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姿なき狩人  作者: 二条路恭平
プロローグ

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32/36

ビギニング

昨夜、普段よりは少しばかり早目の就寝だったこともあり、早朝5時には比較的スッキリとした気分で目覚めを迎えたカワサキは、普段通りの代り映えしない朝食を取り、その後に洗顔や排便を済ませてから着替えを始める。

インナーは、黒いストレッチの効いたTシャツに、オリーブグリーンの長袖ワークシャツ、更にグリーン系の迷彩柄となって裏地が起毛しているコンバットジャケットを羽織り、下は黒のボクサーパンツの上に、黒のタクティカルパンツを履いた。更に、足元は黒いショートソックスにスニーカータイプのコンバットシューズを身に着けた。季節的には、日中は暑いくらいに気温が上がり、未だ寒さが訪れているわけではないが、山中で夜間を過ごすことになれば朝方の冷え込みで想像以上に体温を奪われることになるので、動き易さを重視しつつも暖かさが確保出来る服装で身を固めた。

身支度が整ったところで、ガレージに停めているパジェロミニのラゲージルームへ、それぞれ別のソフトケースに収納したプレシジョンライフル銃、P90短機関銃、M&P5.7拳銃を積み込み、それ以外の荷物を詰め込んだ大型バックパックを積載する。それから運転席につきコンバットジャケットを脱ぐと助手席の座面に置いたカワサキは、エンジンを始動してパジェロミニをガレージから出すと、京丹後に所在する劉の居宅へ向けて車を走らせた。

アジト前の未舗装路から舗装されている道路に出ると、最も近場あるコンビニエンスストアの駐車場へパジェロミニを乗り入れ、5コンビニエンスストアの駐車エリアにパジェロミニを停めると、500ミリリットル入りペットボトルのミネラルウォーター数本に、クッキータイプの栄養補助食品を数箱購入して、その全てを大型バックパックに詰め込んだ。

コンビニエンスストアの駐車場を出て、京丹後にある劉の居宅を目指すことになるが、現時点でカワサキは大して急ぐことは考えていなかった。少なくとも、急いで劉の居宅へ向かったとしても劉本人を間違いなく把握した上で、劉本人を射殺できるようなチャンスが簡単に訪れてくるとは思えない。加えて劉の居宅情報にしてもCIAから提供された衛星写真程度の情報以外に把握しているわけではなく、そうなれば今日現地に到着したならば、先ずは劉の居宅の状況と警備や警護の体制を把握することが取り組まねばならない作業となる。更に出来ることなら劉本人を見極めるために素顔を含めて身体的特徴を確認しておきたいところでもある。

パジェロミニが京丹後市に入った辺りで、カワサキは目についた道路沿いのラーメン店駐車場へパジェロミニを乗り入れた。時刻は午前11時30分を過ぎたところであるが、少々早目に昼食を取ることにした。今朝は通常よりも早く目覚めたことで、早々に朝食を食べたことで早くも空腹を感じていたのである。開店直後で空席だらけの店内に入ったカワサキは、カウンター席に着くと醤油ラーメンと餃子2皿を注文した。普段のカワサキとしては、若干多い量を注文したことになるが劉の居宅に到着したら、暫くはとても料理とは言えない食生活を送らなければならないので、奮発したい気持ちが勝って注文してしまった。注文した料理が運ばれてくると、空腹感も手伝って勢い良く食べ始めると全てを完食したが、流石に腹がはち切れそうなくらいに膨れてしまった。

暫くカウンター席で膨れた胃袋が落ち着くまで休憩を取っていたが、店内が徐々に昼時を迎えて混み始めてきたので、代金を支払うと店の駐車場に停めたパジェロミニの運転席へ向かった。運転席に着いたカワサキは、CIAから貸与されている携帯電話を取り出すとCIAのミッション担当者へ電話を掛ける。担当者が電話口に出ると、これから1時間後にターゲットの自宅周辺を偵察する予定なので、その間はカワサキの方から電話を入れない限りは音声による連絡を控えて、必要があればメールによる連絡方法に切り替えて欲しい旨を伝えた。

敵地周辺を偵察中は、細心の注意を払って相手に居場所を悟られないよう最大限の努力をしても、不意に携帯電話の着信音を鳴らされたのでは全てが水泡に帰すことになる。そうなれば、敵に居場所が発見された時点で不要な戦闘をしなければならず、相手に対して必要以上に警戒心を煽ることにもなり警戒体制が強まり、暗殺の難易度が一層高くなってしまうだけである。暗殺を企てた際には、その対象者に偵察を含めて暗殺する側が身近に居ることを悟らせず、対象者が油断している隙を突いて行うのが成功するための定石なのだ。

パジェロミニのエンジンを再び始動させ、劉の居宅がある山中を目指して運転を再開する。パジェロミニに備えているナビゲーションでは、この先70メートル先を左折して府道へ入るようである。ナビゲーションの道案内に従ってパジェロミニを左折させると、舗装はされているものの、片側一車線ずつの細い道路で行き先は、目の前の小高い山の頂きへ向かう一本道となっている。昼時ということもあるだろうが、暫く登り坂を走行しているが、まったく対向車に出会うことがない。

カワサキは、この道路自体が劉の居宅に用事がある者以外は利用されることがないのではと考えていた。

更に、パジェロミニで走行を続けていると右手前方に高さ2メートルくらいのコンクリート製の塀で囲われている施設が見えてきた。間違いなく劉の居宅なのであろうが、コンクリート塀に囲われているために、外観から相当広いことが分かるが、車内からは内部を伺う事ができない。これでは、偵察の目的を少しも果たせないことになる仕方がないので、劉の居宅前を一旦は通り過ぎてから、パジェロミニを路肩に寄せて一時停車させると、ナビゲーションの地図情報を眺める。地図を拡大させながら見ていると、50メートルくらい先に細い脇道があり、その脇道も山頂に向かっている事が分かったので、カワサキは脇道の辺りまでパジェロミニを走らせた。

脇道の手前で、一度パジェロミニを停めて様子を見てみると相当な悪路であることが確認でき、本来なら車で走行するのではなく、古くからの遊歩道でだったのかもしれないのだが、道幅的にはパジェロミニ1台分が入って行けそうな感じなので、そのままパジェロミニで乗り入れてみることにした。

路面が相当デコボコなので、あまり速度を上げると車体が転倒して斜面を転落する可能性が高い。カワサキは、スピードを落として慎重に脇道を登って行くと、100メートルくらい走行した先に、待避所というかパジェロミニを駐車させておけそうな広さのスペースを見付けたので、そこにパジェロミニを停めて、そこから先は大型バックパックから双眼鏡を取り出して、パジェロミニから降りて歩いてみることにした。歩き出して20メートルくらいであろうか、木立が一部途切れて劉の居宅を見下ろせそうな場所があった。たぶん、直線距離にして700~800メートルは離れていると思われるので、まともに木立の切れ間に立って双眼鏡で覗けば、明らかに劉の居宅から見付かってしまうので、直ぐ手前の立木の陰から双眼鏡を使って劉の居宅を偵察する。

双眼鏡を覗いたカワサキが驚愕したのは、劉の居宅が建っている敷地の状態で、高さ2メートルの塀の内側は正面ゲートから玄関前にかけて車両1台分が通れるエリアだけアスファルト舗装としている以外は全て芝生が植えられているだけで庭木1本生えていない。これでは、塀を越えて敷地内に侵入したとしても身体隠せるような遮蔽物が全くないので、建物へ接近する術がない。仮に、侵入してみたところで姿が丸見えでは簡単に発見されて蜂の巣にされてしまう。カワサキが、更に敷地内を詳細に見ようと双眼鏡の倍率を変えようと、一旦、双眼鏡の接眼部から目を離した時に、目の前の身体を隠していた立木の幹に黒く細い電気コードのような物を見付けた。視線を下の方に向けて見ると樹木の根を避けた地面から這い上がっているのを確認したカワサキは、直ぐに舌打ちすると踵を返して駐車しているパジェロミニへ向かって走り出した。

地面から電気コードのような物が這い上がっているのは、おそらく小型カメラか人感センサーの類いが近くに設置されていると思われるので、この場所に不審者が居る事が劉のボディーガード達にバレているに違いない。暫くすれば、カワサキに対して襲撃を仕掛けてくるのに違いない。

カワサキは、手にした双眼鏡を大型バックパックに突っ込むと、急いでソフトケースの1つからM&P5.7拳銃を取り出して、遊底を引いてSS190弾を薬室に装填すると安全装置を掛けてから、運転席に乗り込んでエンジンをスタートさせながら、M&P5.7拳銃を助手席の座面に置いた。

カワサキは、ステアリングとシフトレバーを頻繁に動かしてパジェロミニの方向を変えると、可能な限りにスピードを上げて脇道を下って始める。あと、10メートルくらいで舗装されている府道に出られる所まで下ってきた時、いきなり左側の生い茂る草むらの方から発砲音が聴こえた瞬間に、ボゴッという音と共にパジェロミニの助手席側の窓ガラスに蜘蛛の巣状の孔が空き、車内に数粒のガラス片を撒き散らしながらカワサキの鼻先を飛び去ると運転席側の窓ガラスにも蜘蛛の巣状の孔を作って貫通していった。相手は、相当の射撃スキルがあるようで、流し撃ちが一息遅ければカワサキの頭部にヘッドショットを見舞うことになり、カワサキは即死していたかもしれない。

一瞬、アクセスを緩め掛けたカワサキであったが、意を決して深くアクセスを踏み込むと

車体の揺れは激しくなり、左右の割れた窓ガラスから幾粒かのガラス片が零れ落ちる。

府道に出る際も、スピードを落とさずにステアリングを右へ切ると、車体が右側に傾きタイヤを鳴かせながら府道に乗り入れた。次いでカワサキが直線状態にステアリングを戻すとパジェロミニは車体後部を小刻みに揺らしながら加速していった。

速度を上げて走行するカワサキは、途中で助手席の座面に置いたM&P5.7拳銃を持つと消音器を使って左右の窓ガラスを叩き外した。途端に、車内は暴風のような状態となってしまうが、そんな事に今は構っていられる状況ではない。少なくとも国道に出るまでは、劉のボディーガード達から追撃される可能性が捨てきれないので、決してスピードを緩めることはなかった。

パジェロミニが、国道と繋がるT字路交差点に差し掛かる手前で、漸くカワサキはブレーキペダルを踏み込みスピードを落とすと、ステアリングを左に切って国道に出た。

暫く国道を走行しながら、バックミラーで後方を確認してみるが、劉のボディーガード達が追跡してくる気配がない。先ずは一安心する事が出来たカワサキは、パジェロミニを待避エリアでハザードランプを点滅させて停車した。カワサキとしても、まさか敷地の外で800メートル離れたエリアにまで監視体制を築いているとは想定していなかった。

相手に、不審者が接近していることを教える事になってしまったが、カワサキにとっても劉の暗殺は長距離の狙撃しか選択肢がないことが分かっただけでも収穫であったと言える。こうなると、劉のボディーガード達が監視エリアとして外しているギリギリ接近可能な場所で、且つ少しでも風の影響を受け難い場所を探して、そこから劉を狙い撃つしかない。

現時点ではカワサキの想像でしかないが、たぶん単純に劉の居宅から半径700~800メートル全てに監視装置を仕掛けているとは考えられない。カワサキとしても、従軍時代に800メートルの狙撃を経験したことがあるので、自信を持って狙撃できそうだが、それ以上離れた距離の狙撃となると、スポッティングスポッターもいない状況で手持ちの装備では心許ない。

そこで、改めてパジェロミニに装備されているナビゲーションの地図を眺めて、パジェロミニを停めていても人目につきそうもない場所を探して、そこから徒歩で劉の居宅に近付いてみることにした。

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