35 合流
ヘリオスは自分の正しい出生を知らない。
その心臓は、知らぬうちに魔力を帯びていた。
幼いある日、ヘリオスは自分の体温を下げることができなくなった。
パニックになり、余計に彼の心臓の鼓動を早めてしまった。
それを治めたのは養父、アーサーだった。
その日を境に、ヘリオスの感情は抑えられ、必要以上に力を使うことをせず、最高率の戦いを心掛けてきた。
いま、その制約を解く。
ヘリオスの胸の内側が赤く輝く。
それは強い光が筋肉を通して赤く見えるように輝いていた。
身体を巡る血流すらもその光を帯びていく。
彼の身体を蝕もうとした穢はその光に耐えきれず、塵となって消えていく。
「うそ…」
吸血鬼は目を細めて、その光に目を奪われていた。
皮膚を刺す痛みすら気にならず、ただ羨む心が胸に広がる。
それは手を伸ばそうにも掴むことのできないものだ。
吸血鬼は陽に嫌われた、否、陽と相容れない者である。
月によって歪められた陰の魔力を糧とする種族である故にその魔力の元であり、神聖の象徴とされる太陽は毒となり、その身を焦がす。
直射日光を浴びでもしなければ、崩れることのない自分の魔法陣がことごとく力を散らして意味を無くす。即ち、今目の前で輝く彼の心臓は太陽そのものと同義であるとレダは理解した。
彼の血はとても危険だ、人間で例えるのなら酸素の塊か、それとも、栄養価の高すぎる高カロリーな食べ物か。
どちらにしても、毒にしかならない。
だが、その光に魅せられてしまった。
光は、既に動いていた。群がる雑兵をかいくぐって、眼前に迫っていた。
やけにゆっくりとした動作に見えたが、自分の反応がついてこない動きに後手に回ったことを悟ったのはその拳が私の胸へ撃ち込まれた瞬間だった。
「──ふぅー…」
渾身の一撃を決めた姿勢でヘリオスは止まっていた。
無茶な動作に身体が悲鳴を上げ、傷口から血が滲み、熱の昇った頭は風邪をひいたように頭痛がする。
「ゲホッ……女の子の胸を触るなんて、お兄さん騎士シッカクなんじゃない?」
「籠手でよくわからなかった、次はしっかり仕留めてやるから逃げるな」
「仕留められるのは、どっちかしら?」
女の腕は変形し、血肉の巻き付いた骨の捻り槍となって突きつけられる。
それを寸前で躱し、一歩踏み込んだ瞬間に気が付く。
周囲に異様に蝙蝠が飛んでいることに。
口だけの蝙蝠の群れが一斉に金切り声をあげる。
ヘリオスは身体が硬直し膝をついてしまう。
そして、レダの身体には何十何百と蟲が寄り集まり、傷口へと侵入していた。
「うっ…フフフ、あらかじめ自分の眷属に高濃度の私の血液を渡しておくことで、大怪我を負っても問題内容に保険をかけておいたの…少し、肌が逆立つけれど」
数分もしないうちに彼女の損傷は修復され、補充された血液によって先程以上に力を高めていた。
「それに、今のは少し驚いたけど…眷属はまだ沢山いるの、それにこれからも増えていく」
彼女の呼びかけに応えるように何体もの亡者が現れる。
「…なに?」
突然、レダの表情が深刻になる。呼び出した亡者が言うことを聞かず、自分を取り囲むように動いていた。
その一体に腕を掴まれ、地に倒されそうになる。
振り払い、血の刃で斬り刻む。
「コイツら!私の血が通っていない…!」
「ご明答、彼らの血液は既に浄化している…。死体を弄ぶのは趣味ではないが、使わせてもらった」
亡者の体から大量の水が溢れ出て、レダの手足を拘束する。
そして、間髪入れずあらわれる炎の大鳥。まともに防御ができない頭部に飛び込み炎上する。
「うぬぅ…ネレイスめ、湿り気のせいで火力が調整し辛いぞ」
「文句あるなら休んでいたまえよ」
「…助かった」
ふと口から漏れた言葉にハッとする。まだ終わっていないが、体の緊張が解けていくのがわかる。
「すまない…生きててよかったよ…ヘリオス」
「もしかしたら、吸血鬼の手駒に堕ちたやもと心配したが…問題ないようだな!」
「ああ、だが…すごく、血が足りない…」
疲労感が全身を重たくする。鉛のように身体が重たくなり、膝から崩れそうなところをオリビオの水球が受け止める。
「ネレイスは支援と防衛、メインは我が行く」
「言っておくが君、骨折してるからね?応急処置はしたが、応急処置は治った訳じゃあないからね?理解してるかい?」
「見くびるな!我もちょっと痛くて、指先が震ってしまうが逆に目が冴えるぞ!」
「駄目だ!やっぱり安静にしていろ!私が前に行く!」
「くどい!こういうのは身体を燃やせばそのうちの治まる!」
ガンドルフは全身から炎を発し、飛び去っていく。
「ちっ…」
「オリビオ、情報共有」
オリビオは何か文句が口から飛び出しそうなのを飲み込み、互いに不在の間の出来事を整理する。
「保護した子供があれ、吸血鬼」
「亡者の血を抜き取って私の水で満たして支配権を奪った」
「血は毒かも、浴びると眷属にされる、俺の魔法で抵抗可能」
「私とあのバカもそこは問題無し」
「俺達は…どうやら、相性がいい」
「肯定だ。…次代のオラクルの噂は本当だったようだな」
「おらくる?」
「騎士団…いや、王国創設期から国に仕え、未来─ああ!コレは後だ、言っておくが私もあまり時間が無いからな」
「そうか、ガンドルフも動きがぎこちないな」
水球の中に身体がゆっくりと沈んでいく。
身体についた汚れが浮かび取れていく。
「今、この館を覆う程度の雨雲を待機させている。窓や壁の隙間から徐々に侵入させて、既にこの場を支配圏に入れた。しかし、私の魔法はアドラヌスの炎と相性が悪い」
「ああ、炎が消えるのか」
「いや、奴の炎はそんなのでは消えない、だが、制御できずに暴発しかねなくなる」
「その上、随分と負傷しているな」
「以前のように足場は用意してやる、それと、身体の補助も行う」
次の瞬間、ヘリオスは水球から勢いよく射出され、一直線に吸血鬼の元へと撃ち出された。




