サイレント・キラー
日没後ということもあり周囲はすっかり暗くなっていたが、男はリモートコントローラーのような機材を手に取り、おもむろにスイッチを入れると赤と緑の発光ダイオードが輝き出し同時にモーターが高速回転して風切り音が聞こえてくる。コンクリート舗装上に置かれていたドローンが夜空に向かって勢い良く飛び上がっていった。
男は、そのドローンを見ながら、時折手元のコントローラーに装着しているスマートフォンくらいのモニターへ視線を走らせながら飛行中のドローンをコントロールしていると上空を飛翔しているドローンは、比較的高い高度で目的地を目指して夜空を漂っている。コントローラーを操作している男のモニターにはいつしか、街灯に照らされたコンクリート製の頑丈なゲートと迷彩服を着用して自動小銃を携帯している門衛の姿が小さく写し出されてくると、ドローンの飛行速度が徐々に緩やかになり、ゲート内側辺りの上空でホバリングを始めた。
ホバリングをしているドローンの動力が電動モーターである為に大きな音を響かせないことと比較的高い高度であることから、門衛の兵士は上空でホバリングしているドローンの存在に気付いていない。
上空の風に多少とも煽られながらも暫くホバリングしていたドローンの飛行姿勢が安定すると、ドローンの機体に積載されていた物体が投下された。
投下された物体は、20センチメートル四方で箱型の大きさの物体であるが、それなりの重量があるようで、ほぼ真っ直ぐに落下して地面に落ちると落下音と同時に爆発音が鳴り響いた。
たまたま入り口ゲートの近くに停車していたM939米軍トラックの燃料タンクの直ぐ脇で爆発すると、一瞬トラックが持ち上がったかのように見えた直後に車両火災が発生し、夜の暗闇に車両火災現場だけが鮮やかに浮かび上がる。
ゲート入り口で警戒していた門衛は、自らの後方で発せられた爆発音に驚いたもののゲート控え室に飛び込むと受話器を取り上げ、基地のミッションルームへ連絡を入れると、間もなく基地内に緊急サイレン音が鳴り響いた。
基地の奥からは、消防車数台が緊急サイレンと非常灯を点滅させながら車両火災を起こしているゲート近くの現場に向かい、現場到着と同時に消火活動を開始した。
発生した車両火災は燃料タンクのガソリンに引火したものの、爆発を起こすまでには至らず車両の炎は徐々に弱まり鎮火しそうな状態となっていった。
結局、M939トラック1台が黒焦げとなったが、幸いにも人員が乗車してなく荷台に武器や弾薬が積載されていなかったために大きな被害を出さずに済んだ。
しかし、在日米軍にとって最も大きな損害は基地内の誰1人として気付かれることなく爆発物が持ち込まれ、その爆発物で爆破テロが完遂されてしまったことである。
爆破されたM939トラックが鎮火すると、本国のCIAにも連絡が入り徹底的な調査が行われ、電動の飛行型ドローンから爆発物がリモートコントロールで落下させて、落下による衝撃で起爆装着が働いて爆発が起こり、その爆破の衝撃でM939トラックの燃料タンクが破壊され漏れ出たガソリンに引火して車両火災が発生したことが判明した。
ただし、厄介なのは爆発物を輸送したのが飛行タイプのドローンということで、レーダーでは捕捉が難しい大きさであることから、上空を飛行して来ても機体自体が小さいのと動力が電動モーターである為に、ある程度の高度があると音も聞こえ難くく上空からの接近を把握するのが非常に難しいということであり、今後の対応として基地の監視態勢の強化という人海戦術くらいしか見出だせないことであった。
今回は、投下された爆発物が小型であることから被害は軽微であったが、これが自爆タイプのドローンで基地のミッションルームがある建物が破壊された場合には、一時的であれ基地が機能不全となることが容易に想定できる。
そのような状況下で、CIAは日本のNシステム等にアクセスして実行犯を突き止めるべく集中的に捜査を開始した。
電動のドローンが使用されたことから自ずと航続距離にはバッテリーの容量からして物理的に限界があるので、捜索範囲は限定的になるので翌日には怪しい車両を発見することができた。
発見された車両は、青いナンバープレートに白い文字で『外91』と記載されている。Nシステムの画像を詳細に分析すると、車両に乗車しているのは1名で、その人物は1ヶ月前に中国本国から関西総領事館に派遣されており表向きの肩書きは一等書記官という身分とされているが、CIAのデータベースでは人民解放軍の特殊部隊に所属している上尉と同一人物となっている。
しかし、そこまでの情報は簡単に辿り着くことができたが、この破壊工作の最終目標までは依然把握できていなかった。そのため、応急対応として在日米軍基地にはドローンガンが配備された。このドローンガンは2キロメートル離れたドローンに対して有効で、ドローンに対して照射するとドローンとコントローラーを結ぶ電波を妨害し、飛行中のドローンであれば強制的に着陸させることができる。だが、今回の襲撃は深夜であったことから、ドローンガンを携行している兵士は、暗視スコープを装着しての運用となった。
本来ならばレーダーを運用して早期にドローンを捕獲したいところだが、確かにレーダーの電波はドローンを捉えているが、現実の運用では対象に対する感度ということがある。
今回のドローンは、大きさ的に大型の猛禽類が翼を広げた位の大きさとなることから、それらを全て対象にするとレーダー画面がレーダー波が捉えた対象だらけで収拾がつかなくなるので実用的ではない。そのため、今回のドローンを補足するためには人海戦術で目視によって対処せざるを得ないのである。
在日米軍の各基地で厳重な監視警備体制が取られるようになって数日後、関西の中国総領事館から1台の外交官車両が静かに夕暮れの進む街中へ消えていった。外交官車両は、最寄りの高速道路インターチェンジから下り車線に乗り入れた。それを衛星軌道上からCIAのオペレータールームでは冷静に見つめていたが、その中の1人がメールにより特殊要員に対して事前に計画していた指示を送信した。
外交官車両が動き出したということは、新たに在日米軍基地に対するテロ攻撃が加えられることに疑いの余地はない。
外交官車両が、九州方面に向かっているということは佐世保の米海軍に係留されている艦船を標的にしているのか、或いはフェリーを乗り継いで沖縄の米軍基地に配備されている米空軍の航空機をターゲットとしているはずである。そこで、CIAは日本に配置している特殊要員を数人を九州へ送り込み在日米軍基地へのテロ攻撃を阻止する作戦にでた。
そのため、九州に集結させた特殊要員の一部を佐世保方面に配置させ、他の要員は沖縄へ向かわせている。
だが、実際にドローンが飛び出した場合には特殊要員を少しでも近くに配置してドローンを破壊するのと同時に、コントローラーを操作している人間も抹殺しなければならない。
このミッションを成功させるためには、少なくともドローンを飛翔させてコントロールしている状態を狙うのが最も良いタイミングとなる。
そのタイミングを狙うには、ドローンを起動させている場所に極力近いポイントへ要員を配置しておくだけではなく、コントローラーから発信される電波も的確にキャッチしておかねばならない。
関西から九州へ向かった外交官車両は、佐世保中央ICを降りると海上自衛隊官舎側の山手に向けて走行した。
暫く走行した外交官車両は、佐世保基地を見渡せるホテルの正面玄関口に車両を止めた。
助手席からCIAがマークしている一等書記官が降りると車両に近寄ってきたホテルのドアマンに荷物があることを告げるとドアマンはホテルの台車を持って外交官車両に近寄ると車両から荷物を取り出して、持って来た台車に積み替える。
その間、一等書記官とされている中国人男性はホテルのフロントでチェックインの手続きを行い、手続きが完了するとルームキーが渡される。一等書記官は、ルームキーを手にホテルの台車に積まれた荷物のところに向かうと、外交官車両をドライブしていた運転手が小走りで台車のところへ来ると台車を押して一等書記官と一緒にホテルのエレベーターに向かい、エレベーターで最上階へ登った。
最上階に到着したエレベーターから降りた2人は、スイートルームへ向かうとルームキーで部屋のドアを開けると台車に載せた荷物共々部屋の中に入り、台車に積載していた荷物を下ろすと運転手の男が台車を部屋の前の廊下に出しておく、そして部屋に戻ると持ち込んだ荷物で大型のハードケースを開けるとスポッティングスコープと専用の三脚を取り出して組み立てる。組み立て終えたスポッティングスコープは佐世保軍港に面した窓に配置する。運転手は配置したスポッティングスコープを覗くと高さとピントを合わせてから、更に荷物の方へ向かい別のハードケースを開けるとドローンが幾つかのパーツに別れて収納されているのを取り出して組み立て始めた。
その間、一等書記官の男は中型のハードケースを開けてパソコンと電源コードを取り出すとパソコンに電源コードを取り付けて、部屋のコンセントから電源を取りパソコンを起動させる。パソコンを起動させた一等書記官は、運転手の方へ移動すると、ドローンの組み立てを手伝い始めた。
ドローンを組み立て終えると、スポッティングスコープを設置した窓ガラスを開けるとバルコニーに組み立てたドローンを置いた。すると一等書記官がドローンのコントローラーを手に取ると電源のスイッチを入れる。
一等書記官が手にしているコントローラーのモニターにはドローンに装着しているカメラからバルコニーの床が映し出されている。
運転手は、起動しているパソコンの前に座ると、あるアプリケーションソフトを開くと画面には地図情報が映し出され、更にその画面の右上にはドローンのコントローラーのモニターと同じ映像が映っている。そこまでを確認すると運転手はパソコンをシャットダウンすると一等書記官もコントローラーの電源スイッチを切る。
時刻は、未だ16時30分を少し過ぎたくらいで外は充分に明るいのでドローンを飛行させるわけにはいかないので、事前に必要な準備をしてトラブルがない事の確認だけを行う。問題がなかった事でバルコニーに置いておいたドローンを部屋に移すと窓を閉める。2人は部屋中の窓にレースのカーテンを引いて外から部屋の中を見られないようにすると揃ってスイートルームを出るとオートロックで部屋の鍵を掛け、エレベーターでホテルの1階に降りていった。運転手は一等書記官からルームキーを受け取るとホテルのフロントにルームキーを預けると2人で外出した。
2人は、乗ってきた外交官車両に乗り込みホテルから少し離れた丘に向かい車両を停めると車内から軍港の様子を双眼鏡を使って偵察する。その偵察は少なくとも30分以上の時間を掛けてドローンの飛行ルートを検討しているようであった。使用するドローンは電動であることから積載しているバッテリーの容量の制限があるので、目的地点までは最短のルートで飛行しなければ、途中でドローンが落下する事態となるので、気楽にドローンを飛ばしているわけにはいかない。
そうしているうちに、周囲は夕闇が迫ってきて明度が不足してきて持参した双眼鏡の精度では軍港の周囲が見え難くなってきたので、車両を丘から移動させて夕食を取るためにレストランへ移動した。
夕食を取り終えて店を出た頃には夕闇が迫ってきたので、2人は車両に乗り込みホテルへ戻った。部屋に戻ると1ヵ所を除いて部屋の窓に厚手のカーテンを引き、カーテンを引いてない窓を開けるとドローンをバルコニーに置くと、一等書記官はコントローラーの電源をオンにすると、運転手は部屋のテーブルにセットしていたパソコンの電源を入れて起動させる。パソコンが起動すると外出前に立ち上げたアプリケーションソフトを開く、パソコン画面には現在いるエリアの地図が映し出されて滞在しているホテルに赤い点が点滅している。これは、リングしているドローンの位置情報を示しており、右上には四角の黒い画面が表れているが、これはドローンの下部に取り付けられているカメラの映像なのだ。
パソコンの画面をチェックしていた運転手から『問題なし』の声を聞いた一等書記官はコントローラーのスロットルレバーを徐々に開けていくとドローンの回転翼が速度を上げていくとドローンは比較的静かに上昇して、目標地点に向けて暗がりの空を飛んでいった。




