王都到着
ゴシック風の馬車に乗り込んで数時間。
意外と速度がでているにも関わらず、車内に気に触るような揺れはない。さらに、中は四人が座っても余裕がある、ゆったりとしたスペースが確保され、腰を包み込むようなクッション入りの座席も相まって、快適の一言に尽きた。
「見えてきたよ!」
ミカが指差す方を向くと、遠くに巨大な壁が、右から左へ延々とそびえ立っているのが見えた。
「すげぇ……」
あまりの規模の大きさに、俺はただ圧倒されていた。
さらに近づいていくと入り口が現れ、そこからは多くの馬車が列をなして、ひっきりなしに出入りしている。
俺たちの乗る馬車がその列に並ぶと、門番と思しき男が御者と何やらやり取りを始めた。
「あれは、何をしてるの?」
「身分と用件の確認だと思う。 王都に危険な輩を入れないように」
サーシャはもっともらしい私見を述べる。
さしずめ入国審査のようなものか。
少しして、話を終えた門番は、今度はこっちに向かってくる。すると、俺の前方に座るサーシャは、フードを深くかぶり、隠れるように身体を隣のミカ寄せた。
「どうしたの?」
ミカは不思議そうに尋ねるが、彼女は答えず、寝ているようにじっとしている。
門番は中を軽く覗き見ると、一瞬眉をひそめたが、すぐに次の馬車へと移って行った。
「急にすまない。 ベスティアが乗ってると分かったら、面倒ごとになる気がして」
フードのせいで、サーシャの表情はうかがい知れない。
「サーシャ……」
「どちらにも与してない中立派のラガルディア王国でも、そこまでひどい状況なんでしょうか?」
「正直、詳しい内情はわからない。 だけど、私たちは元々、人間たちに低く見られていた節もあるから。 それが今ではどうなっているか……」
言い終えてから、サーシャはハッとしたように顔を上げる。
「あ、お前たちは別だ。 ベスティアとわかっていても私たちを助けてくれたし……」
うまく言葉がまとまっていないようだ。
そんな中、ガーネットは閃いたかのように手を叩いた。
「そうだ、王都に着いたら、まずはサーシャさんのお洋服を新調しましょうよ!」
御者にお礼を言ってから、俺たちは真っ先に仕立て屋に向かった。大規模な商店街のなかにあったその建物の中には、珍しい衣類がびっしりと並んでおり、たくさんの客でひしめいていた。
俺たちは手分けして目的の品を探し歩く。
「あ、あったよ! こっちこっち!」
商品棚の向こうからミカが大きく手を振る。
俺たちが客の合間を縫ってそこにたどり着くと、色とりどりの可愛らしいそれらはあった。
「意外とあるんですね」
「そうだね。 あ、これとか可愛いよ」
ミカが広げたのは、ピンクの生地に白い蝶が刺繍されたフードだ。
「待ってくれ。 私は別にこのままで大丈夫だ」
サーシャが一歩後ずさる。
「ダメですよ。 女の子なんだから、おしゃれに妥協しちゃ」
「ガーネットの言う通りだよ。 あ、これも可愛い」
もはやガーネットとミカは、サーシャの意思などそっちのけで、フードを次々に物色していく。
だが、たしかにサーシャの深緑のフードは、ところどころ、ほつれや千切ったような跡があり、不審者のようにも見える。俺も新しいフードを買うのには賛成だ。
「やっぱり私、こういうのは似合わないよ」
ミカに上からフードを合わせられ、サーシャは自信なさそうに呟く。
「そんなことないよ。 すごく似合ってる。 ね、シン?」
「う、うん。 いいと思うよ」
俺は答える。
「で、でも……」
サーシャはなかなか折れてくれない。
「しょうがないですね。 じゃあ、恩人様、サーシャさんに一着、選んであげてください」
「え? 俺?」
俺は唖然とする。完全に不意打ちだった。
「恩人様はこのパーティーのリーダーです。 恩人様からの贈り物は絶対。否定するわけにもいかないでしょう」
「俺は独裁者か……」
結局、小一時間真剣に悩んでしまった。大した美的センスもない俺には、どれがサーシャに一番似合うのか分からず苦労した。
「それじゃあ、次は武器屋に向かいましょう。 私の魔法、盾になるものがないと使えないので」
「そうだね……」
なんだか、ものすごく疲れた。
だが、不服そうにしながらも、品物の入った紙袋を大事そうに抱えてくれるサーシャを見ると、しっかり選んだ甲斐があったと思う。試着室なる場所はなかったので、着替えるのは宿に泊まってからになりそうだ。
ちょっと楽しみ。
「イブリース様万歳!」
突然、商店街の 喧騒に紛れてそんな叫び声が聞こえた。
イブリース…… まさか……
俺は、立ち並ぶ人々の頭の間から顔を出した。見えたのは、道の真ん中で誰かが倒れている光景。
そのすぐ近くで、一人の男がそれを見下ろしていた。その手には赤く塗られた刃物が握られている。
「人が……!」
ガーネットの声は、ヒステリックな女性の悲鳴によってかき消された。あまりに生々しいそれに、俺は心臓が鷲掴みにされるような緊張を覚える。
それは賑わっていた街に一気に伝播し、人々は訳もわからずパニックになりながら四散していく。
人の流れは俺たちの方へも及んだ。
「うわっ!」
勢いよく誰かが肩にぶつかる。だが、ぶつけた相手はそんなことなど意に介さず、我先にと血眼になって逃げていく。
しかし、彼らの逃げる先でまたもや絶叫が生まれる。
「新世界創造の贄となれ!」
狂人は一人ではなかったのだ。
一本道である商店街を前後から挟撃されている。後ろから押されて、人々は自ら刃物の餌食になっていった。
それだけではない。男たちの隙間を辛うじて抜けた人たちが、一人、また一人と次々に倒れていく。その背には黒い矢のようなものが刺さっていた。
「上にもいるぞ!」
サーシャの視線の先、三階建ての店の屋根に男が数人いる。
「みんなを助けなきゃ! シン!」
「ああ! サーシャ、上は頼む!」
「わかった!」
俺は店に立て掛けられた角材に目をつけた。
「誰か……!助けて……!」
横目に、血の跡をつくりながら女性が必死に這っているのが見える。その後を、ゆったりとした歩調で男が近づいていた。
「死ね!」
刃物が振り上げれる。
俺は角材を手に取ると、跳躍するように男の方へ向かった。
「こっちだ!」
「なんだ貴様!」
鋭い切っ先が俺の喉に向く。だが、スピードは遅く、避けるのは造作もない。
俺が言うのもなんだが、動きは素人そのものだ。
「はあぁ!」
俺は男の横に回り、頭に一撃を入れた。
「ぐあっ!」
男はそのまま地面へと倒れる。
「あいつだ! 先にあいつを殺せ!」
仲間の異変に気づいた二人が、左右から同時に迫ってきた。
俺は先に右側の男を足払いで転ばせる。そこから半回転した勢いのまま、バッティングするように角材を振り、左側側も沈める。
さらに、奥から三人。
「右の屋根です、恩人様!」
ガーネットの声がして、俺は屋根を見る。
飛んでくる黒い矢。
「お任せください!」
ガーネットが俺の前に立つ。
「ライトシールド!」
彼女は、どこからか持ってきた木の板を前にかざす。
黒い矢は見えない何かに当たり、霧散した。
そんな物でも魔法は使えるのか……
「助かったよ、ガーネット!」
「お安い御用です」とガーネットは余裕そうにピースサインを送る。
屋根にいる狂人たちは一瞬怯むが、また、手をかざした。現れる黒い魔法陣。
「何度やっても同じですよ!」
だが、相手の魔法は発動するのとはなかった。代わりに彼らの手から飛び出たのは、赤い鮮血。苦悶の表情を浮かべ、彼らはうずくまる。
「遅くなった。 悪い」
慣れた手つきで銃のボルトを引くサーシャ。下には数発の薬莢が転がっている。
「ナイスタイミングですよ!」
「死ねええええ!」
突進してくる残党。だが、動きはバラバラで、連携も取れていない。半ば自棄を起こしているようだ。
ほんの数秒だった。
一人目はサーシャに足元を撃ち抜かれ、派手に地面を転がる。続く一人をガーネットが木の板で吹き飛ばし、最後の一人は俺がみぞおちに一突き。
「これで全員でしょうか?」
「そのようだ。 目に見える範囲に敵は見えない」
サーシャがすぐに答える。
「刺された人たちは?」
俺が振り向くと、既にミカが治療を始めていた。
「傷は深いけど、このくらいなら私でも治せるよ」
頼もしい言葉だ。
「ありがとうございます、勇者様」と掠れた声で治療される女性が言った。
『基礎好感度上昇 ステータスアップ』
機械的な音声が告げる。ちなみに画面は勝手に表示されない設定をしてある。
今確認するのはどうかと思ったが、俺は知りたいことがあったため画面を呼び出した。
「フローラ…… あの女の人で間違いないな」
フローラの個別好感度。それは62を示していた。女性の個別好感度を見るのはこれが初めてだ。ミカたちのは、怖くて見る勇気がない。
俺は画面をタップする。
総合好感度は453。出発前より2上がっている。
「やっぱり…… 」
その間十秒くらい。
一人納得して、俺はすぐさま画面を閉じた。
「急に立ち止まって、何かあったのか?」
「ううん、なんでもないよ」
サーシャの質問を曖昧にかわす。
一つ収穫があった。総合好感度に加算されるのは個別好感度が60を超えた場合だ。これが基礎好感度の上昇。
わかないのは、特殊好感度のこと。例えばミカからの『相思相愛』。あれは基礎とは別枠で好感度を上げるものと考えているが、上昇量と発生条件は不明。
わかったことが増えただけましか……
「なんの騒ぎだ!」
物々しい声とともに現れたのは、十人ほどの全身に鈍い銀色の鎧をまとった男たちだ。
「なんだこれは…… 貴様ら、手を上げろ!」
一人の男が槍の先をこちらに向ける。俺たちは互いに目を合わせた。
「衛兵か…… 誤解はすぐ解ける。 今は言う通りにしよう」
サーシャの言葉に従うことにした。
「ここで何があった!」
「そいつらが、いきなり人を刺して暴れ出したんだ」
俺は正直に話した。
「なに……?」
と、刺された人の元に行っていた他の衛兵が、目の前の衛兵に何か耳打ちする。
「そうか…… だが身元の確認はさせてもらう。 そこの、フードを外せ」
衛兵が顎をしゃくる先にはサーシャが。
「え……」
彼女は動けずにいた。
「どうした早くしろ」
衛兵が近づく。
サーシャがベスティア族だとバレるのはあまり良くない。
どうする? 飛びかかるわけにもいかないし……
「もういい、俺がやる」
いらだたしげに言うと、衛兵がフードに手を伸ばした。
「やめーー」
「待ちなさい」
穏やかな、しかし、よく通る声が、俺たちの後方から上がった。
「おい、一般人は危ないから下がってーー」
声を荒らげ、注意しようと顔を向けた衛兵だったが、様子がおかしい。身体をビクつくかせたかと思うと、一歩後ずさった。
「ぐ、グラディウス団長!? なぜこちらに…… 申し訳ありません、団長殿とは知らず…… どうか非礼な言動をお許しください!」
衛兵は九十度に腰を曲げ、必死に許しをこうている。
団長とは、アウレウス騎士団のことだろうか。好奇心に負け、俺は顔だけそちらに向けた。
そこにいたのは白いローブをまとった白髪の男だった。
戦闘中、サーシャは屋根にいる敵への攻撃が遅れていましたが、それは、彼女が紙袋を安全な場所に隠すのに時間がかかったからです。




