新たな居場所
俺は一人、森の中を街とは反対方向に歩いていた。先に進むにつれ、自然と足取りは重くなる。
「はあ…… やっぱり緊張するな……」
この期に及んで、引き返したいという欲求が強まる。しかし、そういう訳にはいかない。俺もやるべきことをやらないと。
しばらくすると、小さな集落が見えてきた。人々の服装も建て並ぶ家々も、ラーパスに比べると貧相な感じが否めない。俺が半年暮らしていた村だ。
周りの怪訝な視線を浴びながらも、俺は村の奥へと進む。目的の人物はちょうど家から出てくるところだった。
「お、シンじゃねえか! お前昨日は急にいなくなってどこいってたんだ!」
第一村人であるダンテのおっかない声。思わず俺はすくみ上りそうになる。
「す、すみません。 色々あって……」
「なんだ色々って! スライムにでも追いかけ回されてたのか?」
「そんなところです」
お得意のぎこちない笑みで誤魔化す。一日ぶりに蘇る、この惨めな感じ。昨日のことが、まるで夢のように思えてきた。
何をやってるんだ。俺はちゃんと別れを告げるためにここへきたんだろう。
「ったく。 仕事に大した支障は出なかったから良かったものの…… 薬草取りもできないなら、何ができるってんだ」
ダンテはブツブツと文句を言いながら、その場を去ろうとする。
だめだ、ちゃんと言わなきゃ。今言うんだ。
「あの!」
「なんだ?」
「急な話なんですけど…… 俺、今日から勇者として旅に出ようと思って」
「は?」
思ってた展開と違った。
少しは悲しんでくれるとか、あると思ったんだけど……
「はあ……」
出てきたため息はさっきよりも重苦しい。
最初は悪い冗談とでも思われ、腹を抱えるほどに笑われた。それでも俺は自分の意思が固まっている旨を何度も伝えると、やがてダンテの顔は白けていき、しかし、最終的には認めてくれた。
「薪割り再開は明日の昼ごろか?」と皮肉たっぷりの言葉とともに。
「大丈夫か?」
トボトボ歩いている俺に声がかかる。
「うわっ!? ……って、サーシャ? どうしてここに?」
「嫌なやつだな。 あの男がお前の父親なのか?」
俺の質問は無視か……!
だが、自分にはツッコミを入れる気力がないことに気づく。
「いや、違うよ。 居候させてもらってた家の人。 あんまり俺のことは良く思ってなかったみたいだけど」
つい余計な一言が口をついて出てしまったせいで、サーシャに憂うような目で見つめられる。心配をかけたくはなかったのだが。
すると、彼女は突然、背負っていた銃を取り出した。何をするのかと眺めていると、彼女はそれを村の方へと向け始めたではないか。
「今ならあの脳天を撃ち抜ける。 音もないから、誰がやったかもわからないはず」
「ちょ、ちょっと待って! 何物騒な事言ってるの!?」
「あの人間はお前を道具としか思っていない。 そんな奴にお前の心を弄ばせてたまるものか」
サーシャの瞳には、俺のダンテに向ける感情なんかよりも、冷たくて鋭い何かが渦巻いているようだった。
「一旦落ち着いて! 銃は下ろそう! な?」
このままでは本当に撃つのではないかと、俺は銃口に手を置きサーシャを必死になだめる。
「あの村は元々外からの介入を嫌うところで、しかも、俺が使い物にならなかったのは事実だから。 居させてもらっただけでも、十分親切にしてもらった方なんだよ」
「……」
「サーシャの気持ちは嬉しいよ。 それでも、あの人を殺すなんてだめだ。 俺に居場所をくれたひとなんだから」
ようやくサーシャは銃をしまった。
「こっちに」
「ん?」
よくわからないまま、俺はサーシャ前まで寄る。
「な、なに?」
無言のまま、なぜかサーシャは俺から目を背ける。すると、ふいに彼女はかかとを上げ、右腕を遠慮気味に俺の方へと伸ばした。俺の頭を前から後ろへ、微弱電流でも通るような、心地よいこそばゆさが巡っていく。
頭を撫でられている……
「さ、サーシャさん? これは?」
「小さい子たちが落ち込んでる時によくやっていた」
俺は小さい子じゃないぞ……
「嫌か……?」
心の声が聞こえでもしたのか、サーシャは手を引っ込めようとする。
「いや、全然!」
「本当か? 嫌なら正直に言って欲しい。 今まで周りに歳の近い奴なんて、ウルフくらいしかいなかったから、どう接するのが正解なのかよくわからなくて……」
「ううん! 嫌じゃない! 続けてください、お願いします!」
「そうか、良かった」
サーシャは安心したように、また頭を撫で始めた。悪いことはしてないはずなのに、この背徳感はなんなのだろう。
しばしの間、俺は至福の時間を堪能する。
「恩人様!」
突然大声でそう呼ばれ、俺はどきりとする。その声は俺を非難するように尖っていた。
「ガーネット? シンたち見つかったの?」
「見ちゃダメです、ミカ!」
走って来たミカの目に、ガーネットが慌てて手を被せる。
「ええ? なに? どうしたの?」
突然のことに、ミカはどうしていいかわからず、あたふたしている。
それは隣にいるサーシャも同じだ。決まりが悪そうに、手を前で合わせ、その耳は萎れるように垂れ下がっていた。
「心配になって探しに来てみれば…… お二人はこんなところで何をしているんですか?」
「ちょっと待って、何その反応!? 別に俺たち悪いこと何もしてないよ!」
「何? シンが悪いことしてるの?」
目隠しされたまま、ミカがガーネットに尋ねる。
「現行犯ではありませんが、このまま行けばいずれは……」
「ガーネット!」
俺は続きを遮った。
ガーネットはミカから手をどけると、ゆっくりと近寄ってきた。それから俺の目を見定めるように覗き込む。
「怪しいです……」
「怪しくないって!」
俺はすぐに否定する。
「恩人様に聞いてもだめですね。 それでは、サーシャさんに尋ねます」
「な、なんだ……?」
「二人はここで何をするつもりだったんですか?」
まるで容疑者に詰問する警官の図だ。
「何って…… ちょっと慰めようとしただけだ……」
「慰める……? まさか、やっぱり!」
「こら!」
とんだ言葉の綾だ。
「故郷に戻られていたんですか。 すみません、早とちりしてしまって……」
「別にいいよ。 だけど、さっきみたいな発言はもう禁止で」
「はい……」
「シン、挨拶はもう済ませたの? 意外と早かったけど」
ミカに痛いところを突かれる。
「あー、うん。 一応ね」
「そうなの……?」
気遣わしげな表情をするミカ。どうやら俺は隠すのが苦手なようだ。あまり気は乗らないが、素直に言った方がいいのだろうか。
俺が迷っていると、ふいに、サーシャに袖を引っ張られる。
「え、ちょっと……?」
「さっさと街に戻ろう」
サーシャはそう言うと、早足で歩き始めた。
突然のことに、残された二人は困惑していた。
「もう村のことは忘れろ。 こ、今度からは、私が一緒だから……」
最後の方は消え入りそうな声でよく聞こえなかった。
「あー! やっぱり怪しいですよ! お二人! 恩人様、しっかりと説明してください!」
「怪しいってどういうこと? 私にも教えてよ!」
遅れてガーネット、ミカが横に並び、色々と聞いてくる。
自然と笑みがこぼれてくる。いつのまにか、村への未練は消えていた。
「こちらは少ないですが、私どもからのお礼です」
「こ、これは!?」
ルノワールが卓の上で高価そうな風呂敷を広げると、現れたのは人の顔が彫られた金色の硬貨だ。
「大金貨五枚。 だいたい五十万ゴールドと同じ価値があります」
「わあ…… 私、大金貨初めて見た……」
物珍しそうに金貨を眺めるミカ。
「こんなにもらってしまって、いいんですか?」
対するガーネットは大金に気が引けているようだ。俺もどちらかと言うと、ガーネットの心情に近い。
「本当はこれでは足りないくらい、皆さまには助けられました。 しかし、ラガルディア王国では、不正防止のため、街ごとに報酬の上限額が定められておりまして……」
「ですので、こちらは私からの感謝の気持ちです」と、もう五枚の大金貨を出されたが、さすがにそっちは全力で断った。
「それはそうと、皆さまはこれからどうするおつもりなのですか?」
「まだ何も……」
俺が答える。
「でしたら、王都に行かれてみてはどうですか? 依頼の数も報酬も、こことは比べものになりませんよ。 馬車はこちらで手配しますので」
ルノワールの提案に俺は胸の高鳴りを感じた。
駆け足気味でしたが、第1章終了です




