32 アンデッドスクワッド⑤
呆気なかった。
ヘリオスは、2人が外に出た後。レダと不器用ながら対話を行なっていた。
自分よりも年下の人間と触れ合う機会がなかった彼ではあるが、かつて養父がそうしたように振る舞おうと努力をした。
そんな時だった。
「あっ…うぅああ…」
レダが頭を抑えながら蹲ってしまった。
「どうした?」
応答はない。だが、明らかな異状だ。自分ではわからないが、医学に少し詳しいらしいオリビオに聞けばわかるかもしれないと思い、レダを抱えて外へと向かおうとした。
そこで違和感を感じた。
キチキチと小さな…鳴き声が聞こえた。
振り返った。その先に、鼠がいた。
灰色の少し大きいような鼠。
赤い、充血したような目と目が合う。
咄嗟に、足下に置いていた置物を蹴り飛ばすが、躱された。
そこで気が付く。
キチキチキチキチと鳴く音は一つではなかったことに。
既に取り囲まれている|。
「オリ───グがぁ…!?」
大声をあげようとして失敗する。口に何かがねじ込まれた。
口に入ったモノは動き、口の中からキチキチと聞こえる。
左腕を口に突っ込み、強引に引き抜くとそれは蝙蝠だった。
事態は既に最悪だ。足下には溢れる程に鼠が折り重なり、ブーツの金属プレートに噛み付く音が聞こえる。しっかりと装着した装備は機能を全うしているが、それも長くは保たないだろう。
顔に群がる蝙蝠を払い除けながれ腕に抱えた少女に呼びかける。
「キャアーー!!イヤーー!!」
少女は錯乱状態だ。無理に手足をバタつかせるので落としてしまいそうになるのを必死に堪える。
彼女の体には少なくない傷がついてしまっていた。
「すまない…すまない…騎士失格だ」
少女を傷つけてしまった。そして、この解決手段の為に硬い鎧に少女の頭を押し付けてしまう。
鼠や蝙蝠、虫、蛇等に群がられる。ヘリオスでも叫びたくなるような状況に耐えながら、自身の魔法を行使する。
指先に集中させる。中指と親指を合わせて、弓の弦を思わせるように中指に力を込める。
親指の留め具を外された中指がパチンと音を鳴らす。
その瞬間に、眩い光が衝撃とともに放たれる。
─閃光波─
ヘリオスの扱える魔法。攻撃性自体は殆どないが、増大した音の衝撃と視界を焼く光によって周囲の生物に空白を発生させる。
(拘束が緩んだ!今だ!)
床一面に広がる害ある物たちを踏み抜きながら扉に体当たりするように外へと逃れる。
「しっかりしろレダ。クソ、途中から聞こえていたが…2人も襲撃されたのか? なら合流すべきか、この子を連れて一旦退避し応援を呼ぶか…」
「─なるほど、なるほど…それは厄介ですね、そして困りますね」
声のする方へと視線を向けると、口だけの蝙蝠がいた。
蝙蝠の顔に無理やり人の口を縫い付けたような、不気味な造形の蝙蝠に目を剥く。
「貴様が一連の犯人…だな」
「──はい、そして貴方の魔法が一番鬱陶しいので、ここでリタイアしてもらいます」
(来る。口だけ蝙蝠の他に目だけ耳だけ鼻だけの蝙蝠が何匹もいる。そして、先程の虫、蛇、鼠も動き始めるかもしれない。それに、コイツは亡者を操る力もある。
他にも魔法による攻撃の可能性…考え難いがガンドルフのように炎を吐き出すことも考慮しなくては…。
数の暴力ならそれに対応してこちらも魔力を爆発させて対処をしなくては…だが、そうなるとレダを巻き込むかもしれない。)
数瞬の迷いはあった、油断はなかった。
この時に背後から亡者の奇襲があっても反応できただろう。
ヘリオスは全身の体温が上がり、何時でも魔法が放てるように、そして全速力で逃げることもできるように準備が整った。
「そうか、では逃げるとする」
その一言の後、ヘリオスは全身から高密度の魔力を放出しようとした。
「かぷ」
首筋が何かに噛みつかれた。
何か…ではない。レダだ。
「んー…ぎゅーっ…んー」
何かが、首筋を通して、身体の内へと、流れ込んでくる。
レダの身体を離そうとするが、まるで人の…少女のものとは思えない程の怪力で固定された。
「う…あ……」
視界が赤く、青く、白く、黒く…。
力が抜けて膝から崩れるように倒れる。
「…騎士様…おにいさんは、お優しいですね…」
耳元で声が聞こえる。
「倒れる時まで、私を庇うように自らが下になるようになさるなんて」
ガブりと今度は強く首を噛まれる。
「ちゅー…ちゅー…」
そして一気に首から血液が吸い出されていくのがわかる。
が、ソレは長くは続かなかった。
「ガハッ…ゲボッ…!!」
ベチャベチャと顔の横で血液と吐瀉物が混じったモノが落ちてくる。
「…れ……だ…」
「───」
ギロリと充血した目が周囲を飛ぶ蝙蝠に向けられる。
「……一度館に戻ります」
「──その前に、彼にもう一仕事してもらいましょう」
力が抜ける…意識が保てない。
薄ぼんやりと、瞼が落ちてくる。
その視界の先に少女だったものがメキメキと音をたてながら何かに変貌していた。




