25 これまでと、これからに
「宮廷魔道士だった…ということか?」
「そうだよ、お若い騎士よ」
老婆に手を引かれ道の端へと導かれた。
「お若いの…随分と数奇な生い立ちだね」
「いやよくいる孤児だったと聞いている」
「孤児がよくいちゃあいけないだろう?」
呆れたような顔をされた。
「お若いの、その顔の痕は自分でやったのかい?」
「この火傷のことか?…身に覚えがないが、気がついたときからあったぞ」
「そうか知らんのか…アタシの見立てでは自分の魔力で焼けた痕だねそりゃあ」
「そうか、…そうだろうとは思っていたが」
「それじゃあ…アンタの頭についてるモヤは誰のだい?」
「モヤ?」
何を言っているのだろうか。
「引退した身だが、国を思う気持ちは変わらないのがアタシなんだよ。国の新兵に怪しいやつがいたから声をかけただけだね」
老婆の声は何も変わらない。
気がつけば周囲の音が消えていた。
まるで人が掻き消えたように、気配も音も匂いもしない。
だが、目の前の老婆から目が離せない。
「なに、呆け老人の戯言だと流してもらって構わんよ」
まるでこちらを見透かすような虹色の瞳孔が引き絞られた弓矢のように感じた。
ローブから覗く顔は老いた老婆のモノのはずなのに、若々しくも見えた。
「俺は、…──」
一呼吸。
飲まれるな、鼻で吸って口から吐き出す。
「失礼だが、貴女が何を言っているのか、全くわからない。……たが、それはきっと俺のためのものだ」
「……そうか、すまないねぇ。老婆の戯言に付き合ってくれて」
コホンと咳払いをしながら老婆はゆっくりと瞼を閉じた。
石畳を歩む人々の雑踏が聞こえ始めた。
「ヘリオスー何をしている?」
「…オリビオ、今こちらのご老人に」
「ご老人?…道案内でも頼まれたのかい?」
既にそこには老婆の姿は無かった。
「どうした?」
「…いや、何も問題はない」
それからはあの老婆を見かけることはなかった。
時が経ち、夕暮れ時になり空が赤くなる。
俺達は目的地に到着した…。
「大変申し訳ございません…本日は貸切になっております」
「なっ………」
オリビオは言葉を飲み込んだが拳を握りしめる。
どうやら、今日はどこかの貴族がこの店を貸切にしているそうだ。
「オリビオ様…どこの家か調べましょうか?」
「いや、いい…余計なことをして藪から蛇が出ても困る…」
短い付き合いだが、彼は自分の予定や想定を超えることが起きると脆い一面がある。
彼はすぐにここを立ち去ろうと言って俺とパオロを掴みながらその場を去る。
「そんなに残念がることはないだろう?オリビオならまた来れるだろう」
「私は……いや、何でもない」
「申し訳ございません…私のミスです…私が先んじてコチラに出向いていれば…!」
「パオロのミスではない…それにお前は、今は私と同期の王国騎士だ…今更だが、今は従者としての役目は重要ではない」
「…飯のことだが、グスタフさんにメモをもらってたんだが…」
「メモ?」
「ああ…暫くこっちに滞在するから、その間にまわってみたらどうだって飯屋のメモを…あった」
ズボンのポケットに入れていたメモを取り出す。
「えーと…ここが…西-6-12だから…」
近くにかけられた看板を目印にしようとしたが…よく分からなかったのでパオロにメモを渡す。
パオロはメモを理解できたのか、頷き俺とオリビオへと言葉をかけてくる。
「ここから一番近い場所の飲食店がわかりました…やけに強調するようなマーキングもされているので、グスタフ氏の行きつけなのかもしれません」
「なら、そこにしよう。グスタフ殿は美食家だ期待できるぞ」
パオロを先頭に進み始める。日は段々と落ち、高い建物の付近では暗い陰が広がり始めていた。
「少々、治安のよろしくない道を通りますのでご注意を」
「…この街はなんだか迷うな」
「この街は元々移民が多く、国に無許可で建築やら何やらとする輩が多くいたのでね…国が整備をする前に既に形ができてしまった。高低差も多く、似たような様式の建物が続くので最初は迷うだろうな…まぁ、メインストリートとその近辺は国主体の整備が行われているから生活をする分には問題ないだろうがね」
「なるほど…だが、裏路地は以前からのモノを利用しているのか…」
スレ違う際に懐へと手を伸ばしてきたスリの腕をはたき落とし、いちゃもんを付けてきた者には顔の横の壁が砕ける思い出を見せて帰ってもらう。
そうして、目的地にたどり着いた。
暗い路地裏と明るい大通りの狭間。古ぼけた木製の看板は日に焼け、雨に打たれ、半ば文字の読めないが開店と読み取れた。
「ここは…居酒屋か…?」
「オス…?」
「お酒を嗜む…バーと言ったらわかるかい?」
オリビオは少し不安そうな顔をしていた。
パオロは僅かながら口角が上がっている…気がする。
石畳の道から階段を降りた先の半地下のような場所の扉を開けて中に入る。
新聞を開いた老人が顔だけコチラに向けて一言『いらっしゃい』。
新聞を閉じて奥の厨房へと入っていった。
「おい…ホントにここで大丈夫なのかい?」
「知らない。だが、グスタフさんは美味いと思ったからここを記したんだろう」
「少々暗いですね…明かりがロウソクしかない」
三人で席に着きながら辺りを見渡す。
入口の扉の上や、厨房との境などに文字が書かれた看板が吊るされていて、料理の名前と値段が書かれていた。
「ご注文は?」
音もなく女性が横に立っていた。
文字に夢中で気が付かなかったので少し身体が強張ってしまった。
「…海鮮風異国鍋と鮮魚の薄切りサラダを一つ」
「……大地の恵みパスタと…白葡萄酒を」
オリビオとパオロは早々にメニューを決めたが、俺は少し悩んだ。
全員の視線が注目する中、気になった文字を口にする。
「………挑戦者ってなんて料理ですか?」
「……………頼めばわかりますよ」
「じゃあそれで」
程なくして、葡萄酒が配膳された。
それを三人分のグラスに注ぎ、乾杯する。
「「「今日までとこれからに」」」
「くっ…ぅ…始めて飲んだが結構いけるな…」
「…とても良い香りがしますし、口当たりもいい…」
「……パオロは酒が好きなのか?…俺は少し苦手なんだが…」
「コイツは酒が入ると少しお調子になるから気をつけたまえよ…少し辛口だな…」
その後続々と料理が運ばれてきた。
どれも絶品であった。
「美味い…!なんだこの料理は!野菜、魚、肉、米!どれもが主役だが互いを潰しあっていない!香草の風味で後味がスッキリしているせいか?匙が止まらない!…少々グロテスクな見た目だが、口に入れれば天使の口づけだ!…最初は焦げが気になったがこの絶妙な硬さが良い!実に!」
「味の感じからして余計なものはない…だが、この濃厚さは南海のロック鳥の卵か?…チーズも濃いがここらの近くの酪農で有名な村があるからそこのものか?…白葡萄酒に合う…しつこすぎる程の味付けがとてもいい……」
2人から喜びを感じる。
さて、俺の前に今、遅れて配膳された物は…。
グツグツと何かが煮込まれている音。
湯気に触れただけで少し目が痛くなるほどので、表面の色は赤。
何から何まで赤。…少しの香草が上に乗っているが、それも徐々に赤く染まる。
この皿が運ばれてから2人が少し遠い。
「よかった…口の中怪我してなくって」
「い…いけるのかい…?」
「ヘリオス様…私、一切手助けするつもりは御座いません」
パオロは今までにないほど冷徹に接してきた。オリビオはどんな香りなのかと、顔を寄せた瞬間に猫のように飛び上がり、距離をとった。
「ああ…問題ない」
香りだけで、涎が止まらない…涎だけではなく、汗と涙も出てきたが………。
「いざ!」
…
……
………
…………
……ガァハッ…!
……………
……ゴォホッ…!
……
…
「天空、大地、大海の恵みに感謝を…」
「嘘だろ…完食しやがった…」
「スープまで飲み干して…!」
汗が止まらない、普段汗が出ないような場所から溢れているようだ。喉が内側から掻きむしられたように痛い。
途中から舌の感覚がおかしかったが、熱と辛味だけはわかった。
「ハァ…ハァ…」
激闘だった…だが、悪くない…故郷を思い出す。
「お粗末さん…これサービス」
店主と思しき老人が音もなく横から白い飲み物を置いていく。
感謝を伝え、口をつける。
なんとも言えない…ミルクのようで、果実のような不思議な飲み物だった。
辛味の後の甘みは砂漠に降る雨のように、荒廃した口内に癒しを与えた。
「美味かった」
また来よう。




