グルーピング・チェック
CIAから送られてきた添付ファイルには、劉の写真もあったが、どれも隠し撮りのようで白い口髭や顎髭を生やし白髪頭のアジア人の顔写真が数枚あるだけで、その全てがサングラスを掛けて容貌が判然としない。たぶん、素顔を晒さないようにして何人かの替え玉も準備して、ボディーガードを雇い入れる以外にも暗殺に対する備えをしているのだろう。
一通り資料に目を通して頭に叩き込んだカワサキは、今回のミッションではハンティングにしか使用していなかったプレシジョンライフル銃も携行しておく必要性を感じていた。これまでミッションに携行していたP90短機関銃は5.7×28ミリメートルの弾薬を使用するので、有効射程は200メートルほどあるものの、その程度の距離はライフル銃からすれば近・中距離でしかなく、数人の傭兵上がりを雇い入れる劉を暗殺するのに、その距離まで接近できるとは思えない。
現実的には、ターゲットの劉との距離は800~1,000メートルと想定したほうが良さそうであり、それでは5.7×28ミリメートル弾を使用するP90短機関銃やM&P5.7拳銃の出番はない。
現状では、カワサキの手元にある銃器で長距離狙撃に対応可能なのは、プレシジョンライフル銃しか持ち合わせていない状態で、ライフル銃に使用する308ウィンチェスター弾薬はリロードした物しかないが、それでも弾数は10発以上が手元にある。ライフル銃による狙撃は、ワンショット・ワンキルという雰囲気があるが、現実の長距離狙撃では常に気温、湿度、風向風速等の気象条件が常に変化するなかで行われるため、ワンショット・ワンキルとなるのは、有り得ないわけではないが、その確率は宝くじで1等を引き当てるよりも低いかもしれない。カワサキにしても、劉の狙撃には最低でも2~3発を発砲して、どうにかターゲットにヒットするといったことになるだろう。
どんなに高性能な長距離射撃用のライフル銃や光学照準器、更には高性能のライフル弾といったハード面を備えたとしても、気象条件等に対してフレキシブルに対応できる能力を有する射手でなければ、少ない弾数でターゲットを捕らえることは難しいと言える。ただし、カワサキの手元にあるライフル弾の弾丸は、ハンティングに対応させているので、ターゲットの劉が車両内などにいた場合や防弾ガラスが備えられている建物内にいた場合には、車体や建物の壁を貫通させる性能は極めて低い。また、劉のボディーガード達と対した際に使用するであろう5.7×28ミリメートル弾にしても手元にあるのは消音器に対応させる亜音速弾だけなので、この際はCIAに308徹甲弾とNATO軍に正式採用されている5.7×28ミリメートル弾のSS190を至急用意して欲しい旨を連絡した。CIAからは、数日中に在日の連絡要員を介してカワサキの手元に送ることを伝えてきた。
CIAからの返信があった2日後の夕方には、宅急便の配送員に扮した在日連絡要員が、308徹甲弾50発入り1箱とSS.190弾50発2箱を届けにきた。それらを受け取ったカワサキは、弾薬が届いたのが日暮れ直前であったので、翌日の午前中にプレシジョンライフル銃とP90短機関銃にM&P5.7拳銃で受け取った弾薬の試射をすることにした。
それぞれの銃器は、既に試射を済ませているが使用した弾薬が違うため、弾丸の重量や装薬量が異なる。確かに、その違いは僅かなものであるが、特にライフル銃であれば僅かな違いが弾道に影響を及ぼすので、試射を行い以前の弾薬との着弾傾向の違いを把握しておかなければならない。また、短機関銃と拳銃については実用上の影響を与えるくらい弾道の違いは少ないと言えるが、消音器の効果を得るための亜音速弾ではないので、どのくらい消音器の効果が弱くなるのかを把握しておきたいとカワサキは考えた。
このアジトに転居した際に、銃器の試射を行った場所へ赴き試射を行うべく、プレシジョンライフル銃と308徹甲弾5発、P90短機関銃とM&P5.7拳銃にSS190弾20発をそれぞれのソフトケースに収納してパジェロミニのラゲージルームに積み込み、更に暫く試射等をすることなく放置していたので、雑草が生い茂っているはずなので、電動草刈り機も積載して試射場に向かった。
試射場に到着してみると、カワサキが想像した通りに雑草が生い茂って射撃を行える状態とは言えなかった。早速、電動草刈り機を持ち出して除草を始める。30分くらいの除草作業で最低限の平場を確保した。その際、ペーパーターゲットを張り付けるために作った看板や作業テーブルは、風雨に晒されたままにしていたために、表面が相当に傷んでいたが今回の試射には何とか使えると判断して補修等は行わずに、パジェロミニから銃器を収納したソフトケースを降ろして射撃の準備を始めた。1枚のペーパーターゲットを手にして、ペーパーターゲットを張り付けるための看板まで行き、画鋲でペーパーターゲットの四隅を張り付けると、そこから25メートル離れた作業テーブルに引き返し、ソフトケースからプレシジョンライフル銃を取り出す。ライフルスコープの前後に装着している保護キャップを跳ね上げると、一度ライフル銃を構えてライフルスコープを覗く。それから遊底桿を操作して、薬室に308徹甲弾を装填し、遊底を確実に閉鎖ロックするとペーパーターゲットのセンターを狙って慎重に引き金を引き始める。あと数ミリメートルも引き金を引けば発砲というところで、自らの鼓動を意識してから引き金を絞り落とした。
それまで使用していた一般用の弾薬とは違い軍用弾は、反動と発砲音が桁違いに大きい。打ち出された弾丸は、ペーパーターゲットに穴を開けただけでなく看板も貫通し、もしかしたら後ろに自生している樹木の幹さえも貫通したであろう。遊底桿を操作して初弾の空薬莢を排出し、2発目を薬室に装填すると初弾と同様にして発砲する。2発目も発砲し終えると、再び遊底桿を操作して2発目の空薬莢を排出して、3発目を薬室に装填して初弾と2発目同様にプレシジョンライフル銃を発砲した。
3発の徹甲弾を撃ち終えたカワサキは、3発目の空薬莢を排出すると遊底は開けたままにして、銃身や薬室を冷やす意味で作業テーブルに置き、歩いてペーパーターゲットの方へ向かった。ペーパーターゲットに残された弾痕は、狙った箇所よりも5センチメートルほど上に着弾しており、2センチメートルくらいの幅で集弾していた。軍用弾ということで装薬量が市販の弾薬よりも多いことと弾丸自体も重いので風等の影響が少なかったようで、結果としてはカワサキが想定したような着弾結果となった。
この状態であれば、100メートル先でも概ね同じ着弾となるので、劉暗殺の際にはターゲットとの距離でライフルスコープのエレベーションを修正すれば、劉を射殺できるポイントに弾丸を送り込める。
カワサキは、次いでP90短機関銃を収納しているソフトケースから銃器を取り出すが、作業テーブルに置いているライフル銃は、もう暫く発砲によって熱を持った銃身を常温状態に戻す目的で、そのまま放置しておいた。
P90短機関銃から空の弾倉を取り外すと、10発分のSS190弾を装填し始めるが、P90短機関銃は弾倉を銃身や機関部の上部に寝かせて設置する一種変則的な装填なので、弾薬を詰め込む際も弾倉の上部から押し込んで行うことができず、普通の弾倉へ弾薬を詰め込む時より多少手間が掛かる。
SS190弾を10発、弾倉に装填すると銃器に装着し、安全装置を外して単発モードに切り替えた。カワサキが手にしているP90短機関銃は、市販モデルではないので、発砲モードは単発と連射ができるが、試射で着弾状況を確認するだけなので、単発モードだけで試射を行っても充分な成果を得られる。
P90短機関銃を構えて、ペーパーターゲットのサークル左端を狙って1発発砲する。こちらは、軍用弾といっても最初に発砲したライフル銃に比べれば、元々反動が少ない弾薬であるが、亜音速弾を発砲していた時より多少なりとも反動が強いかなという程度である。しかしながら、やはり初速で音速を超える弾薬ゆえに消音器の効果は著しく低下しており、発砲音が思っていた以上に大きいことがわかった。
続け様に2発を発砲してみたが、ライフル銃と同様に狙ったポイントより若干上に着弾するが左右に大きくブレて着弾していないことが分かり、実践的には及第点と言える。
そこで、弾倉に残った7発の実弾をフルオートで射撃してみることにした。発砲前に想定したよりも良好な結果だったので、折角なら着弾傾向を確認するというよりも銃器自体の作動サイクルの状態をみることにしたのである。軍用弾の場合は、市販されている弾薬よりも装薬量が多いので、普通に考えればP90短機関銃の作動サイクルは問題なく作動すると思われるが、実際に射撃してみて不具合がないかは知っておきたい。
単発モードを連射モードに切り替えてフルオートで発砲してみると、7発のフルオートなのでアッと言う間に撃ち尽くしてしまったが、反動が多少強くなるものの銃器のコントロールが困難になるほどではなく、作動自体も極めて順調である。この調子であれば、今回のミッションでフルオートで発砲しなければならないケースでも充分に対応が可能と判断できた。
フルオートの射撃で、弾倉が空になったことで遊底が開いた状態で止まったまま停止しているのを解除レバーを押して、遊底を閉じるとソフトケースに仕舞うと、その後、M&P5.7拳銃をを取り出して空の弾倉を外して、弾倉に残り10発のSS190弾を装填して、M&P5.7拳銃に装着する。左手に持った拳銃の遊底を右手で掴んで手前に引いて、弾倉の最上部にある実弾を薬室に送り込むと、ペーパーターゲットのサークル右端を狙って発砲する。発砲音が大きく響く以外はP90短機関銃と反動等は概ね想定できていたが、実際に想定通りで弾丸が重くなっている分、それまで使用した亜音速弾より若干反動が強いくらいである。続け様に2発を発砲して、ペーパーターゲットへの着弾傾向を見ると、P90短機関銃と似たような傾向を示していた。
M&P5.7拳銃に装着している消音器の効果と着弾傾向が、ほぼ把握できたカワサキは残り7発のSS190弾はミッション遂行用に温存しておくこととした。如何に、射撃スキルが高いカワサキであっても実践経験がある複数人数を相手に全てワンショット・ワンキルとはならないので、少しでも多くの予備弾薬があるのに越したことはない。
M&P5.7拳銃をソフトケースに仕舞うと作業テーブルに置き、歩いてペーパーターゲットの方へ向かい、穴だらけのペーパーターゲットを回収すると、持ち出した全ての荷物をパジェロミニのラゲージルームに積み込んだ。
アジトに戻ったカワサキは、昼食を食べ終えると直ぐに試射をした銃器のメンテナンスを始めた。3丁とも大して弾数を発砲したわけではないので、殆んど汚れが堆積しているわけではないが、明日には劉の居宅に向かいミッション遂行のための実践が始まるのだから、余程のことがない限り現地でメンテナンス等はしていられない。故に、今日のうちに出来る限りのメンテナンスを施して3丁の銃器をベストな状態にしておくのである。
丹念にメンテナンスを終えると、それぞれの弾倉に実弾を装填して、銃器に装着してからソフトケースに仕舞う。いずれの銃器も弾倉を装着しても薬室に実弾を装填しているわけではないので暴発するような心配はない。
銃器のメンテナンスを終えたカワサキは、キッチンで早目の夕食準備を始め、出来上がった料理を350ミリリットル入りの缶ビールと共に取り、使用した食器類を片付けると携行する荷物の準備に取り掛かった。大型のバックパックに、折り畳み式の1人用テント、空気を入れて使うエアマット、1人用寝袋、太さの違うロープ1巻き分、予備の弾薬を収納したプラスチックケース、可変倍率双眼鏡、キャンプ用食器等を要領良く詰め込んでいく。
携行する荷物の準備も終えたカワサキは、キッチンに向かうとロックグラスに数個の氷を入れると寝酒としてバーボンを2フィンガー分注ぎ入れた。
オンザロックのバーボンが入ったロックグラスを持ってベッドに向かうと、枕をクッション代わりにして寛ぐと、CIAから貸与されている携帯電話で、明日の朝には劉の居宅に向けて出発する旨を連絡した。連絡を終えて一口バーボンを含むと、CIAからメールの返信が送られてきた。
カワサキは、手にしたロックグラスをサイドテーブルに置き、送られたメールを開いてみると、明日の出発について了解した旨と、ミッション遂行中にアクシデントが発生して、カワサキがミッション遂行に支障をきたした場合に備えてバックアップ要員も送り込む予定であることが知らされてきた。
それを読んだカワサキは、あまり気分が良くなかった。少なくとも自分は、それ相当の報酬を受け取っている戦闘のプロであり、与えられたミッションの遂行中に相手から反撃されて簡単に殺されるような目に合うつもりはないが、それをミッション担当者に言ってみても、所詮は使い捨ての暗殺要員でCIAという組織の小さな歯車でしかない存在ということで、CIAが望んでいるのは歯車のプライドではなく、CIAが描いている結果だけであり、今さら後悔したり自己のプライドを翳してみても何ら意味がないので、敢えて気にしないよう自分に言い聞かせて納得する代わりに、そのバックアップ要員と撃ち合うことにならないようコントロールだけは抜かりなくして欲しい旨だけメールを送り、その後は残りのバーボンを一気に飲み干すと眠りについた。




