ゲームチェンジャー
相手が放った弾丸で少々抉られた右肩は3日もすると薄皮が張り始め、日常生活では殆んど痛みを感じることも無くなった。一日に凝縮された死闘はカワサキの身体に久しぶりの疲労感をもたらした。
確かに、3日間は更なる襲撃の可能性を考えると、体力的に万全とは言えないカワサキにとって精神的に弱気になっていたが、CIAが24時間体制でアジトの周辺を監視してくれ、その監視体制下で敵の襲来がなかったことで、カワサキの心と身体は徐々に復活して、今なら暗殺の作戦行動を求められても充分に対処出来るだけの自信がある。
そんな時CIAからメールが届いた。内容は、新たな暗殺指令なのだが、今回のターゲットは中国人だという。しかも、今回は相手の名前が記されてなく写真のみで、暗殺実行の時間と場所、そして暗殺方法として供給している拳銃を使い対象者が乗車している自動車のタイヤを撃ち抜き交通事故を装って行うという、これまでに無いくらい詳細な部分まで指示がされている。
カワサキとしては、余計なことを考える必要がなく、更に対象者の情報を知れば知るほど何らかしらの感情が生じるので、何も知ることなく指定の場所で引き金を引くだけの方が気が楽である。幾分の違和感を感じながらも送られてきた情報を改めて検討してみると、暗殺現場は海沿いの道路となっている。そこの交通量がどれ程の状態なのか不明だが、銃器の使用を指令するくらいなので比較的交通量は少ないのだろう。しかも、海側と反対側は樹木が茂っていることから、茂みに隠れて銃撃すれば良いようで、暗殺時刻も18時とされているので完全に日没というわけではないので暗視装置がなければ銃撃が不可能ということでもない。
そこまで考えたカワサキは、使用する銃器をM&P5.7拳銃とするかP90短機関銃にするか悩んでいた。カワサキの射撃能力からすればM&P5.7拳銃でも対応が難しいわけではない。ただし、以前に走行中のタイヤを撃ち抜くことを成功させてはいるが、あの時は事前に下見をしたことで海風の影響が少ないことを確認出来たからこそ成功できたわけで、事前の下見をしていない今回も成功できるとは言えるものでもない。
そうなると連射性能があるP90短機関銃を使うことも選択肢としては捨てがたいと言える。ただし、連射しながらの着弾修正では不要な弾薬を消費することになり、弾薬等の補給が潤沢に行える軍とは立場が違う今のカワサキには厳しい部分がある。
色々と思い悩んだ結果、カワサキは前回と同様にM&P5.7拳銃を使用することにした。
メールで指定された日時の朝、カワサキはM&P5.7拳銃の弾薬に10発の弾薬を装填すると弾倉を拳銃に装着するとホルスターに収めると、専用の消音器をジャケットのポケットに忍ばせる。
その後、ガレージに向かうとパジェロミニに乗り込み、指定された暗殺ポイントへ赴く。パジェロミニは、暗殺ポイントから離れた場所に駐車すると、樹木が生い茂る木立の中を茂みに隠れて銃撃できそうな場所まで移動する。暗殺時刻の30分前に射撃できそうな場所に到着すると、CIAのオペレータールームに携帯電話を掛ける。すると対象者が乗車した車両との距離やスピードをライブで伝えるので、予定時刻の5分前に改めて電話をするよう指示された。
カワサキは一旦、携帯電話を切るとホルスターからM&P5.7拳銃を取り出すと銃口先端部に装着されているマズルキャップを外して、外したマズルキャップをジャケットのポケットに入れる替わりに専用の消音器を手にすると、銃口先端部のネジ山を慎重に合わせて捩じ込み始める。確実に消音器をM&P5.7拳銃に取り付けると右手で遊底を掴むと後方へ引き薬室に弾薬を装填する。
M&P5.7拳銃の薬室に実弾が装填できると、丁度1台の乗用車が走行しているのが見えた。明るさ的には未だ肉眼でタイヤを狙うことが難しい状況ではない。
暗殺予定時刻の5分前、カワサキがCIAの作戦オペレーターへ連絡を入れると対象者が黒のワンボックスカーに乗車しており移動中で予定ポイントに向けて接近中との連絡を受ける。
カワサキは、拳銃の構えが安定するようニーリングのポジションをとり、対象者が乗車しているワンボックスカーが来る方向を凝視していると、ヘッドライトの光が徐々に明るさを増して見えてきた。
徐々に増してくるヘッドライトの眩しさと接近を知らせてくるオペレーターの声に反応してM&P5.7拳銃を未だ見ぬ車両のタイヤが現れる空間に構える。
対象車両を視界に捉え、カワサキが車両の左前輪を狙って引き金を引こうとした瞬間、カワサキの後方から消音器を通したライフル銃の発砲音を耳にした。その瞬間、対象車両のフロントガラスの右側に弾丸が着弾して蜘蛛の巣状のひび割れが走り、ドライバーの眉間が撃ち抜かれて前のめりになると対象車両が蛇行し始め、同時にスビードを上げて海側へ向けて疾走する。対象車両は勢いそのままにガードレールを突き破り海面にダイブしていった。
突然の事態に驚いたカワサキが、CIAのミッションオペレーターに自らが襲撃にあったかもしれず状況を把握するために連絡を入れるとミッションオペレーターからは
『それは、こちらが配置した別の要員がライフル銃で発砲したもので君を狙った襲撃ではない』
とカワサキが想定していなかった返答が返ってきた。
『事前に説明を受けていないが、どういう事だ』
納得のいかないカワサキが多少怒気を含んだ口調で更に質問をすると
『今回のミッションは、失敗したから次の機会というわけにはならない事情があったので、投入可能な人員を配置してミッションを実行していた。特に、君の場合は北朝鮮の特殊工作員に狙われている状況があるなかでは、君だけにミッションを任せることができないと判断したのでね』
ミッションオペレーターは至極当然と言ったようなニュアンスで回答してきた。確かにカワサキはCIAに雇われている立場で、決して対等な立場で契約をしたフリーランスな関係ではないので異論を挟むことはできないが、何となく釈然とはしない心持ちであった。また、カワサキには事故を装っての暗殺命令であったのが、別の要員には明確にライフル銃による射殺を命じていた違いは何だったのだろう。
蟠りを抱きながらも、このままの状態では居られないのでM&P5.7拳銃から弾倉を外し、それから遊底を引いて薬室に装填された弾薬を抜き取ると、早々に退却する準備を始めた。
獣道のような森林の中を抜けてパジェロミニを停めていた所に辿り着くと、車のドアを開ける前に周囲と車内に異常がないかを確認してから運転席側のドアを開けて乗り込みエンジンを始動すると、ゆっくりと道路に乗り入れる。帰り道では渋滞に捕まることなく順調にアジトへ帰り着くことができた。
夕食の準備をして、いつもの通りに1人で食事を取るが、自らの背後に別な要員がいたことに気付けずにいた。もし、この人物がカワサキを狙っていたとすれば気配すら感じていなかったので、間違いなく命を落としたであろう。
それらが気になったカワサキは、携帯電話でCIAのミッションオペレーターに電話を入れて、気になっていたことを聴いてみた。そんなカワサキに対してミッションオペレーターは
『あんたが気になっているなら、本当のことを教えてやるよ。先ず、あんたの後方にいた要員は2日前から寝袋を準備して潜んでいたんだ。だから、あんたが気配を感じないのは不思議な事じゃない。それに、今回の作戦は車両のタイヤを撃ち抜き、可能な限り事故を装いたいというのがあったが、あの要員は走行中のタイヤを撃ち抜く自信がなくて、車両のドライバーを射殺してしまったんだ。あれじゃ事故に見せかけるのは無理だから、どうにかして日本のハンターが誤って猟銃を暴発させたというシナリオにするしかなくて、上の連中が裏で日本政府に働き掛けをしているところだよ』
ミッションオペレーターは、普段とは違いフレンドリーな感じで答えてくれた。
『せっかくだから、これもあんたに伝えておくけど、今回のミッションで当初は北朝鮮に狙われているあんたも始末してはと一部の上層部は考えたんだけど、あんたをリクルートしたサムと俺が、あんたを始末したいと思っているなら少なくとも色々な戦闘スキルを持った人間を日本へ派遣するつもりがないなら、現在の日本に配置している要員で、あんた以上にずば抜けた戦闘スキルを持った人間はいないので、逆に返り討ちになったほかに生き延びたあんたが将来的に我々の脅威となる存在になるので安易な発想は止めるべきだとね。今のCIAの特殊作戦要員を評価する指標でも、あんたの評価はトップじゃないが上位にランクされているし、こと日本に派遣している要員の中では最も上位なので一部の上層部も安易な発想は諦めたのさ』
そこまでの説明を聞いたカワサキは、一時的に抹殺処分の対象とさせていたことに驚きを覚えはしたが、ミッションオペレーターから包み隠しなく伝えてくれたことで色々と吹っ切れることができた。
しかし、今回の暗殺ミッションが何故に今日中でなければならなかったのだろう。先程のミッションオペレーターの電話で聴いてみればと思ったが、その理由は翌日のニュースで概ね想像ができることとなった。
翌朝、カワサキは目を醒ますとテレビのスイッチを入れてニュースを徹底的にチェックしていくと、暗殺した男は中国系カナダ人のミシェル・楊58歳であることが分かっただけでなく、楊は資産家で米国企業の株式を相当量保有していたとされている。報道では楊が保有している株式の企業名まで公表していないが、CIAが暗殺ミッションを実行するくらいだから軍需産業なのではないか。そうなると中国系カナダ人というのは表向きで実際は中国人で大口株主の立場を利用して、軍需産業の機密情報を入手して中国に戻る途中だったということか。
そのような背景であれば、中国へ渡航するために空港に向かうつもりであれば、直前で暗殺するのも合点がいく。昨今の中国は日本を含め近隣の島国を力ずくで自国領土として安全な太平洋航路を確保しようとしているので、その意味では米国の最新兵器の情報を欲しがるというのは自然な成り行きだろう。
しかし、カワサキは今度の暗殺をきっかけとして中国人民解放軍の特殊工作員とやり合うのは相当に厄介な感じがしていた。特に、中国人は面子というか体裁を気にするので、表向きは中国の自国民ではないが実質的には軍事情報を収集するスパイであれば相当の報復行動に出るといえる。更に、特殊工作員への訓練も相当なレベルの実践的な内容で行われていると思われるので熾烈な状況で対応しなければならなくなる。




