新たな仲間
「恩人様ぁ〜、ミカぁ〜」
大通りを歩いていると、泣きながら走り寄ってくるガーネットに遭遇した。
病院にガーネットの様子を見に行くつもりだったが、なぜ外に出ているのだろう。
「ガーネット!? もう外出許可は出たの?」
ミカが俺の気持ちを代弁してくれる。
「昼まで安静と言われてたんですけど、いても立ってもいられなくなって、無理言って出させてもらいました」
「できれば安静にしてて欲しかったけど……」
「そういう訳にはいきません! 私は皆さんをお守りする立場にありながら…… あんな醜態をさらしてしまって…… 」
ガーネットは息を切らしながら、「すみません」と何度も頭を下げる。
「い、いいよ。 結果的にみんな生きてるんだし。 ね?ミカ」
「そうだよ。 ガーネットが時間を稼いでくれたから、黒騎士を倒せたんだよ。 ガーネットがいなかったら、私たちみんな死んじゃってたよ」
腰を曲げた状態で、顔だけ上げるガーネット。その顔は呆気に取られているようだった。
「ミカ…… なんだか少し大人っぽくなりました?」
「わ、私はもう子供なんかじゃないよ!」
わざわざ本人に言ったりはしないが、両腕を胸の前で立て、ぴょんぴょん跳ねるミカのその姿は子供っぽい。
「ああ、すみません! そういう意味じゃなくて…… 清々しい顔をしているというか、何か吹っ切れた顔をしているというか」
「えっと…… その、色々あったんだ」
ミカは照れくさそうに頰をかく。
「色々……?大人っぽくなったミカ…… まさか恩人様! 私がいない間に二人でーー」
「やめなさい」
俺はガーネットの問題発言をギリギリのところで阻止した。
「はい、すみません……」
ガーネットはすっかりしょぼくれてしまう。
「そういえば、ウルフさんとサーシャさんには会えましたか?」
「うん、さっきね」
「そうでしたか。恩人様たちの場所を聞くなり、窓から飛び出していったので、びっくりしましたが、それならよかったです」
予想の斜め上を行く出方に、俺は苦笑した。
「それで、病み上がりのところ悪いんだけど、これからちょっと寄るところがあるんだ」
「構いませんよ。 どこに向かうんですか?」
俺たちはそのまま街を出ると、初日にミカと通った道を戻っていく。つい昨日のことなのに、もうだいぶ前のことのように感じられた。
やがて見えてくる、森の中にポツンと佇むあの大きな屋敷。
「すごい建物ですね。 ここがミカのお家なんですか?」
「うん、そうだよ」
ミカは少し緊張しているようだった。
先頭を行くミカは一度深呼吸をしてから、ゆっくりと玄関扉をノックする。
すぐに扉は開き、子供たちの賑やかな声とともに、シェリーが顔を出した。
「あら、ミカ?」
予期していなかったらしく、シェリーは口をぽかんと開ける。
「ただいま」
俺たちはシェリーに挨拶を済ませると、一階の談話室へと案内された。その途中、ベスティアの子供たちはいたるところで駆け回っていた。
「ウルフさんたちとお知り合いだったんですね」
「うん」
「可愛らしいお友達もできて」
「いえ、そんな……」
満更でもない顔をするガーネット。
「それで、今日はどうしたんですか? まさか、もう根を上げてしまったとか?」
机を挟んで向こう側に座るシェリーは冗談っぽく言った。
しかし、当のミカは真面目な表情を崩さない。
「ううん、違うの」
ミカは首を振る。
「私、今日はお別れの挨拶をしにきたの」
「え?」
完全に虚を突かれたらしく、シェリーは氷漬けにでもされたように、その場で固まる。
「勇者になったら、多分ここに戻る機会もなくなると思って」
「ちょ、ちょっと待ってください。 急に何を言い出すんですか。 まだ一日しか経っていないのに。それに、一週間だけという約束でしたよね?」
「もう決めたの。私、みんなで旅を続けるって」
ミカの意思は固い。
「またそんなことを…… 簡単な依頼ならともかく、シンさんの適正に見合うようなものでは、あなたの魔法は足手まといになってしまうって一日じゃわかりませんでした?」
「確かに私の魔法はみんなに比べれば、まだまだ未熟だけど。 でも、私これから努力して、みんなを助けられるような魔法師になるから」
「本当になれると思っているんですか? 努力でどうにかなると? 私にはそうは思えません」
なぜシェリーは頑なに否定を繰り返すのか。俺を救ってくれた命の恩人であるが、さすがに少し苛立ちを覚える。
俺は昨日のミカの活躍振りを教えてやろうと、口を開きかける。しかし、隣にいるガーネットが俺の肩を叩くと、小さく首を横に振った。
どうして?
そう思っていると、突然、椅子のガタリという音とともに、ミカが勢いよく立ち上がった。
「絶対になる!何が何でもなってみせる! 私は大事な人たちを失うなんて嫌だから……! そのためなら、どんな努力でもする! もう、眺めてるだけなんて嫌なの!」
「ミカ、あなた……」
「たった一日だけど、そこで私は色んなことを学んだの! 私は絶対に諦らめない! だから!」
こんなにも激情に駆られたミカを初めて見た。
それはシェリーも同じだったのだろう。目を見開き、ミカのことを黙って見つめていた。だが、その驚きの中には、一種の感心も混じっているとわかる。
「昨夜、俺はミカに命を救われたんです」
我慢できず、俺も口を開いた。
「え? ミカに?」
信じられないという顔。
「はい。 ミカの回復魔法がなければ、俺は、俺たちは全員死んでいたかもしれません。 ミカの魔法は足手まといなんかじゃないです」
「そんなことが、本当に……? いえ、ですが……」
「ミカは私たちが命に代えて守るとお約束します。 だから、心配する必要はありませんよ」
俺に続き、ガーネットが優しく語りかけた。
「……」
シェリーは再び口をつぐむ。
そして、そのまま俺たち三人を順に見ていくと、一つため息をついた。
「皆さま、ミカを…… どうかよろしくお願いします」
そして、最後にそう呟いた。
「シェリーお姉様!」
「よかったですね、ミカ」
ガーネットが微笑を浮かべて言う。
「うん! みんな、これからもよろしくね!」
そこへ、後ろの扉が開いた。
「ふ、いい話じゃねえか」
「う、ウルフ? いつの間に盗み聞きを……」
思わず俺は聞く。
「そんな人聞きの悪いことはしてねえよ。 俺は耳がいいからな、嫌でも聞こえてきちまうんだ」
ウルフはピンと立った自分の耳を自慢げにつつく。
「それにしても、嬢ちゃん。 本当にここに残らないのか?」
「うん」
「残念だな。 せっかく俺たちと一つな屋根の下で過ごせたってのに」
「え?」
またも問題発言が出てきたのかと俺はヒヤヒヤした。
「ここに住むことになったんだ!」
ミカはすんなりと納得する。
「ああ。 聞けば、ここは元々孤児を保護するために建てたんだってな。 それに、あの人は種族関係なく接してくれてよ」
数人の子供にちょっかいを出されながらも、さして気にも留めずウルフは答える。
「あの黒い騎士、狙いは俺たちを盗賊に仕立て上げて、ベスティア族とラガルディア王国とこ間に軋轢を作ろうとすることだったんじゃないかと思ってるんだ」
現在ナハス王国という国と戦争中にあるベスティア族。そこに新たな火種をまこうとした、というのがウルフの見解らしい。
だが、俺はもっと他の狙いがあったと思っている。なんせ、奴は好感度の事を知っているようだったのだから。
「それで、今後そういうことがあって、こいつらを危険な目に合わせる訳にはいかねえからな。 お言葉に甘えて、ここに住まわせてもらうことになった」
「そっか」
「それで…… 悪いんだが、一つ頼みを聞いてくれないか?」
「なに?」
俺が聞くと、ウルフは「サーシャ!」と大声で名前を呼ぶ。まもなく本人が登場した。
「うるさいな。 もっと静かに呼べ」
「せっかくお膳立てしてやってるってのに……」
ウルフから小さく愚痴がこぼれる。
「頼みってのはこいつだ。 サーシャを一緒に連れて行ってやってくれないか? 」
意外な申し出だった。
「え……? いいけど、どうして急に?」
「サーシャのやつ、夜のことでお前たちをすっかり気に入っちまってな。 一緒に旅をしたいんだと」
「でも、ここの子たちは大丈夫なんですか?」
ガーネットが聞く。
「それは問題ない。 俺がここに残るからな。 まあ、サーシャもそろそろ結婚相手を考えーー いてっ!」
脛を抑え、苦痛に顔をゆがめるウルフ。例のごとく、サーシャの銃による物理的な攻撃を受けていた。
あれは痛い……
「そういうわけで、妹をよろしく頼むわ」
「わかった…… ん?」
何か引っかかる。
妹…… サーシャが?
「は!? 妹!?」
「うそ!?」
「お二人はご兄妹だったんですか!?」
俺とミカ、そしてサーシャは衝撃の事実にそれぞれ驚愕する。
「俺たちは人間とベスティアのハーフなんだが、俺は親父に似て、サーシャはお袋に似たんだよ」
驚き過ぎだ、とウルフは豪快に笑う。
それにしても、ここまで違いがでるのか。というか、サーシャの耳は狼の耳だったらしい。
「扱いづらい妹だが、根は優しいやつなんだ。 仲良くしてやってくれ」
「おい、いい加減にしろ」
抗議するように目を細めるサーシャ。
「まあ、その…… 色々あったけど、改めてよろしく」
俺に続いて、ミカ、ガーネットが挨拶する。
「ああ、うん。 よろしく……」
急に弱々しくなるサーシャの声。
今回は隣で笑うウルフに、彼女の一撃が下ることはなかった。
「ミカ。 くれぐれも迷惑をかけないようにしてくださいね。あと、途中で投げ出したりしたらいけませんよ」
「わかってるよ!」
玄関の前で、赤面しながらミカが言う。
シェリーはそれだけ心配しているのだと、遅ればせながら気づいた。だから、さっきは執拗にミカを引き止めようとしていたのだろう。
「それじゃあ…… 行ってらっしゃい」
「うん、行ってくるね! シェリーお姉様!」
去っていく俺たちが見えなくなるまで、シェリーは名残惜しそうに手を振っていた。
一つのけじめをつけたミカ。そんな彼女を見て俺も一つ、心のわだかまりに、かたをつける決意した。
「ごめんみんな。 先に街に戻ってて」
「先にって、恩人様、どこに行くんですか?」
「ちょっと野暮用。 すぐ追いつくから」




