17 山登り
夜明け前。
眠気を覚ますように心地のよい冷たい風が頬を撫でる。
昨日で使ったこの場所は広大な草原が広がっており、走り始めると踏みしめた足裏から青草の柔らかい感触が脚に伝わる。
少し前まで自分が住んでいた山岳地帯とは全く違う感触に少しの違和感を感じるが、気持ち良く前だけ見て走れるのは気分が良い。
急勾配や断崖のような天然の障害だけではなく、砦として人の手が加えられた場所は鉄壁と呼ばれる北部国境防衛騎士隊の要塞。
冬の季節では雪に覆われ、ベテランの騎士でも大怪我をする人もいる。
雪山と言えばと足を止めて自分の格好を見る。
白銀の鎧は装飾などは無くシンプルな構造で、唯一胸に輝くガラス玉だけが目立っている。そして、グローブやブーツにも鉄板が織り込まれていて、見た目以上にとても重たく、何より鎧の下には更に鎖鎧が装備している。
自分の故郷では下には動物の皮を着ていたりしていたし、足も動きやすい物にしていたものだ。
「ふぅ…ふぅ…」
こちらに来てからよく汗をかくようになった、気候が暖かいとは聞いていたが、まだ雨季前だと言うのに暖かいと感じる。
段々と陽の光が草原を照らし始めた、青草が光に当てられ金色にも見える。
そろそろ戻ろう。
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「では、各自地図とコンパスそれから、荷物は行き届きましたましたかな?」
朝礼だと集合した我々に渡されたものを確認しグスタフさんは続ける。
「演習その2!次の目的地までは各自の脚で向かってもらいますぞ」
どよめきの声が漏れる。
グスタフさんは後方の山脈を指さしながら。
「目的地は王都南東の貿易都市『パルテ』ちょうどあの山を越えた先ですな、歩けば……3日程でしょうかな」
同期たちから質問と解答がいくつかされる。
Q.食料は?
A.自力で調達するべし、ただ乾パンは渡しておく。
Q.街道使うのは?
A.訓練ですぞ、それとこれは今後の君達の方針決めに近いですぞ。
「ああ、後それから鎧も胸のガラス玉を交換してもらいます。無理だと思ったら割ってもらえば回収しますが、リタイア扱いになりますぞ」
周囲から文句や嫌味が聞こえる。
グスタフさん他、先輩騎士達は馬車に乗って進んで行っていく。
彼らがいなくなってからが問題であった。
オリビオが先んじて指揮を執ろうとしたのだが、それに反発する者が現れた。
カロンが間に入り止めに入るが、逆効果だった。元から貴族に反発意識があったのだろうカロンが抑えていたがその抑えを無視して進んで行ってしまった。
それに連なり、貴族出身者も自分のことは自分でやると離反。
オリビオは顔には出していなかったが、ショックを受けたのか少し放心してしまった。
そこでガンドルフが5人規模の班で先に進むことを提案し、承諾した面子で班を組み進み始めた。
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「いつまで落ち込んでいるんだ?…あまり貴方と長くないが、らしくないぞ」
「…ああ、そうだな…気を張りすぎていたのかな」
「…うーん」
鎧を着込み食料や毛布等が入れられた荷物を背負いながら山道を歩くのはしんどいが、それ以上にどんよりしているオリビオが気になる。
「オリビオ様、わたしは立派だと思いますよ」
ベッタが励ましの言葉をかけるが効果は薄い。
「うーん?あたしが前に見たときはもっと『俺様』な感じだった気がしたけど…なんでこうなってるの」
ベッタと共に一緒に行動することになったチェリアが小声で呟く。
そしてもう一人、黙々と先を進み歩きやすいようにナイフで草木を刈ながら進むオリビオの従者と名乗ったパオロ…この5名で進む。
カロン達は「面倒を見なきゃなんねぇ奴らがいるから先に行け」と別れて行動をしている。
時折、ベッタが周囲にいる他の騎士達の様子を伝えてくるが無事なようだ。
背の高い木に阻まれた光が僅かな熱を伝えるが普段より暗く、足元が悪い中で大荷物を背負うのは大変だ。落ちた太枝を削り杖を作り皆に渡し、余裕のある俺とパオロが他より多く背負うことにした。
普段と違う足下の感触に少し慣れず、咄嗟の動き出しが遅れるかもしれないと考えながら山を登る。
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「さて、皆の様子はどうでありますかな」
ガタガタと揺れる馬車の中でグスタフは正面に座る女性騎士へと話しかける。
その女性騎士は他の騎士達と違い軽装で、不死鳥を模した耳飾りに、獣牙を編み込んだネックレス、金銀宝石の付いた指輪を付けた装いで、口元を薄いベールで隠していた。
グスタフの言葉にコクリと頷くと地図を広げる。
新人達に渡したものと同じもので、王都を中心に目的地のパルテの他周辺の様子が描かれたもの。
ベールの女性はトンと指先を地図に置く。彼女の爪から光が生まれ白い小さな蛇のように動くと地図上に幾つかの光の点が浮かび上がる。
「うーむ…幾つかの班に分けてそれぞれ進んでいるのですかな」
「そのようですね、グスタフ殿」
「そろそろ暗くなる時間ですので野営を開始すると思うが…持ちますかね」
「地方上がりはそこら辺は慣れてるだろ?」
「貴族様も騎士制度改定から文句を言う人は減りましたから」
「にしても無茶苦茶じゃないっすか?」
「日々訓練、何事にも経験一番ですぞ…私の時代は入団その日に危険地帯にナイフ1本で投げ出されたので優しほうですぞ………」
「ひぃー…怖い」
「その話、前も聞いたんですけど…他に誰が経験してるんすか」
「そうですな…近衛隊はほぼ全員、それから征伐隊は10年前までに入隊していたら経験しているはずですぞ」
「ところで……グスタフさんはその時はどうしたんです?」
「フフフ…私の魔法ご存知でしょう?」
談笑しながら手元の資料に何事か書き込んでいく騎士達。
そこで、ベールの女性が始めて口を開く。
「2つ割れました………いえ1つ増えました、3人来ます」
「おや…かなり早いですな…」
馬車が止まり、皆外に出る。
見上げる空は暗く、星空が浮かんでいた。
空に浮かぶ光の一つが先程よりも強く光る。
否、一つではなく三つの光がこちら目掛けて落ちてくる。
それは、新兵として今回の演習に加わっていた者達であった。
空から加速しながら落ちてくる三名は地面との激突間近に気を失ったが、彼らは無事に着陸した。
地面との衝突の瞬間にふわりと扇で煽られた羽毛のように勢いを殺し地面に安全に着陸したからだ。
「うーむ…何があったが聞きたかったのですが…気を失われては答えられませんな」
「起こしますか」
「いえ、怪我をしていないか診てからにしましょう」




