マッドマッチ
夜空を目標地点に向けて飛翔するドローンは、地上から20メートルの高さであるほか、機体の色も黒っぽい為に夜空に同化して本来であれば誰にも一切気付かれることなく目標へ向けて隠密飛行が可能であったはずだが、監視対象としてドローンが飛翔する前からCIAのミッションルームのモニターには衛星画像で2人の外交官が宿泊しているホテルのスイートルームがロックオンされていた。
そして、その情報はダイレクトに佐世保の在日米軍基地にも共有されていたことから、基地内の各所に通常以上の兵士が警戒監視を目的に配置され、その内の半数にはドローンガンが配備されているだけではなく、全員のヘルメットの前頭部に暗視スコープが備えられていた。
基地の監視にあたっている全員の兵士にミッションルームからの無線で基地に飛来して来るドローンの方向と高さが伝えられ、暗視スコープをセットした兵士全員が飛来方向に視線を向けている。
暫くすると数人の兵士が、上空を飛翔しているドローンを発見するとドローンガンを飛行しているドローンに対して向けるとドローンガンを所持している兵士が各々引き金を引く。
ドローンガンに捉えられたドローンは回転翼の回転数が徐々に衰えて同時に高度を下げていった。暫くするとドローンは地面に静かに着陸して回転翼は完全に停止する。
しかし、周囲にいる兵士は誰1人として着陸したドローンに近づくことなくM4アサルトライフルを構え、何か不測の事態となれば即座に発砲出来るような態勢を取っている。
そこへ爆発物処理のための隊員数名が現場に到着すると、着陸したドローンの近くに居てドローンガンを所持している兵士数名に何事かを説明する。説明を受けた兵士はドローンガンを着陸したドローンに向けて構えると爆発物処理の隊員からの合図に合わせて一斉にドローンガンの引き金を引いた。この状態であればドローンをコントロールする電波は妨害されて、仮にドローンに搭載している物体に起爆装着が備えられているとしても起爆させるための命令信号をドローン側が受信することはない。
爆発物処理の隊員はドローンに近づき着陸しているドローンを詳細にチェックしていく、ドローンの機体をくまなくチェックし終えると無線で基地のミッションルームに爆発の危険性がない事を伝える。その情報は無線を通じて監視要員として出動している各兵士に伝えられた。
配備されていた兵士達には一様に安堵の空気が広がると同時に爆発物処理の隊員がドローンの電源スイッチをオフにして完全にドローンが動けぬようにして安全を確保する。爆発物処理の隊員がドローンの回転翼を支持している4本の脚を折り畳むとドローンを担いで乗車してきたジープの後部ラッゲージに回収したドローンを積載した。これから、基地内のワークショップへ搬入してドローンの詳細を解析するのだ。
一等書記官と運転手が宿泊しているホテルのスイートルームでは
『おい、コントローラーのモニターが見えなくなったが、そちらのパソコン画面では予定通りのルートを飛行しているのか確認してくれないか?』
『こちらも、先程までは予定通りのルートをプロットしていたのですが、今はドローンの位置情報がプロットされてません。しかも、ドローンからの画面情報も映し出されておりません。』
『そうなると、米帝国の連中が妨害電波を出してドローンをコントロールできない状態にしたかッ』
と一等書記官が呟くと
『もしかしたら、狙撃されたのでしょうか』
運転手が不安気に叫ぶと
『銃で狙撃されたなら、直前にモニター画面が不自然に揺れるはずだが、そんな事もなかったので、妨害電波を照射されたんだ!』
一等書記官が答えると
『今からチェックアウトでは、完全に不自然だから、明日の朝にホテルをチェックアウトして大阪に戻るぞ!今から荷物を纏めておけッ』
と運転手に命じた。命じられた運転手は、大型のスーツケースやハードケースを手際良く1ヵ所に纏めて置くと2人共揃ってベッドに潜り込み早々に眠りに着く。
2人がベッドで眠りに就いた頃、宿泊しているホテルの駐車場には1人の男が誰にも気付かれることなく、外交官車両に近付きナンバープレート等に細工を施していた。男は約1時間近く外交官車両の周りで細工を施し終えると誰にも気付かれることなく何処かへ居なくなっていた。
翌朝、目を覚ました2人はホテルの朝食バイキングの時刻になると早々と朝食を取り終えると、部屋に戻る途中でフロントに立ち寄りホテルの台車を借りると部屋に戻り台車に持ってきた荷物を積み上げるとエレベーターで1階に降りる。一等書記官はフロントでチェックアウトの手続きを行い、運転手はホテルの駐車場に停めてある外交官車両をホテルの正面玄関口前に移動させる。
そこへ、フロントでチェックアウトの手続きを終えた一等書記官が荷物を載せた台車を押してホテルの正面玄関口に出てきた。運転手はサイドブレーキを掛けるとエンジンをアイドリング状態のまま車両を降りて台車に積載している荷物を車両に積み込むのを一等書記官と共に行う。ものの数分で荷物を車両に積み込み終えると2人は車両に乗り込み宿泊ホテルを後にした。
ホテルの前の道路を右折すると下り坂になっていて、その先は緩く右にカーブして坂道を降りきると十字路交差点になっている。佐世保中央ICに向かうためには、その交差点を左折しなければならない。ちなみに、交差点を直進すると佐世保基地の正面ゲートとなっている。
外交官車両が下り坂の緩いカーブを曲がり終え、外交官車両が直進状態になろうとした時、車内にはハッキリと聞こえるくらいの音量で爆発音が聞こえ、次いでボンネットから少量の白煙が立ち上った。車内には火薬が発火した後の独特な臭いが立ち込め、車両下部からは何か部品が落下する音も聞こえてくる。異常を感じ取った運転手が、道路左側の路肩に車両を停車させようとステアリングを左に切ろうとするが異常に重くステアリングを切ることが出来ない。慌ててブレーキペダルを踏み込むがペダルはスカスカに軽くフットブレーキも効かなくなっていた。下り坂を走行している車両のスピードは徐々に上がりながら下り坂を降りていく。
運転手は、少しでも車両のスピードを落とそうとエンジンブレーキを使うためにシフトレバーを2速に入れてみるが、車両のギヤがチェンジされた気配はなく車両のスピードは速くなるばかりである。
外交官車両のスピードメーターが時速60キロメートルになろうとした時には、外交官車両側が赤信号となっている交差点に差し掛かっていた。幸いにも朝の早い時間のためか左右から車両が来ることがなかったことが幸いして交通事故が発生することはなかったが、外交官車両はスピードを落とすことなく佐世保基地の正面ゲートに突進していった。
正面ゲートの2人の門衛は、スピードを上げて突進してくる車両に驚きながらも自動小銃を発砲出来るように構えて大声で『ストップ!』と叫んでいるが、外交官車両はスピードを落とすどころか時速60キロメートルを超えたスピードのままでで佐世保基地の正面ゲートに突っ込んできた。
2人の門衛は、強引に突っ込んで来る車両に向けて自動小銃を発砲すべく自動小銃の安全装置をフルオートに切り替えた時、正面ゲートに設置された車止めに勢い良く追突した外交官車両は横転して車両の右側を下にして基地内のアスファルト路面を火花を散らしてスピードを緩めながら滑っていく。
自爆テロの可能性を感じた2人の門衛は、横転した車両に向けて断続的に自動小銃を発砲した。自動小銃から放たれた5.56ミリメートルの弾丸は、車体底部のドライブシャフト周辺やタイヤに着弾するくらいで燃料タンクに着弾することがなかったため車両火災を発生させることはなかった。
横転した状態でアスファルト路面を滑っていた車両が停車して暫くするとヒビだらけのフロントガラスが乗車している2人によって蹴り外され全身血だらけの一等書記官と運転手は、ダルそうにしながら両手を挙げて門衛が自動小銃を構えている方に向かって立ち上がった。
その一連の様子を下り坂の途中の雑草が繁る雑木林から身を隠すようにして小型双眼鏡で、その様子を見ていたカワサキだったが、自身の後方から消音器を通した連続の発砲音を耳にした。一瞬、自分自身がターゲットとして銃撃されたのかと思わず首を縮めたが、弾丸が飛翔する際の空気を切り裂くような音も聞こえず周囲に着弾したような痕跡も見受けられないので双眼鏡でチェックしようと手にした時、佐世保基地に車体を横転させて停車している外交官車両の辺りから『シット!』と門衛が叫んでいるのを耳にした。カワサキが慌てて双眼鏡を門衛達の方へ向けると両手を挙げていたはずの2人が仰向けに倒れているのが見えた。
カワサキは、右手でP90短機関銃の安全装置を外しながら双眼鏡で倒れた2人を詳細に観察すると顔面が鼻の辺りから上が消失して周囲が血だらけになっているのが見えた。カワサキの後方から発砲された音から使用された銃器はAK47に消音器を取り付けた物と推測でき使用弾薬は7.62×39であるはずである。口径7.62ミリメートルと言えば多くの国の軍隊が使用するバトルライフルの口径と同じであり、横転した車両から這い出てきた2人からAK47が発砲された場所までは直線距離にして200メートルくらいなので、ライフル銃としては短距離と言っても良い射程距離なので、人体が7.62ミリメートルのライフル弾をそんな近距離から被弾するようであれば2つの死体のようになるのも無理はない。そもそもライフル弾の破壊力は拳銃弾の357マグナムや44マグナムを遥かに凌駕するので、動物としては皮膚が脆弱な部類の人間が至近距離でライフル弾が被弾するようではひとたまりもない。
カワサキは、安全装置を外したP90を構えてAK47が発砲された地点に向かってみることにしたが、厄介なのは仮に接近中に相手の方がカワサキの居場所を特定して発砲してきた場合、使用している弾薬が7.62ミリメートル弾であることに加えて軍隊が使用する徹甲弾であれば、周りの木立に隠れてみたところで弾丸は容易に樹木を貫通するし、着弾状況次第では樹木の幹が抉られて、その部分から倒木といったことに成りかねないので身を伏せるくらいしか対処のしようがないことである。
いつも以上に注意を払って狙撃者が潜んでいた辺りに近付いてみたが、案の定、その姿は何処にも見当たらなかった。狙撃者は片膝をついたニーリングのポジションで発砲したようなので、膝をついたと思われる周囲の雑草には踏みつけられた跡がある。
狙撃者が、狙撃ポイントから離れていった際の足跡も残ってはいたものの、その足跡をトレースしてみたところで無駄だとカワサキは判断した。今回の狙撃は、その状況から不審車両が強引に突っ込んできたのを阻止する目的で自動小銃が発砲された混乱に紛れてドローンの破壊工作に失敗した2人を抹殺するために狙撃したのだから、目的を達成したのであれば一刻も速く現場から立ち去るはずである。
カワサキ自身も、その場に彷徨いてはいられないので目にした内容をCIAへ報告を終えると、その場から静かに撤退した。
明日にでも米国政府と中国政府の口頭による泥仕合が始まるのであろうとカワサキは考えていたが、翌日にアジトのテレビを見ると意外にも外交報道ではなく日本国内の事件として報道されるに留まっていた。不思議に感じたカワサキがCIAへ問い合わせてみると、カワサキが狙撃地点から撤退した後、佐世保基地の米軍が詳細な現場検証を行ったところ、横転した車両に取り付けられていた外交官ナンバープレートは強力な磁石によって付いているだけで、その下には日本の白ナンバーとなっていたことが判明した。しかも、そのナンバープレートも数年前に盗難された車両に取り付けられたものであることが分かった。
その結果、中国の外交官ナンバープレートは単に利用されただけで中国側による犯行とは言えなくなったばかりか、中国外交部の記者会見では報道官から『在日米軍基地へのテロ行為に我が国の外交官ナンバープレートが利用されたことは大変に遺憾で、日本の司法機関によって厳重に国内治安維持に全力を尽くすべき』といった声明が出されたくらいである。加えて、車両によって佐世保基地に無許可で侵入した2人の顔は容姿が判別できないくらいに損傷が激しいことから人物の特定もできないために、公式的には日本国内の過激派等による犯行とせざるを得なかった。
結果として、米軍が現場検証で採取した証拠や遺体の検死結果は捜査協力の形で日本の司法当局に提供されて本格的な捜査が行われることになった。しかし、CIAが握っている中国の人民解放軍の特殊要員である情報だけは伏せられていたので、日本の司法当局が如何に捜査したところで真実に辿り着くのは困難であろう。なんと言っても当事者である米国と中国が一切の真実を表に出そうとはしないのだから。




