34 アンデッドスクワッド⑦
暗い館の中に蠢く複数の影。
天井には夥しい数の蝙蝠が静かに司令を待つ。
壁には擬態した虫が張り付いている。僅かな翅の動きがモザイク模様が歪んでいく。
床には鼠や犬、豚に牛、羊とが整列している。だが、その間を這いずるように巨大な蛇が動き、気まぐれに肉を食らう。
「………」
女は自分の口に指を入れて中の状態を確認している。
女は豪奢な金と黒のドレスを身にまとい、右の手で自分の口を左の手で自身の金の髪をといていた。
真っ白な肌、青い唇。切れ長の目は、何を見る訳でもなく虚空へと向けられていた。
「─何時まで、そうしているのですか?」
「…………」
広間に置かれたソファに寝そべるように座り、口に手を入れたままダラリとしている上司に口だけ蝙蝠が声をかけた。
返答はなく、虚空を見ていた目が声のする方へと向けられただけで何も変わらない。
暫くして、何とも淑女が人に見せられない姿を晒しながら続けていた行為をやめて、口の中から手を引き抜く。
引き抜かれる瞬間、彼女の指先は人の目玉と蟲の脚を思わせる部位があったが直ぐに沼に沈むように身体に溶けて消えていった。
「…口が痛いわ…お兄さん、ええっと……ヘリオスはどうなったかしら」
「─彼なら………」
動物達が道を空ける。そして座ったソファに蟲や動物が群がり、持ち上げ運ぶ。
運ばれた先には鎖に繋がれた状態で眷属蝙蝠に全身が覆われたヘリオスがいた。
彼の足下にには何十匹か蝙蝠の亡骸が落ちていた。
「─彼、我々の天敵ですね」
「そうね、私も口の中火傷したもの…それに治りも遅いわ」
「──やはり殺すべきだ」
「やれるなやってみなさい」
「─………」
「貴様は、…何者だ…」
「私はレダよ、変わらず」
「………何が目的だ」
「うー…ん、少し長くなるけど…聞く?」
「…意外だな」
「もち、喋り相手いなくて退屈してたんだ」
「気づいていると思うけど、私は吸血鬼…こっちは眷属達」
「……」
「私の目的ね…うーん、まぁ、人体実験とソレのための材料集めかな…なかなかレアな素材が手にはいらないから各地を転々としてきたの」
じっとこちらを見る。
「私の眷属にならない?」
「断る」
「だよね」
レダの指先に血が集まり、勢いよく首筋に突き立てられる。
「強情だね、お兄さん」
「…」
爪はヘリオスの皮膚に触れた先から焼け落ちていく。
彼女は気にした素振りはない。
「お兄さんみたいなレアな人材を引き入れたいと考えているんだが…どう?
私の仲間にならない?」
「吸血鬼は脳の劣化が激しいのか? 断ると言ったが」
ガチャンと鎖が溶け落ちる。
「…!」
ヘリオスの拳がレダの顎を掠める。
「一つ感謝を…。 後で書く報告書の文量が増えたぞ」
一瞬の静寂の後に、蟲と蛇の大群が襲いかかる。
「無駄だ」
全身から魔力を放出する。
閃光と熱波が小さき害意を焼き尽くす。
一歩、一歩、吸血鬼に向かい近づく。心臓の鼓動が強くなるたびに全身に熱が巡る。
「近づくな!」
吸血鬼は亡者がその行方を妨げる。
一体一体が鎧を身に着け、手には様々な武具を握っていた。
そしてなにより。
「…呆けていないな…」
「放し飼いにしていた雑兵と比べないことね…そして、できれば原形を残して死んでほしいわ」
戦闘の一体が突っ込んでくる。
剣の切っ先を向け、防御を考えていない突進。
ヘリオスは紙一重のタイミングで躱し、踏み込み、拳を防具のない顎を狙い打ち込む。
怯まない。
亡者は生者と同じ反応はしない。
そして、仲間意識どころか自己の損傷も気にしない。
腹部に痛み。
後方から槍が貫通し、刃が肉を抉る。
「ッ…」
(敵を舐めていた。
力を抑えていては、殺られる。)
「うらあああ!!」
渾身の力で目の前の亡者を殴り抜ける。
衝撃の瞬間に込められた魔力が反応し、輝く。
その光を受けて、亡者達は体表が焼けるような反応を示す。
(通常の打撃に比べて手応えが段違いだな…持続させるのは苦手だが、攻撃時合わせて放つのはできる)
亡者の腰にさしていた短剣を掴み引き抜き、勢いのままに腕の健を斬る。
力の抜けた腕から剣が落ち、ソレを掴みながら目の前の亡者にトドメの蹴りを放つ。
次の敵へと向かう瞬間に変化が起こる。
「…“ドレスアップ”」
その言葉の後、視界内にいた亡者達の色が赤黒く変色する。
まるで霜が植物にかかるように、薄い血の膜が張り付いていく。
ガキンと金属がぶつかるような音が響く。
それは、ヘリオスが振るった剣が亡者の首に当たった音だ。
咄嗟に短剣を捨て、剣を両手で持ち引き斬る。
亡者の首からは勢い無く、ドロリとした血が垂れる。
槍を突き立てられるが、穂先を躱して柄を握り、隙だらけの胴体を突き刺し、壁へと押し込む。
振り向きながら次々と来る亡者を相手にする。攻撃は避けて、一撃で足が腕を壊す。直ぐに治されるが、暫くは前線にはこれないだろう。
(血の衣を纏ってから動きは鈍くなったが、光を纏わせた攻撃を意に返さなくなった…それどころか、一撃で致命打を与えられなくなった)
一体一体相手ならば、3撃も撃ち込めれば確実に倒せる。しかし、多勢を相手に撃ち込める余裕はない。
そして幾度か、致命傷を受けるタイミングがあった。
その都度、魔力を放出して生じる衝撃波で体勢を立て直すが、魔力を一気に放出することに慣れていないうえ、消耗が激しく行えば行うほどに動きのキレが落ちていくのが感じられる。
倒した亡者の数が20を超えたあたりでソレに相対した。
その亡者は他のとは一味違った。
見た目は錆びた鎧をまとった騎士だった。
武器は持たず、拳が砕けた籠手を構えていた。
ソレの拳を防いだ瞬間に、防いだ剣が圧し折れ、腹にズドンと重たい衝撃が伝わる。
胃袋がひっくり返り、吐瀉物を撒き散らしながら壁に叩き込まれる。
「ぇ…がハァ…ゲホゲホ!」
強力な一撃を逃がすことなく受けたことで、限界がくる。ゆっくりと迫りくる足音を感じながら立ち上がれずにいる。
「お兄さん、随分粘ったね…やっぱり元が強いと良いゾンビが作れるんだけど、お兄さんも仲間にならないかしら」
「……ゼェ……たしか…、ゲッシュだったか?
…元々格闘者として相当な腕だったのか…」
「あらお目が高い、ソレ先日作ったばっかりの新鮮ゾンビよ」
折れた剣を杖代わりに立ち上がる。
「…魔法を固めて、魔力を込めて…」
大きく鼻で息を吸いながら口から息を吐く。
少し鼻血が混じっているせいか、普段よりも吸えなかったが、頭をスッキリさせるには十分だ。
折れた剣に僅かな光が灯る。
亡者に対して剣を投げつける。空を回転し迫る刃に亡者は撃ち落とすことも、躱すこともしない。
折れた剣の刃が剥き出しの頭部に刺さっても気にした素振りを見せない。
「…やはり生き物でないからか、警戒心がないな」
剣に込めた魔法が発動する。
熱と光が内部から亡者を焼き、その身体がドロドロと溶けていった。
「すまないな、だが、俺がされても文句は言わないからお前も文句を言うなよ」
「剣を通して内側から魔法を当てるなんて…ヒドイことするね」
「随分と駒が減ったけど、その分はお兄さんが働いてもらうわ」
女は笑いながらこちらを指さす。
「ねぇ、お兄さん。随分真っ赤に染まったわね、似合っているわ」
ヘリオスは返り血を浴び、たしかに赤黒くなっていた。
「人って死ぬと血も止まって固まるんだけどさ、この亡者達って死んでいるのに血は生きているんだーなんでだと思う?」
ヘリオスは残った体力を全て使い、体温を限界まで引き上げる。手元にあった武器を投げ、駆け出すが行く手を阻む亡者の壁がそれを邪魔する。
「チッ…」
「吸血鬼相手に血を浴びるなんて…ジサツ行為だよ」
ドロリとした感触が全身を支配し、身体が重たくなる。
「ゾンビに血をまとわせた時点でもう遅いの、コレ等の攻撃を受けることも、コレ等を倒して返り血を浴びるのもダメ」
植物の蔓のように全身に巻き付き、そこからチクチクと針を刺されるような痛みが起こる。
「流石のお兄さんも全身の血を入れ替えられたら…ゾンビになるよね?
どうなるんだろう…自分の魔力で身体が溶けるのか…はたまた、使いこなせるのか」
「何度も同じ質問をしているな…お前は頭が悪いのか?」
「俺は、醜いバケモノにはならない」




