第13話 弱さと本音
川を辿って歩き、森のさらに奥でソロウは湧き水を見つけた。
湧き水がある場所は少し高くなっていて、段差を水が落ちるようにして川が流れている。
「……いって」
最初に手を洗っていると、ひりっとした痛みに顔をしかめる。ライターでの火起こしで、火傷をした指だった。
昨日の夜までは、赤みがある程度でそうでもなかったが、一度も冷やさずに過ごしていたからだろう。
今は幾つか水ぶくれが出来ていて、破けているものもあった。
「リアリティ高過ぎだろ」
しばらく水に手を沈めて冷やし、汚れを落とした。今度はナップザックから、ボトルを取り出して水を汲む。
「ふぅ」
しばらく無心で水を飲んで、耐えていた渇きを癒した。
ボトルを使って、頭からも水をかぶる。湧き出た水が冷たくて、心地よかった。
ズボンは黒いから匂いだけでも落とせたらと、ボトルを使い何度か水をかける。
日射しが届いている大きめの石を見つけて、乾かしがてらそこに腰をおろした。
――どうすっかなぁ。
時おり風が吹いて木々を揺らし、鳥が飛んで鳴いていた。
その再現度に感心しながら、ソロウはこれからのことを考える。
――拠点と水、食料が大事なのはまぁ分かる。
拠点は、ビニールシートとロープだ。場所に関しては、実際に目にしたエアの中に考えがあるだろう。
水は、この湧き水で全員が渇きを癒せるはずだ。
食料が怪しい。墜落現場近くに果樹はあったが、湧き水までの道のりに果樹は見当たらなかった。
チュートリアルと言っていたゲームマスターの言い回しからして、墜落現場は周辺は、環境が恵まれていた可能性もある。
「少しは、立ち直ってくれてると良いんだが……」
置いてきた面子が気がかりで、ソロウはため息を吐いた。
空は青々としていて、当分雨の心配はなさそうだ。その青い空を見上げていれば、現状との埋めようのない差を目の当たりにするようで、ただ眩しかった。
「……くそ」
じんじんと痛む指が、今となってはここも現実なのだと、ソロウに突きつけてくるようだった。
「――なんて顔してるの」
呆れた口調で、エアが話しかけてきた。
ウインドブレーカーをきっちりと着込み、その手に服は無かった。おそらく、どこかで干しいてるのだろう。
「別にいいだろ。ここには、皆がいないんだから」
エアを横目に見て、ソロウは再び空を見上げた。下を向いていたら、さらに考えまで下をいってしまいそうだった。
「当たり前。君までそんな顔してたら、誰も生き残れない」
「エアがいるじゃん」
昨日からずっと求められる期待が重くて、ソロウは投げやりに言った。
ここに集められた子どもたち同士に、親密な関わりはない。ただ義務教育の一貫であるVRで、一緒に過ごすことが多いだけだ。
住んでいる場所も知らなければ、趣味嗜好すら知らない。
――シュルードの卑屈さも、ある意味当然だ。
他者との関わりが希薄すぎて、NPCと変わらないとどこかで思ってる。
現実では、紙ですら指を切って危険だ、用途によって命の危険すらあると、随分昔に廃止された。
その一方で、命の危険があれば強制ログアウトも可能なVRでの内容は、殺伐としたものならば、人が人を殺すゲームや競技ものまである。かなり矛盾した世界だ。
「私、一人じゃ無理ね。求められる役割が違う」
「なんの役割だよ、あり得ないな」
エアがどこを見るでもなく、視線を彷徨わせて呟いた。一緒に行動を共にした今日一日をとっても、エアの動きに無駄は無かった。
だからソロウは、半信半疑でエアの言葉を流した。嫌味にしか聞こえない。
「さあ? でも、新しい何かを掴めるとしたら、それはソロウだけだと私は思う」
「……分かんないなぁ。新しいじゃなくて、今は、ゲームマスターが言った七十二時間を生き残るしかないだろうが」
あまりにもまっすぐに、エアがソロウのことを見つめてきた。その目をそらせなくて、ソロウも見返した。
けれど、エアの考えが分からなかったから、思ったままを口にした。
「ソロウは七十二時間、全員が生き残れると本当に思ってる?」
「……エア、その問いは」
ここにいるのはエアとソロウの二人、他の子どもたちに聞こえるわけではない。
ゲームマスターや教員、AIに聞かれても問題のない問いだった。
それだけに内容が重たく、ソロウはすぐに答えられなかった。
「これは、ただのVRではないよ。その手の火傷を再現する必要が、ゲームだったら不要でしょ?」
「……気づくなよ」
ライターで火傷した、そんな格好悪いことを今、指摘されるとソロウには辛かった。
「ゲームマスターは、ここをリアルにしたいんだよ。……ねぇ、ソロウは本当に、生き残れると思う?」
大怪我ではない些細な火傷、行動に支障が出る類いでもない。ゲームとしてなら、VRでわざわざ再現する必要はないことだった。
「……エアと俺が居れば、出来るだろ」
頼りないエアの微笑みに、さっきまでの自分が重なる。ソロウは嘘でも、そう答えるしかなかった。
――VRのリアルさに、ゲームマスターがこだわってるうちは。
現実を混ぜてくるのならば、ソロウの持ち得る知識が唯一の対抗手段になるはずだ。生きる希望を手放したら、輪が乱れるだけだと言い聞かせて。




