フードの中身は
「いってぇ…… 腰が……」
ジンジンと痛む腰をさすりながら、俺は立ち上がった。
幸い、何層もある木の枝がクッションとなったらしく、多少のすり傷は負ったものの、大怪我には至っていない。
「みんな、無事か……?」
「だ、大丈夫です……」
力の抜けた声の方を向くと、暗がりの中でガーネットが座り込んでいるのが目に入った。
「あー、あんまり大丈夫そうじゃないけど。 とりあえず、よかった」
無事だとわかってはいたが、それを確認できるとやはり安心する。
「あのフードの人は……」
「ここだ」
木の陰の方で声がした。だが、姿は見えない。
「そっちは大丈夫なのか?」
「どうして助けた」
「だから、そもそも俺は君を襲った悪魔じゃないんだ。 臭いがどうとか言ってたけど、俺は人殺しなんてしてない」
「私に信じろと?」
「俺が敵なら、あの場で助けたりしないよ。 それに、今は本物の悪魔を倒すために協力しないと」
「……そうだな、わかった」
渋々了承し、女性は姿を見せた。今まで身体を包んでいた布が取れ、その素顔があらわになっている。
歳はおそらく俺とそう変わらない。黒いロングヘアーにつり目をした、幼さが残るがクールな印象を与える顔立ち。だが、ある一点が、そんな感想をくつがえした。
「猫耳…… だと……?」
頭に二つ生える三角のモフモフ。あれは完全に猫のつけ耳だ。
なぜ、あんな可愛らしいものを……
「ベスティア族……?」
ガーネットが聞きなれない単語を口にする。
「人間とのハーフだ」
「そう、でしたか……」
なぜかガーネットの表情は重い。
「あの、ベスティア族って……?」
少しの 疎外感と知識欲に負けた俺は、先生にするように質問する。
「え? ……ええと、獣のような姿形をした種族の総称です。 現在、ナハスという国とのいざこざがあって、戦争のような状態にあると聞いています」
「お前、そんなことも知らないのか?」
猫耳の女性は目を細める。
「ごめん、俺田舎出身で、あんまり世界情勢とかは…… でも、いざこざって、一体何が」
「元々私たちはその特異な姿から、色々と理不尽な扱いを受けてきた。 ある日、有力な貴族の元で、半ば奴隷となったベスティア族がそいつを殺した。 それが始まりだ」
「それで戦争に……」
異世界に転生して半年。人型以外の種族がいるなんて初めて知ったし、その間で戦争が起きていたなんて。
魔王がこの世界の唯一の敵だと思っていたが、どうやらそんな簡単な構造ではないらしい。
「はあ、こんな話してる暇はないだろ。 さっさと行くぞ」
女性は銃の残弾数を確認すると、さっさと歩き出してしまう。
「行くって、どこへ?」
「私たちが身を隠している洞窟だ。 お前の仲間もそこにいる」
「……信用してくれるんだな?」
女性はその場で止まった。
「お前も言っただろ。 これはあくまで一時的な共闘だ。 途中でお前らが敵だとわかったらーー」
「よろしく。 俺はシン」
「あ、私はガーネットです」
俺とガーネットは順に名前を述べていく。
「サーシャ……」
それだけ言い、サーシャはまた歩き始めた。
月明かりがあまり届かない、薄暗い森の中を俺たちは急ぎ足で進む。途中、俺は木の根元に何度も引っかかりそうになるが、先行くサーシャはそんな様子を一度も見せなかった。この森に慣れているのだろうか。
「止まれ」
急にサーシャが立ち止まったもので、よそ見してた俺は危うくぶつかりそうになる。
「なんだ?」
「どうしたんですか? まさか、あの騎士が……」
「いや違う…… この息遣いと足音。おそらく オークだ」
俺も耳を澄ませてみたが、風で葉のこすれる音が聞こえるだけ。
あの耳は伊達じゃないということか。
「オーク? 昼に私たちを襲ってきた?」
「ああ。 私が脅かしたせいで、まだ興奮してるようだ」
昼のオークはやっぱりサーシャの仕業だったのか。
「どうする?」
「かなりの量が散らばっているようだ。この入り組んだ場所では、できれば戦闘は避けたい」
俺たちは顔を合わせ、一様に頷いた。
オークに見つからないよう、俺たちは身を屈める。
先に進む内に、確かにあの低い豚のような唸りが、微かにだが聞こえてきた。視界の効きづらい夜の樹海ということもあり、異様な心細さと緊張に苛まれる。
「洞窟はまだなのか?」
堪えかねて俺は聞く。
しきりに動いていたサーシャの猫耳がこちらを向いた。
「もう少し先だ。 それと、ここから声は出すな。 奴らは聴覚が優れている」
おしゃべり厳禁と釘を刺されてしまう。
仕方なく歩き始めようとした俺は、サーシャの進行方向に落ちるある物を発見する。
「そこ、枝が……!」
だが、サーシャは既に気づいていたようで、難なくそれを避ける。
心臓止まるかと思った……
カツン
乾いた音が響く。
「あ」
呆然とするガーネット、真横の木の幹、大盾
それで全てを察した。
彼女の口が「すみません」と動き、頭を何度も下げる。
途端に四方からのオークの声が荒くなり、茂み揺をらしこちらに近づいてくるのがわかる。
どうする? 逃げるべきか?
迷っている俺に、サーシャは顔の前で指を立て静かにするよう促す。
やり過ごせるのだろうか。
「……だめだ、気づかれた! 走るぞ!」
やっぱりだめなのか!
「わかった!」
サーシャに続き、俺とガーネットが疾走する。
そのすぐ後ろからオークが数体現れた。かなり大柄で、たぶん二メートルはある。オークは俺たちを見つけるや否や、あの気味の悪い声を上げた。
「イビルフレーー」
「待ってください恩人様!」
「え?」
「あの魔法を使えば、騎士に場所を知らせているようなものです!」
そうだった。
危うく、大失敗を犯すところだった。
「前からも来るぞ!」
サーシャの言葉に応えるように、前の薮から複数のオーク。
「邪魔だ!」
サーシャが引き金を引くと、音もなく二体のオークが倒れた。さらに、彼女に向かってきた一体を、その頭上に飛び、頭を正確に射抜いた。
しかし、着地した彼女は、腕を抑えその場で止まってしまう。
「はぁはぁ…… くそ!」
そんなサーシャの横から、石の斧を持った新手のオークが姿を見せた。
「グゥアァ!」
「サーシャ! 危ない!」
警告するが、間に合わない。
「ゔっ!」
重い鈍器は、華奢なサーシャの身体をいとも簡単に突き飛ばした。
「サーシャさん! くっ、敵が多すぎて近づけない!」
いつのまにか囲まれていたらしく、ガーネットは盾でオークをなぎ倒していくが、すぐに後続が出てくる。
その間にも、一体のオークはサーシャにとどめを刺さんと、斧を振り上げていた。
まずい!
俺はどうにか他のオークの合間を抜けて走る。
そして、間一髪、彼女の目の前に迫る斧に木の剣を合わせた。
「グゥゥゥッ!」
衝撃が、剣から腕へ、そして身体全体へと電気のように伝わってくる。
「うっ! 重い…… けど!」
体重の乗った斧を、俺は強く押し戻す。オークは大きく後ろによろめいた。
「どうにかなった…… これは、物理攻撃が高いからか? って、今は考察してる場合じゃない」
俺はすかさずオークの脳天に一撃お見舞いする。オークの身体は力なく倒れていった。
無力化したことを確認し、俺はサーシャの元へ急ぐ。
「サーシャ、大丈夫か!」
「なんとか…… な」
酷い状態だった。
服からはかなりの量の血がにじんでいるのがわかる。息も目に見えて浅い。
「治療しないと…… 早く、洞窟に急ごう!」
そう言い、サーシャをおぶろうとする俺の背に微かな抵抗を感じた。
「私は、いい。このまま北へ進め。 うっ…… 洞窟が見えてくるはずだ」
「何言ってるんだ!」
「私がいたら到着が遅れる。 悪魔は洞窟の場所を知っている。 私の代わりに仲間を、家族を逃がしてくれ。 あの悪魔が来る前に……」
だめだ。助けられる命を置いていくなんて。
「見捨てられるわけないだろ!」
真横で重いもの同士がぶつかり合う音がした。見ると、ガーネットがオークの一振りを受け止めていた。
「恩人様、あそこから逃げられそうです!」
ガーネットが指差す。
「わかった! サーシャ、少し揺れるけど我慢して!」
「……悪い」と観念したように言うと、サーシャは俺に身体をあずけた。




