26 その頃に
─海の宝─
その最高級店は普段と違う空気が流れていた。
普段なら、音楽家の演奏と最高級の食材を用いた料理のコースを貴族階級へと提供する。
店の名前にちなんで、パルテ周辺の海から採れる海鮮を用いた料理が売りである。
元々パルテは穀倉地域であり、貿易の拠点である為、他に比べて最先端を行く都市とされている。特に食に関しては王都より先に行くと言われている。
そこで頂点に立つ店を今夜貸切にした者がいる。
派手な仮面と派手な衣装で周囲の視線を集める人物。
エレオノーラ・ケラウノスである。
元々は彼女単独での貸切来店であったが、直前で「何人か増えるからヨロシク」と連絡があったが、そこは最高級店問題なく対応。
エレオノーラを入れて3人が円卓を囲み、食事をしていた。
1人は騎士長グスタフ。もう1人はベールで顔を隠した女性。
グスタフは酒を飲みながら、少し不満気な顔でエレオノーラを睨んでいた。
一番始めに声を出したのは、ベールの女性であった。
「エレナ、落ち着いて食べなさい」
「モチャモチャ……プハァ…え~テーブルマナーとか気にせず食べるのが良いんじゃん」
「リストランテで言うセリフではありませなー」
エレナはコルクを指で摘んで、握力だけでワインボトルを開けそのままラッパ飲みをする。
酒好きなグスタフは眉をひそめ、溜め息をつく。
「ぷはぁ~…久々のお酒ぇ〜」
「せめて我々だけのときは仮面を脱いだらどうでかな?」
「んー…まぁ、いっか」
ポイっと仮面を外してフォークとナイフへと手を伸ばす。
厚切り肉のステーキへとその視線は固定されていた。
「まったく…はしたないですよ」
老婆の声が聞こえると同時にナイフフォークが虚空に空振る。
「あ……」
「ふむ…見ない間に随分、逞しくなられたのね。逞しすぎて野生の獣かと思ったわ」
「…いや…その…これは…」
老婆は手に持ったステーキの乗った皿をエレオノーラから離れた位置に置くと空いている席に腰掛けた。
その人物の横にベールの女性が素早くグラスと瓶を持って寄る。
「いいよ、お酒は控えてるんだ」
「はい、お祖母ちゃん」
「お久しぶりですなオラクル殿」
「よしな、オラクルの名は孫に譲ったんだよグスタフ坊」
「………」
エレオノーラは小さく丸まっていた。
自分の見習い騎士時代に先達として教えてくれたグスタフは慕っているが、どこか舐めている節がある彼女だが、この老婆に関しては頭が上がらない。
オラクルとは襲名制の王家に仕える特別階級の魔導士のことである。現在は実質的に空席であるが、この場にいるベールの女性が次代となるべく研鑽中である。
そして、この老婆こそ現役を引退した形式上最後のオラクルであり、名はメティスという。
「ごめんね…ちょっと寄り道したら遅れちゃったねぇ」
「いえいえメティス殿もお元気そうで何よりですぞ」
「お祖母ちゃん、何食べる?…エビ美味しいよ」
「ミネルヴァちゃんは自分の分を食べな、大食いの雌獅子が食べきらないうちにね」
「め…雌獅子って私のこと!」
「エレオノーラは、肉だけじゃなくて野菜も食べなさいな」
「食べてます!フルーツも食べてます!」
「そんなんだから、家系の中で唯一ボインに慣れないと嘆くことになったんだよ」
「なっ…!…ボイン!てか、過去形!?こっからです!まだ25なんですから!」
「もう終わりだねぇ」
「ハァ…」
グスタフは思った。
(行きつけの飯屋に行きたい…)
ベールの女性─ミネルヴァは思った。
(私は有る方だと)
「そういえば、グスタフ坊。街で新兵を見かけたんだけど」
「おや?何か失礼がありましたかな?」
「いんや、いい子だったよ。だけど、……」
含みのある言い方だ。
「…だけど、微かに洗脳系の魔術が施されていたんでね」
「なんですと…?」
洗脳魔術と聞いて穏やかにいられず、声が出たグスタフは身を前に老婆へと顔を寄せる。
「だ、誰なのですか!身辺調査や事前の検査はしっかりとやったはずですぞ」
「落ち着きな、…知ってる奴の魔術式だったし効果自体は既に終了していたから、遠隔で操るなんてのは無いね」
「そ、そうですか…失礼…それで、その新兵はどのような者でした?」
「ン…?口元に火傷があったねぇ…痛々しいけど端正な顔の坊やだったよ」
「火傷…ヘリオス殿が?…その新兵の父はアーサーと言う男で元々は中央の騎士団に所属していた御方です」
「アーサー…懐かしい名前だね、20年前に会ったきりだったけど今は何処だからの隊長だったけ?…アタシは直接の関係はないけどたしか、アンタの元上司だったね」
グスタフは頷く。
話についていけないエレオノーラとミネルヴァは互いの苦手な食べ物を押しつけ合っていた。
「アーサー殿は私の師匠と言っても過言ではない方ですが…あの方の魔法は剣を一振作り出す…だったはずでは?」
「そうさね…あの子は魔法があんまし得意では無かったからね中途半端な剣だったけど腕っぷしは強い子だったね……まぁ、新人も悪くないね、粒揃いじゃないか」
「はい、今年は特に」
グスタフはニッコリと笑い、新人達へ思いを馳せる。




