表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姿なき狩人  作者: 二条路恭平
プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/36

フィールド・サバイバル(1)

雨脚は徐々に強さを増して来ていた。

レインポンチョを羽織り暗い灰色の空を眺めていたカワサキは、軽率過ぎた己の行動に対して後悔の念に包まれていた。

中国人民解放軍の特殊要員が実行したドローンによる破壊工作は、2度目の破壊工作に失敗して、実行要員の身元が露見することのないように射殺されて、結果的としては中国が直接的に関わることなく日本国内における米軍に対する単なるテロ事件として取り扱われて事態は推移することになった。カワサキもCIAから破壊工作を阻止するために長崎まで遠征させられることになったが、大した成果を上げることなく関西のアジトへ戻ることとなった。

アジトに帰宅した後、CIAに色々と確認してみたが、現時点で特段新規のミッションを実行する状況にはなく、その意味では暫く行動の自由が与えられることになり早い話が待機ということになった。そこで、カワサキは本格的にハンティングを行うことを計画して、その概要をCIAのミッション担当者へ連絡を入れ了解を取り付けた。カワサキのプランでは猟場である山中に2泊して行う本格的なハンティングでジビエとしての食糧確保という目的のほか、公式の記録として公表できるわけではないがトロフィーと呼べるようなサイズを射止めることで自らの満足というか、ちょっとした己の細やかな誇りのために行うのであるが、ミッション担当者からは了承する条件として緊急事態が発生して出動を要請した必場合には即対応が可能なようにしておくことに加えて、山中で遭難したような場合に救助のためのミッションを計画することがないことを理解しておくことであった。

そのため、猟場に向かうパジェロミニのラッゲージスペースにはハードケースに収納したM&P5.7拳銃を搭載しているし、予備の弾薬も可能な限り準備していた。

更に、比較的携行するのに容易そうな装備はハンティングの際も常時身に付けることにしたので、そのため少しでも身軽に動けるようにと簡易組み立て式のテントは持って行かなかったのだ。そのために、降雨の状況で炊飯や睡眠をとる場合には雨風を防げるような場所を探して野営地を確保しなければならない羽目になってしまった。


ハンティングの予定地近くまではパジェロミニで山中に入り込み、パジェロミニは駐車できそうな平場に置いて車両後部からはソフトケースに収納しているスタームルガー・プレシジョンライフルと必要な物品を入れた大型ショルダーバッグを背負い、獲物を求めて深い森林の山中に向かった。

小1時間ほど獲物のフィールドサインを求めて探し廻っていると、比較的新しく思いのほか大きなイノシシの足跡を見つけて、その足跡を追い始めたのだが、確かに途中で急に冷たい風が吹いていたのを感じてはいたがイノシシの足跡を追いかけるのに夢中になってしまったため、天候の急変を知らせるサインを感じていたのにも関わらず、つい疎かにしてしまっていた。

そのため、カワサキが気が付いたときには霧が徐々に濃くなり始めてくると雨も降り始めてきた。周りの空気も次第に寒くなってきたことで、カワサキはショルダーバッグからレインポンチョを取り出して、背負っているショルダーバッグの上からレインポンチョを着用した。

しかし、気温が徐々に下がってきている状況ではレインポンチョ1枚では、流石に体温が奪われて寒さを感じてくる。早速、カワサキは焚き火のできそうな場所を探し始める。雨に当たらなければ良いだけではなく、簡単に火が燃え広がらない場所を念頭にして安全に火が使えることもあるが、もし少しばかりの不注意で気を抜いてしまえば山火事を引き起こし獲物である野生動物達の住み処を奪うことにもなりハンティングさえできなくなってしまう。

暫く歩き回り雨の本降りが酷くなる前に、岩場で火を炊いても山火事になる恐れが少なそうな場所を見つけることができた。決して奥行きが広いわけではないが岩がオーバーハング状で庇のように張り出しいるので何とか雨を凌ぐことができそうであるだけでなく、庇の岩を支えている左右や奥の壁部分も岩となっているので、仮に雨脚が強くなったとしても土砂崩れを起こす可能性は低そうである。

カワサキは、庇の下に入るとレインポンチョを脱いでショルダーバッグを降ろすとキャンプ用ケロシンストーブを取り出して点火する。勢いのある炎は、冷えきったカワサキの身体を少しずつ暖めてくれるだけでなく、脱いだレインポンチョも乾き始めたのか僅かながら白い湯気が立ち上り始めた。

身体がある程度暖まったところで、カワサキはストーブの燃料バルブを閉めて炎の勢いを弱めた。燃料は満タンにしているものの、調子に乗って燃料バルブを全開にして使用すれば、暫くは暖を取ることができたとしても、それだけ燃料の消費は激しくなるので、いざという時にストーブが使えない状況に陥ってしまう。カワサキは、ショルダーバッグから飯盒と500ミリリットル入りミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと飯盒にベットボトルのミネラルウォーターを注ぎ、ミネラルウォーターが注がれた飯盒をストーブに載せて湯を沸かし始めた。

湯を沸かす準備ができるとカワサキは再びレインポンチョを羽織ると近場を歩き回り握り拳くらいの石を数個程を集めてきた。それを雨宿りにしている庇の中央に簡易のかまどを作るために集めた石を並べる。再び庇を出ると周囲の木立の下を見て回り、折れて落下した枝を拾い集めて庇に置いているストーブの周りに纏めて置いた。丁度、その頃から正にバケツをひっくり返したような豪雨に変わり始めていた。カワサキは、レインポンチョを脱ぐとサバイバルナイフを取り出して、集めてきた枝を適当な長さに切ってゆくが、特に枝の先端近くの物は燃えぬように注意してストーブの近くに集める。枝の先端部を焚き火の着火用に使いたいのだが、雨で濡れているので火付きが良くないので少しでも水分を飛ばしておきたい。

枝から雨の水分を飛ばしている間に、大型ショルダーバッグから、ロープを取り出してサバイバルナイフを使って1メートルの長さに切り出すと、その切り出したロープを10センチメートルくらいの長さに切り揃えていく。そして、切り出したロープのうち2本のロープを解し始めた。2本のロープを解し終えると、ショルダーバッグからハンドタオルを1枚取り出して、幅2センチメートルくらいになるようにサバイバルナイフで切り裂く。これで焚き火のための火種を作るための準備ができた。

ストーブにかけていた飯盒のミネラルウォーターが沸騰したようで、蓋を閉めていた飯盒からは小さな音量ながらグラグラと聞こえてきた。カワサキは、ショルダーバッグから紙製のカップに湯を注いで作るカレーライスを取り出すとカップの蓋等を外して湯を注ぐ準備ができるとワーキンググローブを両手に嵌めてから、飯盒の湯をカップカレーライスに注ぎ蓋を閉めた。

カップカレーライスが出来上がるまでの間、ストーブの燃料調整バルブを完全に閉めてストーブの炎を消すと、ストーブの燃料給油口の蓋を外して幅2センチメートルに切り出したタオルに少量の燃料を染み込ませる。燃料を染み込ませたタオルは一纏めにして石で作った簡易のかまどの中央に置き、そこに解したロープを一束にして、かまどの中央に置いたタオルの下側に束の片方を敷いた。カワサキは、更にストーブの周りに置いていた枝の先端部をむしって燃料を染み込ませたタオルの上にドーム状となるように被せていった。

そこまでの作業を済ませた時点で、出来上がったであろうカップカレーライスの蓋を外して早めの夕食として食べ始めた。

ストーブの炎で暖をとったとはいえ、熱湯を注いで出来立てのカップカレーライスは身体の内側から暖めてくれる。カレーライスが冷めないうちようにという思いがあったためか、10分もかからずに食べ終えるとサバイバルナイフを取り出しグリップ部の先端に捩じ込まれているキャップを外して中に納められている防風・防水マッチを1本取り出して点火させるとバチバチと音をたてて燃えるマッチの炎を解したロープに火を移す、火が着いたロープは燃料を染み込ませたタオルに向かって燃え広がっていった。

そうしているうちに、マッチの炎は持ち手部分の手元近くまで迫ってきたので、燃料が染み込んだタオルに向かって投げ込んでやるとタオルが燃え始め炎が徐々に大きくなってきた。大きくなってきた炎はドーム状に組んだ小枝を燃やそうとするが、未だ小枝に水分が残っているのか白い煙が盛大に立ち上る。

カワサキは、慌てることなく立ち上る白煙を吹き流すのと同時に火元に酸素を送り込むように数回ほど火元に向けて吹き込んだ。暫くするとボッという音と共に小枝に火が移った。ある程度、焚き火の火が安定するため薪は暫く細い枝をくべていく。

焚き火の炎が安定した頃、食べ終わったカレーライスの紙製容器を焚き火に入れて燃やし始めた時、ぬかるみを獣が歩いてくる音が豪雨の雨音に混じって微かに聞こえた。

カワサキは、プレシジョンライフルを収納しているソフトケースに手をかけるとライフル銃を取り出し遊底槓を静かに操作して薬室に実弾を装填すると安全装置を掛けた。ただし、光学照準器であるライフルスコープの保護キャップは閉じたままにしている。これは、集中豪雨が降りしきるような状況で獣がぬかるみを歩く足音が聞こえるくらいの距離であれば50メートル以下と推測されるので、ライフルスコープは使いものにならないので感覚的に銃口を向けて発砲するしかないのとスコープのレンズに雨水が付着するのを避けるためでもある。

ライフル銃を腰だめにして、焚き火側の庇しの前まで移動して足音が聞こえた方を凝視すると、あまり体格が大きくない若そうなイノシシがカワサキのいる方へ歩いて来るのを認めた。昨今は街に出没して残飯を漁る雑食性の野生動物がいるくらいなので、カワサキが食べたカレーライスの匂いにつられて餌を求めて現れたのかもしれない。

カワサキとの距離が30メートルくらいになっると、イノシシは一旦立ち止まりカワサキの方に鼻先を向けて様子を伺うような仕草を見せた。

カワサキは、一瞬イノシシが反転して逃げて行くのではと思ったが、安易に油断をすると逆に勢い良くダッシュして攻撃を仕掛けてくる可能性も捨てきれないので、静かにライフル銃の安全装置を外した。カワサキが安全装置を外した瞬間に合わせるように突如、イノシシはカワサキへ向かってダッシュしてきた。

カワサキは、片膝を地面ついてライフル銃の銃口がイノシシの顔と同じ高さになるようにすると躊躇なく引き金を引いた。豪雨が降り頻るなかであっても大きめな爆竹を鳴らしたような発砲音を響かせる。

ライフル銃を発砲したときには、カワサキとイノシシの距離は20メートルを切っていたが、ライフルの弾丸は偶然にも標的としては小さな額辺りに着弾したようで一瞬ではあったがイノシシの額辺りから微かに血煙が舞うのが見えた。

銃弾が命中したイノシシは、脳が破壊されたのか全ての脚が動かなくなり、まるでヘッドスライディングでもするようにぬかるみの上を滑らせると身動き一つしなくなってしまった。

それを見たカワサキは、遊底槓を操作して空薬莢を排出、次弾を装填すると安全装置を掛けると暫くイノシシの様子を見ていたが、まるっきり動かぬイノシシを認めるとライフル銃を雨に当たらぬように奥の方へ立て掛けると、右手にサバイバルナイフを握りしめ豪雨が降り頻るなか動かぬイノシシに向けて歩き出した。

豪雨のなか、微動だにしないイノシシの元に来てみると発砲した弾丸は、イノシシの眉間の左側に着弾し首の右側を貫通していた。ライフル弾が着弾した際に、かなり頑丈なイノシシの頭蓋骨を一部破壊しながら頭部を射抜き粉々になった頭蓋骨の一部がイノシシの脳を破壊しているはずである。そのため、脚を動かす命令が脳から発信されないのでダッシュのために走れることはないし、呼吸をすることもできない。そのうち心臓さえ完全に停止するので、カワサキは急いでサバイバルナイフを使い首の頸動脈を切断して放血を行う。現在の豪雨を浴びることで放血は促されるであろうが、更に放血を促進する為に、4脚の動脈すべてをサバイバルナイフで切断して放血箇所を増やした。

カワサキとしては、この射殺したイノシシを食糧としたいので、少しでもイノシシの肉に臭みを残さないためにも獲物の血抜きはマストである。特に、今は線状降水帯が発生したような雨の振り方なので。こんな山中では土砂崩れが発生して、場合によっては容易に引き上げることができない可能性が捨てきれない。そのためにも食糧の確保は重要と言える。

暫く放血を進めるのと同時に、イノシシの死体を雨に晒していることで僅かでも肉の方が冷やされることで鮮度を保つことができる。カワサキは踵を返して雨宿りをしている庇の方へ戻った。庇の下に着いたカワサキは、雨でズブ濡れとなったレインポンチョを脱ぐとショルダーバッグからロープとチタン製で200ミリリットル容量のスキャットルにステンレス製のマグカップを取り出した。

スキャットルの蓋を外し、中身のバーボンをマグカップに適量入れると、そこへ飯盒に残っている湯を注ぎバーボンのお湯割りにして飲み雨で冷えた身体を暖めた。

1杯のお湯割りを飲み終えると、雨に濡れたレインポンチョを身に着けるとロープとサバイバルナイフを手に、放血しているイノシシに向かって歩き出した。

死体となったイノシシのところに来ると、周囲の地面は薄い血液が広がっている。ある程度は血抜きが出来ていると判断したカワサキは、イノシシの腹部にサバイバルナイフの刃を当て、膀胱等を傷つけないように注意しながら腹の皮膚を裂いてゆく。腹部の皮膚を半部も割かないうちにイノシシ自体の腹圧で内臓が外に飛び出してきた。

心臓や肝臓等の内臓も処理さえ間違わなければ十分に美味しく食べることができるが、今回は近場に水場を見つけることができていないし、内臓は常温では鮮度が落ちるのが早い。ショルダーバッグには生鮮食糧を入れる保存袋はあるが、直ぐにアジトへ向かって冷凍することができるかも定かではない。なので、残念だが内臓類は破棄することにした。ただし、カワサキが雨宿りしている近くに内臓を投棄すれば、雨が止んで気温が上昇してくれば腐り始めて腐敗臭が漂い出し、その臭いに釣られて野生の肉食獣を引き寄せることになることが容易に想像できるので、ジーンズのポケットに忍ばせていたタコ糸で、気管支より口元に近い部分と肛門寄りの直腸、尿道口寄りの尿道を固く結んでから内臓類を取切り離し、それを両手に抱えて、下り斜面に向かって投げ捨てた。

内臓が抜かれたイノシシのところに戻ったカワサキは、イノシシのバックストラップや股肉を切り離すと、庇の方へ戻りショルダーバッグに入れておいたジップ付きのビニール保存袋を数枚出すと切り分けた肉を入れると塩胡椒を振り、持参してきたペットボトル入りの野菜ジュースを少量注ぐと、中の空気を追い出すようにしてジップを閉めた。

丁度、肉の下処理を終えると地鳴りの音が聞こえてきた。カワサキの脳裏には地震の揺れを警戒していたのだが、一向に揺れが起こらないばかりか、周囲から土の臭いが立ち込めてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ