。
――時間が経つほどに、均衡は崩れる。
ずっとナップザックから出し入れしていたナイフを、着替えの時点でズボンの内側へ移動させた。ライターもズボンのポケットだ。
このまま精神状態が荒めば、凶器を目にした場合に魔が差せば、誰がどう動くか予測が出来なかった。凶器と分かってても捨てられない、ソロウなりの安全対策の一貫だった。
――わざわざ奪いに来るやつはいないだろ。
ドーム外での活動で、ソロウはある程度身体を鍛えている。身体情報もリアルに反映されていた。VR内とはいえ、ここの面子に負けるつもりはなかった。
「……ああ、ソロウ。お帰り」
「クレヴァー、もう日が暮れる。お前も、少し寝た方がいい」
ソロウがテントへエアと向かう。そこには気落ちした様子のクレヴァーが起きていた。
「寝ると、夢に見そうで……」
クレヴァーはあの時、はしごを握っていた。ソロウが突き飛ばさなかったら、はしごに登っていたかもしれない。
そうでなくとも、墜落するヘリに巻き込まれた可能性もあった。教員の姿も間近で見ている。その心労は、計り知れない。
「ああ、俺が突き飛ばしたからな。すまなかった。夢に出たら、思いっきりぶん殴ってくれていいぞ」
今は困ると、ソロウはわざと笑って口にする。結果として全員無事だったが、ナイフを向けたことは悪いとは思っていた。その選択に、後悔はなくても、だ。
「……いや、ソロウは悪くないだろ。最初のアナウンスがおかしかったのに、疑うことなく喜んだのは僕の方だ」
「あの状況なら、それも仕方ないし。クレヴァーは登らなかったじゃない」
クレヴァーの自嘲気味な言葉を、隣のエアが否定した。
そう、クレヴァーはすぐに登らなかった――それが、答えだった。
「クレヴァーが、はしごを持っててくれたから、誰も登らなかった。全員が無事だった。だからもう、この話はもう良いんだ」
もしこれがスライだったら、ソロウが止めるより早くはしごの上へと登っていたはずだ。
彼女は行動力があり、それに比例する身体能力もあったから。
逆にティミッドなら登らなくても、はしごにしがみついて動かなかっただろう。それを引き剥がすのは、きっと容易ではない。
――迷いながら掴んでいたクレヴァーだから、これで済んだんだ。
クレヴァーの隣へ腰をおろして、ソロウはそっと肩を叩いた。ビクッとその身体が揺れる。
俯いて影になった髪の隙間から、クレヴァーが唇を引き結んだのが見えた。
「――っ」
パタパタと、下に雫が落ちた。張り詰めていた緊張がほどけるように、クレヴァーが静かに涙を流していた。
エアは気を遣って、そっとその場を離れた。ソロウがそれを視線で追うと、草むしりをするウェアリーの方へ、歩いていくのが見えた。
――やっぱ……、敵わないな。
ソロウの視線に気づいたエアが、ヒラリと手を振っていた。
昨日よりも状況は悪いはずなのに、どこか気持ちは軽かった。
派手な主張も行動もない。けれど場を変えるほどの影響力を、確かに彼女は持っていた。




