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姿なき狩人  作者: 二条路恭平
プロローグ

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19/36

フェイク

在日朝鮮人同胞連合の顧問弁護士である李は、金が自らを監視している不審者がいると騒ぎ出して相手の事を詳細に調べもせずボディーガードの半グレ集団に暴力を使って追い払うつもりでいたのが、逆に返り討ちに合って数人が殺されてしまったことですっかり怯えてしまい、これからの対応策について李に泣き付いてきたので、一時的に淡路島の施設へ身を隠すようアドバイスを与えて、金が身を隠している間に正体不明の男の正体を調べようとしていた矢先に、北朝鮮本国の国家安全保衛局長から国際電話が掛かってきた。

『貴様達は、大将軍様への忠節を忘れて日本で、一体何を企んでいる?』

国家安全保衛局長の声には相当の怒りが含まれていることが李には分かったが、何ら心当たりがないので

『我々は、常に大将軍様への忠節を一瞬たりとも忘れたことはありません。一体、何が局長様のお怒りに触れたのでしょうか?』

と逆に問い掛けてみると

『それでは、今朝のリモート会議に金光一が無断欠席をして、我々に無駄な時間を使わせた理由は何だッ』

国家安全保衛局長は怒りを爆発させるような勢いで叫んだ。

それを聞いた李には国家安全保衛局長が怒っている理由が理解できたが、逆に心の中では舌打ちをしたい気分になっていた。確かに、金光一が仲間である半グレ集団の数人を正体不明の男へ差し向けた結果、呆気なく返り討ちに合ってビビってしまったことで李に泣き付いてきたので、一時的に淡路島の施設へ身を隠すようにアドバイスをしたが、同時に身を隠したとしても日常的な本国とのリモート会議等は決して疎かにしないよう口酸っぱく伝えていたにも関わらずボディーガードの連中と遊び呆けていると想像したためである。

そこで李は、国家安全保衛局長に

『金理事長が、皆様との重要な会議を無断欠席したなどと恐れ多い事をしていたとは思いも出来ませんでした。斯くなる上は早速にも私が責任を持って金理事長と会いまして皆様に心から謝罪するように伝えますので、どうか局長様のお怒りを静めて頂けませんでしょうか?』

李は精一杯の低姿勢で説得を試みた。李としては本国とのリモート会議に直接関与している立場ではないのだが、副理事長である自分が知らなかったと言い訳をして国家安全保衛局長の機嫌を更に損ねても意味がない。

『まぁ、確かに副理事長とは言え貴様ごときが会議に関与できる立場ではないので仕方あるまいが、今後は二度と今回のような不始末 をしないように貴様の責任で金光一を我々の前に出席させて相当の謝罪をするように伝えておけッ』

国家安全保衛局長は一方的に喋ると電話を切った。李は受話器を乱暴に戻して『あの低能なドラ息子がッ』と言って罵ると携帯電話を取り出して、神戸に残っている半グレ集団のうち李が顔見知りにしている男へ電話を掛けた。李としては、弁護士としての日常的な業務を抱えているので淡路島まで出掛ける時間がないことから、半グレ集団の1人を淡路島へ行かせて金達の様子を伺わせる一方で、至急連絡を寄越すように依頼する。


李貞一は両親とも朝鮮人であったが、李自身は日本生まれの日本育ちであったために幼少の頃から朝鮮人というだけで何かと言われなき差別を受けて過ごしてきた。学校も朝鮮人学校に通っていたことから周囲からは白い目で見られ常に迫害されてきたのである。更に両親は朝鮮人であるために真面な職に就くこともできず生活も貧乏であったので、李も朝鮮人学校に通っていた頃から年齢を偽って深夜に仕事をさせられていた。そんな貧しい生活から逃れるために李は少しの時間も惜しんで勉学に励み、正に血の滲むような努力の末に弁護士資格を取得したのである。

その弁護士資格を取得して間もなく、金光一の父親であった金龍雄に目を掛けられて、在日朝鮮人同胞連合の顧問弁護士として迎え入れもらったが、李を採用した本当の狙いは李の両親は元々平民の出身であったので、在日朝鮮人同胞連合における汚れ仕事をさせておくのに重宝するし、いざとなれば簡単に切り捨てられるメリットがあったからであった。北朝鮮という社会は日本の封建時代の頃を彷彿させるくらいに血筋を重んじる考え方で、どんなに優れた才能を持っていても血筋が良くなければ決して出世等は望みようもないのである。

顧問弁護士に就任した後、そんな事情を知った李は逆に金親子を言葉巧みに操ることで将来的に在日朝鮮人同胞連合を乗っ取り富裕層としての血筋へ伸し上がろうという野心を持っていた。その為には、金親子から押し付けられた汚れ仕事を積極的に引き受けて信頼を勝ち取ることに邁進してきたのだ。


淡路島へ様子を見に行かせた半グレ集団の1人から夕方に携帯電話へ連絡が入ったが、それは李さえも驚くような内容であった。

男の声は携帯電話越しでも分かるくらいに上擦らせて、金を含めボディーガード全員が撃ち殺されていたという内容で、施設のあちこちに死体が転がっているが警察に連絡すべきかと聞いてきた。

その報告を聞いた李は、最初のうちは金光一が仕組んだ悪い冗談かと思っていたが、男が喋っている最中に泣き出したことで李が思っている以上に事態が切迫している事を理解すると電話を掛けてきた男には、こちらで対処するので警察に通報する必要がないことを言い含めた。本来ならば警察に届け出て捜査してもらうのだが、殺されているボディーガードの大半が銃器を所持した状態のままで警察の介入を許すわけにはいかない。

電話を掛けてきた男に、現場をそのままにして神戸へ戻ってくるように伝えて携帯電話を切ると、急いで卓上電話の受話器を取り上げ北朝鮮の国家安全保衛局長へ電話を入れた。

幸いにも国家安全保衛局長は帰宅していなかったので、李は淡路島で金光一が殺されている事を報告した。国家安全保衛局長は一瞬驚いたようであったが落ち着き払った声で、淡路島の死体処理は日本へ潜入させている特殊工作員にやらせるので、李は当面の間は在日朝鮮人同胞連合の顧問弁護士であり副理事長として理事長代理となって対応するように指示してきた。また、金光一を暗殺した犯人の捜査を即刻行うように命令された。


その頃、カワサキは在日朝鮮人同胞連合が所有する淡路島の研修施設で金光一とボディーガード達を射殺によって暗殺したことをCIAへ報告すると共に、次のターゲットである李貞一の情報に関する照会をしていた。

CIAから送られてきた情報では、在日朝鮮人同胞連合の顧問弁護士である李貞一は、朝鮮人の両親が日本に移住してから生まれた在日朝鮮人であり、在日朝鮮人学校を卒業した後に日本の司法試験を数回受験して弁護士資格を取得し、金龍雄に目を掛けられ在日朝鮮人同胞連合の顧問弁護士に就任したとのことであった。顧問弁護士に就任してからは主に在日朝鮮人同胞連合における法務関係を一手に引き受け、言わば在日朝鮮人同胞連合における後始末係というか汚れ役といった存在で、その汚れ仕事を卒なくこなす事で金龍雄から厚い信頼を得て在日朝鮮人同胞連合内での地位が上がり、息子の金光一が理事長に就任した際には副理事長のポストに出世して、金光一のブレーンという立場で実質的に現在の在日朝鮮人同胞連合を取り仕切っている。

ちなみに、李貞一は現在も独身で神戸三宮の20階建てタワーマンションの最上階に居住し、同じ三宮にレンタルオフィスを借りて弁護士事務所としているようである。なお、メールの最後には李が金とボディーガードを襲撃した人物について調べている形跡があるので充分に注意するよう記されていた。

そのメールを読み終えたカワサキは、李が居住しているタワーマンション近くのビジネスホテルに電話を入れて1週間分の宿泊予約を入れた。弁護士である李の行動範囲は三宮界隈と裁判所に顧客の所ぐらいであろうから偵察に1ヶ月も掛ける必要がないと判断したのだ。また、今の状況は既に火蓋を切っているようなものなので、あまり長期に渡る偵察は些細な事で相手に気付かれる恐れも高い。特に金を暗殺したカワサキの事を調べている状況であれば、次に狙われる可能性があるのは副理事長である李自身と薄々は感じているかもしれないので、あまり李を刺激しても相手の警戒心を煽るだけでメリットがない。

カワサキは、李の偵察は明日からビジネスホテルを確保して1週間だけ実施する予定である旨をCIAへメールした。メールを送信すると早速、偵察に出掛けるための支度を始めたが、さすがに今回の偵察では銃器を携行する必要がないと思われるので、バックには小型双眼鏡にスポッティングスコープ、それと着替えのための衣服を詰め込む。ただし、不測の事態への備えとしてナイフシースに入れたコンバットナイフだけは携行することにした。

荷物の準備ができたカワサキは、スタンドカラーの白いカジュアルシャツにチャコールグレーのテラードジャケットを羽織、黒のチノパンツを履くとナイフシースを通した皮ベルトを締めた。荷物を積めたバックを右手に持ってガレージに向かいパジェロミニの助手席にバックを積むと再び神戸三宮へ出発した。

平日ということもあり道路が空いているので慌てず安全運転で神戸三宮へ向かった。どうせ、急いでホテルに向かったとしてもチェックインは14時からなので焦る必要がない。

予約を入れたビジネスホテル付近の立体駐車場にパジェロミニを停めたのが15時過ぎであったので、このまま徒歩でホテルに向かってチェックインができる。右手にバックをぶら下げてビジネスホテルへ向かいフロントで予約をしている旨を告げ、チェックインの手続きを行っている間に宿泊する部屋の階数は20階から22階までで、李が居住しているタワーマンション側に面した部屋をリクエストしてみると運良く21階に希望に沿う部屋を取ることができた。

前金で1週間分の宿泊費を支払い、フロントから部屋の鍵を受け取るとエレベーターで21階の部屋に向かう、部屋に入室すると直ぐにバックからスポッティングスコープと専用三脚を取り出して、三脚にスポッティングスコープを据え付けるとレースのカーテンが引かれた窓際にスポッティングスコープを配置する。レースのカーテンを剥ぐってタワーマンションの最上階にある李の部屋をスポッティングスコープで覗くと、今は留守となっている李の部屋を見下ろすことができた。

確実に部屋の大部分を監視できることが分かって一安心したカワサキは、明るいうちに李の法律事務所の周辺も簡単に偵察することにして、スポッティングスコープは窓際に設置したままにして部屋の鍵を左手に持って部屋を出てエレベーターで1階へ降りる。フロントに部屋の鍵を預けてホテルの正面玄関から外に出ると、ジャケットの内ポケットから取り出したシューティンググラスを掛けて李の法律事務所がある方向へ歩き出した。

数分も歩くと李の法律事務所が入っている雑居ビルの前まで到着したが、カワサキはビルの前で立ち止まるようなことはせずに、ゆっくりと通り過ぎようしたが、雑居ビルの周辺には明らかに人相の鋭い男達が睨みを効かせていることに気付いた。明らかに金光一が招き入れた半グレ集団を今度は李がボディーガードとして使っているのだろう。

幸いにもシューティンググラスを掛けたカワサキの顔を知らないボディーガード達は、周囲の人間と同じように歩道を歩いてるカワサキに鋭い一瞥を向けただけで大した関心を寄せてない。

李の事務所も確認できたカワサキは、その一帯を歩いてみたが所々にボディーガードと分かる人相の鋭い男達が路地から監視をしているのを確認した。

カワサキは、ホテルへ戻る途中で目に入った中華レストランに立ち寄り、ディナーコースと生ビールをオーダーして久しぶりに中華料理を堪能してからホテルの部屋へ戻った。

部屋に戻ると、ジャケットとスタンドカラーのシャツを脱いでTシャツ1枚になるとスポッティングスコープの後に椅子を移動させてから部屋の照明を消して、移動させた椅子に座るとレースのカーテンを全て開けてスポッティングスコープの対物レンズを改めて李の部屋に向けて監視を始めた。

明るい照明の部屋で、白いバスローブに包まれた李は本皮製と思われるソファに座ってラットップコンピューターで頻りにキーボードを叩いているのが見えた。もしかしたら、金を襲撃した犯人について調べているのかもしれないが、カワサキの事を調べようとしたところでCIAのコンピューターにアクセスしない限りは何の手掛かりも得られないし、CIAのコンピューターは何重ものセキュリティシステムがあって、李がどれ程のコンピューター知識を有しているか分からないが簡単にCIAのコンピューターにハッキングできるものではない。仮に、不正なアクセスを試みたとしても自動的に不正アクセスをした端末を追跡するシステムが起動して端末の特定が行われるようになっている。

カワサキは部屋のテーブルに置かれているメモ帳とボールペンを手に取ると、スポッティングスコープの倍率を20倍に上げて李の手元を見ながら、李が叩いたキーを書き取ってみた。暫くメモを取ってから読んでみると相手は不明ながらメールでやり取りをしているようである。

カワサキは、ジャケットの内ポケットから携帯電話を取り出して、CIAの作戦オペレーターに電話を入れ李のパソコンとメールでやり取りしている相手を調査するよう依頼した。

作戦オペレーターからは、李のパソコンについて監視対象外としていたので、特定するのに多少の時間を要するが2日くらい待って貰えれば確実に調べるとのことであった。

カワサキとしては、他に選択肢があるわけではないので、できる限り急いで欲しいとだけ伝えておいた。その後の李は、メールのやり取りが終わると厚手のカーテンを引いて就寝したようであったので、カワサキもチノパンツを脱いでトランクスとTシャツ姿になりベッドへ潜り込むと直ぐに眠りに落ちた。

翌日の朝、眠そうな目を擦りながらタブレット端末の画面を見るとCIAからメールが届いている事を知らせる表示に気がつき、メールを開いてみるとカワサキとの電話が終了してから数分後に日本から複数の海外サーバーを経由してCIAのコンピューターに不正アクセスをしてきた者のがあり、自動追跡システムで特定した相手のコンピューターをハッキングしたところ、暗殺対象の李とメールでやり取りしていた相手である事が判明した。幾つかのメールを読むと、どうやら李は金龍雄と金光一の死にCIAが関与しているのではないかと疑いを抱いているようで、その証拠を入手する為に相手のハッカーにCIAのコンピューターをハッキングして証拠となるようなデータの盗み出すよう指示していたのを発見したと記されていた。

しかし、カワサキが更に驚いたのはメールの最後に『ビックプレゼント』と記された添付ファイルがあり、そのファイルを開くと『カワサキが以前に調査を希望した車両のドライブレコーダー動画も、発見する事ができたので一緒に送るが、見付けた動画はフェイク動画である事が判明している。しかし、元のオリジナル動画は発見できなかった。』と説明が書かれていた。

早速、カワサキが動画を再生すると映し出された画像は車載カメラの記録動画で、しかも画面右下にあるタイムコードは佐藤彩芽が轢き殺された日時になっている。起きて間もない状態だったカワサキが、この日時を目にした途端に眠気が消え去り食い入るように動画を見つめる。

夜の道路を疾走する画面の前方に信号機が見えてくると、車両側は青色になっており横断歩道を車両が通過しようと近付くと突然右側から若い女性が進行方向とは逆の方へ顔をを向けて車両の前に飛び出してくると、車両は目の前に現れた女性を跳ね飛ばしている場面で終わっている。

張り付けられた動画の下には、CIAオペレーターの説明が追加され、この動画は巧妙に加工されたフェイクであり、少なくとも2ヶ所に加工された痕跡が見付かったと記され、その後は箇条書きで、1ヶ所目は車両側の信号機が青色のところ、2ヶ所目は画面右下のタイムコードに加工された痕跡があると記されていた。


CIAでは、外部のコンピューターをハッキングして入手したデータは、一旦セキュリティスキャンをして不正なプログラムが仕込まれてないか、或いはフェイク動画や画像はないのかを確認してからでなければデータにアクセスしないようになっている。これは、不正なプログラムはCIAのコンピューターがウィルス感染する危険性を排除する目的で、フェイク動画や画像のチェックは誤った情報を排除するためであり、今回も同様にセキュリティスキャンを実行していた過程でカワサキに送った動画を発見したのである。


また、このフェイク動画が作成された時期のメール受信ボックスには李からフェイク動画を至急作成して欲しいといったメールも発見されていることも追記されていた。

添付ファイルを見終わったカワサキの顎はグリグリと食い縛ったようになった。神戸の保養施設を偵察していた時に金光一のスポーツカーを目撃した時から漠然とした疑いを抱いていたが、やはり佐藤彩芽を轢き殺したのは金のスポーツカーで、何の落ち度もない佐藤彩芽が横断歩道の歩行者側信号機が青色であったので、安心して道路を横断していた彼女に信号無視で轢き殺しただけではなく、精密なフェイク動画を証拠に本来の罪を過失にすり替えたのが李貞一であることもハッキリとした。

カワサキは既に金光一を射殺して暗殺したが、もう少し前に今回判明した事実を知っていたのであれば、金光一に己が犯した罪の反省をさせた上で暗殺を実行できたかもしれないと思うとやるせない気分になっていた。

暫くの間、後悔と怒りの感情で塞ぎ込みたくなったカワサキであったが、このまま暗殺対象の李貞一を殺しただけでは無残に轢き殺された佐藤彩芽の名誉を回復させてやれない事に気付くと、CIAのコンピューターに不正アクセスしようとした日本人ハッカーの正体と居所の調査をCIAにメールで依頼した。

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