36 救い人
ガンドルフは全身から炎を噴出させ勢い任せに追い詰める。
大振りな剣筋を纏った炎で彩り、必殺の一撃を撃ち込む。
「グアァァァァァァ!!!!」
対する吸血鬼はその肉体を変形し、ヘドロのような黒い血を全身に纏い外骨格を形成し、燃える刃を受け止める。
「小癪!」
「そっちが!!」
鍔迫り合いをする両者に横槍が入る。高速で吸血鬼の身体を貫く水流とそれに乗り体当たりをするヘリオスだ。
「“牙を剥け我が血族”」
吸血鬼の身体から、流れ滴り落ちた血から、周囲へ霧散した血霧から、牙を持つ獣が姿を現す。
「我が撃ち落とす!!──“十指の猟炎狼”」
素早く対応したのはガンドルフだった、ピンと伸ばした指の先から犬の頭を模した炎が素早く駆け回り、血の獣と喰いあった。
「“牢”! ヘリオス」
吸血鬼を包み込むように水が取り囲み、身動きを封じる。
足下の水溜りを滑るように移動して剣を両手で構えたオリビオと拳に莫大な熱と光を込めたヘリオスが同時に吸血鬼へと攻撃する。
硬い外骨格を砕き、致命打を与えた。
吸血鬼は受け身を取れず、地面に幾度も身体を叩きつけながら外壁を壊し止まった。
「…ハハハ…」
ヘリオスは自然と笑いがこみ上げていた。
「何を笑っている?」
「いや、楽しくって…死にそうなのに、負ける気がしないんだ…辛いのに、身体が動くんだ…」
「わかる…わかるぞ、ヘリオス…」
「なんだい?君達頭でも悪いのかい?」
「………もう…勝った気でいるつもり?」
壊れた壁にもたれかかりながら吸血鬼は怒気を含んだ言葉を投げかける。
「ああ、万策尽きたころだろう?君がそこから逃げようとしても無駄だ、周囲の雨は私の支配下だ」
オリビオは油断なく見据える。
既に吸血鬼の身体を縛るように自身の支配下の水を操り、固めている。
ヘリオスとガンドルフは立ち上がるが、疲労感と戦闘で受けた傷の痛みが今になって酷くなってきた。
顔には出さないが、ガンドルフは炎を起こせず黒煙を身体から出し、ヘリオスは右腕の痺れから拳を上手く握れない。
オリビオもあと少しで限界が来る。ミクロとマクロの操作を要求する【支配】はソレに特化した生まれのネレイス家ですら長時間使用すれば脳への疲労が溜まり、プツンと糸の切れた人形のようにいつ意識を失うかわからない。
既にオリビオは瞼がだいぶ重たく感じ始めていた。
「そうね…私も限界ね…まさかこんな若者にやられるなんて……若くても中央騎士…ね…」
「オリビオ、何かされる前に─」
「わかっている」
オリビオは手を向け、握り潰すように動かす。
グチャリとあまり耳にしたくない音が響いた。
「ホントに…相性が悪い相手だった…」
「何!?」
ピシリと建物全体がひしゃげ、天井が崩れ始める。
瓦礫は何の問題もなく、オリビオが受け流し三者は無事無傷だ。
「…追い詰められた…私が、だから…!!」
吸血鬼の身体が大きく変化する。
血の気のない肌を大きく露出させ、彼女の胴回りが膨れていく。
「あ…ああ…あああ!!!」
ドス黒い何かが膨張した身体の内から今にも爆発する。
ガンドルフはソレは自爆による一か八かの賭けであると直感した。瓦礫で阻まれた進路を強引に突き進み最速最短にてトドメを刺そうと動き出すが、負傷した身体がついに動かなくその場で倒れてしまった。
「あぁ…天よ、私は何とも交わりを知りません…」
彼女は苦しそうに天へと腕を広げる。
オリビオは邪悪な儀式であることを看破した。儀式が必要な魔術とは、本来なら長い時間をかけて、万全の状態で、生贄や祭壇を用いる大掛かりなものである。
これは失敗する。しかし、儀式の失敗=不発とは限らない。
妨害を試みたが、どれも成果はなかった。
「大地には死者に溢れ、大海は血で汚れた」
ヘリオスは駆けていた。
止めなければと、必死にだった。しかし、普段の彼ならば一息で辿り着けるはずの僅か数m程度の距離に時間がかかった。
「なればこそ、うまれ、いずる、は」
「“懐■”」
膨れた腹が爆発し中からドロリとした黒い液体が溢れた。
おおよそ人とはかけ離れた液体は人の形を象り、周囲を穢しながら産声をあげた。
真っ先に攻撃をくらったのは、先頭にいたヘリオスだ。
彼は顔を掴まれ、地面へと叩きつけられた。
彼唯一の幸運は咄嗟に微弱ではあるが身体を自身の魔力で覆っていたこと。
先の戦闘から体温が低下せず、微量に残った“熱”の残滓が彼を掴んだヘドロの腕を焼いたことで、叩きつけの威力が減った。
次の獲物へとヘドロの敵意は立ち上がれず歯を食いしばるガンドルフへと向けられた。
「集中豪雨─“矢雨”」
雨が無数の矢となって一点集中する。
しかし、ヘドロの身体は若干の型崩れをおこすだけで、まるで効いていないようだった。
そして、オリビオの限界もきた。立っていられず、その場に崩れ、鼻から血を垂らしながらも剣を取り前へと進む。
それを見てガンドルフも立ちあがる。
「…ハァ…ハァ…来るなら来い!!」
「挑発するな!その身体では無理だ!」
「あと一発…自爆覚悟で燃焼させてやる!」
「先程から黒煙しか出ていないぞ!」
ヘドロはガンドルフへ向けて跳躍しようとして…失敗する。
ヘリオスだ、彼はヘドロの腰へとタックルをして、動きを止めようとしたが不定形の身体を突き破り、オリビオとガンドルフの前へと転げてきた。
「…ぅっ…はぁ…私が、一番マシだ…剣も………ある…」
「…今の見てなかったか?…剣じゃすり抜ける、俺の魔法なら効く…あと1回ぐらいなら…目眩ましの術が使える…それで…」
「全員満身創痍だ…逃げる体力はない、我も足が動かん…」
負傷した身体を保護していたオリビオの魔法が解けていく。痛みが走りはじめ、動けない。
ヘリオスは手を叩くが、手のひらに僅かな光の粒子が現れて消えるだけで意味をなさない。雨に濡れた身体から熱が冷めていく。
三者が思った、ここで死ぬのだと。
そしてヘドロは3人まとめて屠るためか、その腕へと体積を集め巨大な一塊が頭上にできた。
振り降ろされる巨塊に潰される未来を幻視した。
不思議な閃光があった。
巨塊より先の暗雲が僅かに光ったの見た。
次に、巨塊を切り裂きヘドロへと槍が突き刺さった。
白銀の槍の柄を握っていたのは女性。
派手な羽根付き帽子と仮面で顔はわからなかったが、綺麗な服に肩にかけた青い生地のマントには我らのアルクス王国の紋様が刺繍されていた。
冷たいアメジストの瞳が紫電をまとってヘドロを見据えていた。




