19 真夜中の強襲
「山菜いっぱいとれました…よ」
「ベッタ嬢…どうした顔色が優れぬようだが」
「い、いえ…少し疲れただけです…」
オリビオは思った。ベッタ嬢は今まで苦を口にしていなかったが、鎧を着込み更に荷物を背負い山登りをするのは年若き娘には大変だったのではないか…と。
明日以降、多少負担を減らすために荷物を一部請け負うようにしようかと…。
だが、ベッタが気落ちしていたのはそこではない。
それは、隣に立つ新しい友人にまつわるものである。
「パオロ殿、栗鼠だ!三匹捕れたのだ!優先的にベッタ様とオリビオ様に回してくれ」
チェリアが満面の笑顔で栗鼠を、鍋に火をかけ調理の支度を整えていたパオロに伝える。
(なんであんな可愛らしい生き物を躊躇いもなく!…でも、自然は弱肉強食の世界…で、でも…私には無理ぃぃ…)
ベッタは山菜採りの際のことを思い出す。
◇───────◆
「あっ…チェリアさん見てください、これ薬草ですよ“ヒヤン”と言って解熱剤に用いられ…あっ!こっちにも…!凄い群生地ですね!」
「そ、そうか…アタシには違いがわからないが…」
チェリアは興奮しているベッタの話についていくことができず、近くの木になっていた果実をむしり取る。
癖のある酸味が特徴的な黄色い果実はチェリアの好物であったので満足気な顔を見せる。
「『チェリアさん……』」
名を呼ばれ、振り向く。その際にベッタの声が二重に聞こえたことに疑問があったが、小声で手招きをする彼女に招かれ近づく。
「どうし─」
「しっー…『静かに…ゆっくりとあちらを見てください』」
「!?」
腹話術の類いだろうか、口の動きと耳に聞こえる声が一致しない。そんな驚きの中で示された方へと目を向ける。
そこには栗鼠が三匹が木の洞の中にいるのが見えた。
「ふふふ…かわ─」
「おっ、肉か」
「─いいですよ…へ?」
ベッタが聞き返す間もなく、チェリアは俊敏な動きで栗鼠を手早く捕まえると満面の笑顔をみせる。
「貴重な肉です!ベッタ様は良く見つけられましたね!」
「ふぇぇ……」
◇─回想終了─◆
「ふぇぇ……」
食事を済ませ、たき火に当たりながら明日以降の動きを相談し合う。これは経験があるらしいヘリオス君やパオロ君が計画を立て調整することになった。
新鮮な水はオリビオ様が少し時間をかければ集められると言ったので問題無し。
とても恵まれている。
私の荷物を他の人が持つことが提案されたが反対した。
兄達の影響で身体を動かすこと自体は苦にならない質なので問題ない……いや、実際は騎士になるつもりなど無かったのだが流されるまま逃げてきた結果で騎士になるなんて他の人が聞いたら怒るだろうなと考えてしまう。
ブーツを脱ぎむくんだ脚をほぐす。あまり人に見られたくないのでテントの中に、入って静かに過ごす。
“__飢餓__”
私は、私に向けられた感情を感知する。
これは私の家系に伝わる【魔法】の影響。
全身を貪られるような感覚が、今、私に向けられた。
急いでテントから這い出て助けを呼ぼうとする。
「動くな…」
ヘリオス君がドスの効いた低い声で私を静止させる。
「ベッタさん、他の人と俺を繋げられるか?」
「『できます…どうぞ』」
見えなくとも近くにいれば私の魔法は共有できる。
私の中に4人分の思考が入ってくる。
ヘリオス君は警戒の強い思考だが、私に向けられたものではないし、他の皆には薄い信頼の想いが繋げられる…。以前から思っていたけれどヘリオス君は少し、変わっている。少し繋げる際にノイズが邪魔をする。
オリビオ様は困惑が少しと徐々に警戒が強くなってきている。一瞬前に考えていた彼のプライベートな思考は頑丈な鉄扉に封鎖され、私達には好機な想いが繋げられる。
チェリアちゃんは困惑と焦り、乱れた思考が飛び交う。落ち着けるようにゆっくりと語りかける。軽いパニックが混じっているが努めて冷静になろうと必死な想いが繋げられる。
パオロ君は初めから警戒の色が強く現れていた。ヘリオス君と同様に何かに気が付いていたのか、オリビオ様と次に私に向けて守護する思考…いつでも鎧に込められたグスタフ教官騎士の魔法を行使できるようにする等、冷静だが複数の考えが同時に奔り、1人で3人分程の思考量が繋げられる。
「『全員…武器と防具を…オリビオは魔法…準備を』」
『何があったのだね?』
「『…熊…じゃない…少し小型だ、野犬か?…群れ囲まれてる』」
『魔力も感知できます…魔獣の類いかと』
『○アタシ○声△□これ△何□…魔獣の群?…数は』
『…多い…不明…10?20?…暗闇で…判別…できず』
魔獣…または魔物。
魔力を帯び、魔法を操る獣や化物の総称。
独自の進化を遂げた結果、野生の法則を編み出した物。
多くは自然に生きる動物が変異した物が多いが例外も多く存在する。
そして、凶暴で人を襲う種が多い。
暗闇の先に荒い息遣いが聞こえる。
草木が揺れる音は小さい。だが、多くが重なって動くのを感じられる。
私達が先に気がつき警戒態勢をとったことを悟ったのか、睨み合いが続く。
だが。睨み合いは長くは続かなかった。
突然、前触れなく空が明るくなる。
否、空は暗い夜のままである。では、何が?───
──背後、遥か後方…自分達よりも更に山を進んだ当たりから巨大な火の柱が立ち昇っていた。
そこで、私は自分の失態に気がつく。
突然の明かりに動揺した私に向かい獣は死角から飛び出し、私の喉に牙をたてようとする。
姿は狼や犬のような四足で大きく開かれた口にはびっしりと牙が並んでおり、たやすく人の肌を破り抜けるだろう…いや、その咬合力で首の骨を噛み砕くのだろうか。
寸前でその口が閉じる前に横から伸びた銀の刃が獣を捕らえ斬り捨てる。
剣を引き抜いたオリビオ様が一歩前に出る。
『ベッタ嬢…私と君の魔法で敵の位置を割り出す。他の皆にも繋げているな?それならばこのまま捌くぞ』
『はっ…はいぃ!』
「よくも!ベッタ様を!!」
チェリアが猛り、獣を薙ぎ払う。
自分も戦おうとして、武器が無いことを今になって自覚する。全てテントの中に置いてきてしまった。
「『ベッタ!』!」
私の魔法と現実の声が重なる。私を呼ぶ方へと目を向けると剣が1振り投げられる。
受け取り鞘から引き抜き、構えながら礼を伝える。
「『ベッタ、オリビオ…一掃できる魔法は無いのか』」
「残念ながら『あるにはあるが…儀式に30分欲しい』」
『私の魔法は、物理現象を起こすのに向いていないんです…』
「そうか」
私の魔法…メルクリン家が代々継承する【魔法】。
伝令に特化した魔法は人同士を繋げ、声帯に頼ることなく会話が可能になる。多くの大戦において兵の指揮が可能なほか、魔導士同士での連携でも互いに言葉を交わさなくて済む分、詠唱の邪魔にならないという利点がある。
そして、【魔法】を極めた結果メルクリン家の者は他者の思考が読み取れるようになった。
それにより、戦後は裁判に関する仕事を任されるようになった他、戦闘によって敵の攻撃を先んじて感知できるということになる。
だが、問題もある。
それは人同士を繋げ、思考と伝達を瞬時に行えるということは雑念が混じりやすいということ。
起点であるベッタ以外の雑念…例えば、痛みはベッタの自己防衛の範囲で選別できる。
しかし。
ベッタは獣の突撃を剣で防いだが勢いを殺しきれずに後ろへと退いてしまう。そして、不幸なことに彼女はブーツを片足分脱いでいた。
傷のない剥き出しの白い素肌を守るものはなく、踏み込んだ先の石が足に刺さり痛みがはしる。
意識が外れた瞬間を狙われ獣に飛びかかられてしまう。
幸いに剣を盾にしたことで自分が噛まれることはなかったが…。
「『痛っ…!』」
繋いだ意識によって全員に幻痛を感じる。
それで瓦解することはなかったが、全員の調子が崩れ、防げていた爪に脚を抉られ、噛みつかれた盾を手放すのが遅れ引きずり倒される。
「あ…『ああ…』」
ベッタは深い失意を抱いた。




