27 空の上
到着から5日。
俺はパルテでの研修と訓練を受けていた。
渡された資料に目を通して書かれた数字を見て、金庫の中と見比べ、不審な出費がないかの確認。
市民からの要望の仕分け。
備蓄された食料や備品の点検管理。
馬の世話と厩舎の掃除。
市内の巡回と市外の巡回を交代しながら昼と夜行う。
要請があればすぐに駆けつけて、予定された通りには進まないスケジュール。
そのため、何度か食べ損なった昼飯を補うように、深夜と呼べるような時間に多めの食事を取る。
「いらっしゃい」
「こんばんは…」
「ご注文は?」
「肉サラダと…本日のオススメお願いします」
「あいよ」
グスタフさんから貰ったメモには都市内の飲食店が複数書いてあり、朝に開いている弁当屋やパン屋等も記載されている。
だが、始めて来店してから他の店には行っていない。
理由は単純。
ここの料理が美味いんだ。
テーブルにワクワクしながら待っていると皿が運ばれてくる。
薄切りされた生ハムにオイルとチーズソースがかけられたサラダ。
チーズの濃厚な匂いとサラダのシャキシャキした食感が癖になる。
そこに生ハムを絡めて味わう。
店の扉が開く音と1人分の足音が近づいてくる。
気にせず食事をしてたが、その足音の主は知己であった。
「お!こんなところで会うとは…」
「んぐ…グスタフさん」
彼は俺のすぐ隣の席に腰を下ろしながら、「いつもの」と注文する。
「そうだ。グスタフさん、ありがとうございます」
「急にどうしたのですか」
「この店を知れたのはグスタフさんのおかげだから」
グスタフさんの前にボトルとグラス、そしてツマミの豆料理が運ばれてきた。
慣れた手つきでコルクを外してグラスに注ぐと、少し口を湿らせるように酒を飲む。
「フフフ、気に入ってくれたようで嬉しいですぞ」
そこから他愛ない会話がポツポツ続く。
若い日の父はどんな人だったのかや、苦労話何かを聞いた。
運ばれてきた料理は無くなり、互いに余韻を楽しんでいた。
「随分経ちましたな、そろそろお開きですかな」
「そうですね」
「…あっ、そうだ。ヘリオスくん、君に少し面倒な仕事をやってもらいます」
「え?…今からですか?」
「いえいえ、明日に…そうですなーオリビオくんとガンドルフくんが一緒になると思いますが、楽しみにしておいてください」
「面倒を楽しい?」
「フフフ、楽しいですぞーきっと」
よく分からなかったが明日に備え帰路についた。
─翌朝─
ヘリオス、オリビオ、ガンドルフの3人が集められた。
「この3人を集めて任務…ですか」
「我らは新兵の中でも優秀である自負が…監督する騎士が着かないとは?」
「はい、説明いたします」
キビキビとした動きをする女性騎士が今回の任務について説明をする。
この街の付近の村で魔物が出たと報告があったので調査として傭兵を向かわせたが、帰ってこなかった。
次に街に駐在していて騎士を向かわせたが、一名を除き行方不明となり、一名も重傷を負って死亡。
「ふむ…」
「ですので、中央騎士を派遣することが決定いたしました」
「いや、それでも新人だけで明らかな危険地帯に乗り込めと?」
「はい、…ですが、貴方達3人のみであれば生還率は高い筈です」
「しかし─」
「ネレイスのよ…よせ、決まったことだ」
ガンドルフはふんぞり返るように椅子にもたれかかる。
「我らで行く、それは変わらぬ…駄々をこねても無駄だ、我らは既に中央騎士だ」
「くっ……!…ふぅ…わかった」
「それで、内容は魔物の調査と討伐ですか」
「はい、それから行方不明となった者達の救出を」
「わかりました」
「お気をつけて」
「ハァ…せめて増援を望めるかと思ったのに」
「フハハハ!不要不要!頭数が増えればそれだけ戦えぬからな!」
「えっーと…?ここから南に行くのか?」
「地図が逆だ逆。北東に馬車で3日といったところか?」
「3日では駄目だ1日で行くぞ。我が魔法でそこまで飛べば!」
「行かないぞ!準備も必要だし」
「おー話は終わったようですなー」
「あっグスタフさん」
グスタフさんは荷物をまとめられた荷車を用意していた。
「3人はこの荷車に乗るのですぞ!」
「馬が見当たらないのですが?」
「私の魔法で付近まで飛ばしますので、回収には終わった頃を見据えて向かいますので気にしないくても大丈夫ですぞ〜」
オリビオは何か言おうとしたがガンドルフに担がれ荷車に乗車した。
「行ってきます」
「健闘を!」
「ちょっ…待ッ゛」
空の旅は驚くほど快適であった。
みるみる離れていく大地、身体を支配していた重力からの解放。
荷車から飛び出しそうになった荷物を片手で押さえながら景色を見渡した。
いつしか上昇は緩やかな速度になった、少し、同乗者と話したくなった。
「雲の上から世界を見たことはあるかい?」
「いや、無いな」
どっしりと座った彼は俺に目線を向けずに答えた。
決して彼は俺のことを避けているのではなく、この光景を楽しんでいるのだろう。
「山頂から見下ろしたことは何度かあるが、それとはまるで違うな」
「地面が!…遠い!」
友は荷車の端を掴んで離さない。もう少し景色を楽しめれば良いが、彼は鳥には向いていないようだ。
「いつもの傲慢貴族な態度はどうした?」
「ばばばばバカにするなよ!傲慢だなんて!君がそれを言うのかぁ!」
「ハハッ!口調が崩れているぜ?」
「そろそろ雲と並走しそうだな」
友の悲鳴が聞こえる。俺と男は笑った。
そして頂点に達した。
「天国なんてあればこんな景色かな?」
「縁起でも無いこと言うなよぉ」
「陽射しが強いな、それに雲が下にあると雨は下から降るのか?」
「下から降るなんて言葉は無いぞぉ!」
「それは困った……傘をさしてもずぶ濡れになるじゃないか?」
3人は笑った。
「さて、着地はどうする?」
「必要無いだろ?安全は保証されている…筈だ」
「何故言い淀む!」
「心配なら魔法で何とかするか」
「う~む、我が魔法は周囲に被害が出てしまうかもなぁ」
「ああもう!」
オリビオが手をかざした。その先の雲が形を変えて彼の手の先に集まる。
いつしか水の球体が俺達の周りを包んでいた。
「もし酷い衝撃が来てもこれで抑える」
「驚いた、お前にも怖いものがあるのだな」
「少しづつだけど、高度が下がってきたな」
「ああ…来い!いつでも来い!人生最期に見るにはロマンチックな景色だったが、同乗者が男しかいないのが残念だ!」
着地はゆっくりと、まるで羽毛が地に落ちるかのように、音を立てずに降り立った。
「やった!大地に感謝を!地に足で踏みしめられる幸運に!」
落ち着くには少し時間がかかった。




