再会
背後からのオークの声は徐々に小さくなり、やがて消えていった。
「はあはあ……」
「撒けたのか……?」
「おそらく……」
ようやく俺たちは立ち止まる。危機は去ったようだ。
と、心の余裕が生まれたことで、背中に乗せたサーシャの声が聞こえないことに気づいた。
「サーシャ……? サーシャ!?」
呼びかけても無反応だ。
ガーネットはサーシャの手首に手を置いた。
「気を失っているみたいです」
「そ、そうなのか……」
「すみません。 また私が失敗を……」
「そんな大きい盾ならしょうがないよ。 それよりも、今は洞窟を見つけないと」
上手い言葉が見当たらず、歯がゆい。
「何者だ!」
ふいに、怒鳴り声が聞こえてきた。
声の先には、二足歩行をする狼のような顔をした生き物がいた。長い灰色の体毛で体が覆われているが、上下の服を着ている。
「あれって…… ベスティア族の人?」
「そうみたいです…… よかった、サーシャさんの仲間の方かもしれません」
光明が差した気がした。
サーシャの仲間なら、洞窟は近いはずだ。
「サーシャ? 貴様、サーシャに何を!」
しかし、男は俺の背に乗ったサーシャを見つけるなり、腰から剣を抜いた。本物の鉄剣だ。男の瞳は鋭く光り、獣の威嚇するような声が漏れ出ている。
「待って! 誤解だ! オークに襲われたんだ!」
「なんだと?」
「早く治療しないと、サーシャが危ないんだ。 信じてくれ!」
しばらく男は剣を構えていたが、目に映るサーシャを心配してか、渋々剣を戻した。
「……付いて来い」
俺たちはひとまず男の後に続いた。
少しすると、開けた岩場にたどり着いた。奥にある切り立った崖には、人一人が通れそうな穴が空いている。
どうやら、あれが洞窟らしい。
中は意外と広々としていた。少し肌寒いが、所々にかがり篝火が立てられ、外よりも視界が効く。そして、同じく獣のような容姿の人がたくさんいた。その全てが子どものように見える。
「こっちだ、急げ」
「サーシャ……!? 」 「大丈夫なの? そこの人間は?」
周りの反応は二つ。ボロボロのサーシャに対する驚きと、俺たちへ向ける奇異の目。あまり歓迎されてる気はしない。
「そこへ寝かせろ」
男に言われ、俺は布がしかれた石の台へサーシャを下ろした。
「ひどいな…… おい! 薬草と水を持ってきてくれ!」
すぐに背の低い狐の姿をした二人が駆けつけ、男に言われたものを渡していく。服装からして、どちらも女性だ。
二人はしばらく俺たちを不審そうに見ていたが、やがて、そそくさとサーシャの横に移動した。
「怪我の具合は?」
俺が聞く。
「かなりひどい。 それよりも、なぜサーシャがこんな怪我を。 こいつはオークにやられるほどヤワじゃないはずだが」
処置を進めながら、男は疑わしげに聞いてくる。
「それはさっきーー」
「ん? これは」
急に男の手が止まる。
「おい、嘘をついたな?」
「嘘って?」
「この傷、呪いを受けている」
のぞいてみると、サーシャの腕には黒いあざのようなものがあった。暗い外では全く気づかなかった。
猛獣の射るような眼光がこちらを向く。
「それに、お前の臭い…… 何かーー」
「悪魔です」
ガーネットが口を開いた。
剣の柄に伸びていた男の手が止まる。
「なんだと?」
「森へ逃げる前、黒い鎧をまとった騎士ーー悪魔に遭遇したんです。 あれの使う魔法に呪いを付与するものもありました。おそらくその傷はその時のものかと」
悪魔という単語に男は反応を示した。
「ほう…… それで、その悪魔は今どこに?」
「わかりません。 ですが、サーシャさんの話では、ここの位置がバレているそうです。 いつ襲われるかわかりません」
「それは本当なのか?」
「本当だよ! だから、サーシャの治療をしたらここを離れないと。サーシャにここのみんなを逃すよう頼まれてるんだ」
俺が話を引き継いだ。
「サーシャが……?」
男はしばらく沈黙する。
「そうか。 聞いてたな? お前たちは今のをみんなに知らせてくるんだ。 それと、カルロスに入り口を見張るよう言っておいてくれ」
後半は横で見ていたベスティア族の二人に向けてだ。二人は頷くと、洞窟の奥へと走っていった。
信じてもらえたのだろうか。
「なあ、ここに人間の女の子はいないか?」
ようやく俺は一番知りたい問を口にした。
「女に飢えてるのか?」
「は? いや、違うよ!」
顔が熱くなる。
こいつ、真顔でそんなことを言うなんて……
「わめくな。 人間の女なら一人、サーシャが捕らえてきた」
おそらくミカのことだ。
俺とガーネットは目を合わせる。
「その子は今どこに?」
「檻の中に入れてある。 サーシャからは悪魔の仲間だと聞かされているが」
「それはサーシャの勘違いだったんだ。 あの子は俺たちの友達なんだ。 檻から出してくれないか?」
「悪いが、それはできない」
返って来たのは、俺が望んだ答えではなかった。
「どうして?」
「絶対に外に出さないよう、サーシャに言われている。 それに、お前たちを完全に信用したわけじゃない」
「そんな…… せめて、会わせてくれないか? 無事を確認したい」
男は何か言おうとしたが、その前に、さっきのベスティアの子たちが戻ってきた。
「みんなに知らせてきたよ」
「準備はどのくらいで終わりそうだ?」
「十分くらいだって」
「わかった。 準備ができたら、広場で待っていてくれ」
再び二人は駆け出していった。仕事を任せられて、少しはしゃいでいるように見える。
「とりあえず治療は終わった。 呪いまでは治せないが、今すぐ命に関わるものじゃない。 逃げた後に、相応の施設に連れて行く」
男の表情は幾分か柔らかくなる。
「よかった。 ひとまず、大丈夫そうなんだな?」
「まあな」
そう言うと、急に男はまじまじと俺の顔を覗き込んだ。なんだか居心地が悪い。
「な、なんだよ?」
堪えかねて、俺は思わず聞いた。
「他人のお前がなぜそんなに喜んでいる? それより、なぜお前たちはサーシャを助けた?」
「なぜって?」
「こいつはハーフだが、ベスティア族だぞ?」
「それがなんだって言うんだ?」
男の言葉が何を意図しているのかわからず、俺は困惑する。
「ベスティアはナハス王国と戦争状態にあるのは知っているだろ? あれの発端はベスティアがナハスの貴族を殺したことだ。 世論がどちらに傾いているかは想像に難くないはずだ」
サーシャも言っていた話だ。
男は続ける。
「ラーパスが属する国は中立の立場を取っているようだが、俺たちを見る奴らの目は決して良いもんじゃなかった。 そんなベスティアを助けたことが知れれば、お前たちが不利益を被るのは目に見えているだろ」
「そんな事、一々気にしてられないよ」
俺は素直に答える。
「そんなこと? そもそもサーシャはお前の仲間を攫った張本人だぞ?」
「それが仲間を守ろうとして起きた勘違いだったっていうのは知ってる。 ……なんというか、最後まで仲間の心配をしてて、根は良いやつっぽかったから…… 見捨てられなかったんだ」
これも俺の本音だ。
すると、しばらく続いた男の見定めるような眼差しは離れ、「ふっ」と小さく鼻で笑う音が聞こえた。
「付いて来い。 女に合わせてやる」
「本当!?」
なぜ急に心変わりしたのかわからないが、とりあえず良かった。
男の後に続き、アリの巣のように入り組んだ洞窟内を進むと、やがて灯りのない一つの空間にたどり着いた。奥には、竹か何かで組み立てられた大きな檻がポツンとあるだけだ。
こちらの気配に気づいたのか、檻の隅で人影が動いた。
「な、なに……?」
怯えたその声は、間違いなくミカのものだ。
「お前の友達とやらを連れてきた」
「友達…… 私の?」
男は檻を開け、横にどいた。俺たちは檻の目の前まで近づく。
「ミカ?」
俺が呼ぶと、ミカの息を飲む音が微かに聞こえてきた。
「シン……なの?」
「そうだよ! 助けにきた!」
「え、本当に……? でも、どうやって…… あ、これ夢なのかな…… 私いつのまに寝ちゃって……」
「夢なんかじゃないですよ」
ガーネットが駆け寄り、ミカの手をそっと握る。
「あぁ…… ガーネットも…… 本物だ。 うぅ……」
親に甘える子のように、ミカはガーネットに抱きつき顔を埋めた。ガーネットが優しくその髪を撫でる。
「大丈夫? 怪我はない?」
「大丈夫じゃない…… 怖かったよ…… 私、悪魔なんかじゃないのに……」
顔は見えないが、震えるその肩からミカが泣いているのがわかった。
「ごめん。 あの時俺が救えてたら、こんなことには……」
「なんでシンが謝るの。 私、みんなが助けにきてくれて、すごく嬉しいよ…… ありがとう」
その言葉だけで、今までの苦労全てが報われた気がした。胸の辺りがじんわりと熱くなり、なんともいえない高揚感が湧き上がる。
「でも、何があったの?」
「それはーー」
俺は、サーシャが勘違いをしていたことと、本物の悪魔のこと、それがこの洞窟に向かって来ていることを、かいつまんで伝えた。
「そんなことが……」
「だから、今はここを急いで離れなきゃいけない」
ミカは未だ潤んだ目をこすり、「うん」と首を振った。
「俺たちの方は準備は整った。 今すぐにでもここを出るつもりだ」
「どこに逃げるの?」
「とりあえず北に。 俺の知り合いで、呪いを解ける奴がいる」
「そっか」
「お前らはどうする?」
俺は迷った。
できればサーシャたちが安全に逃げられるように護衛をしたいが、こっちには衰弱したミカがいる。
俺はガーネットに目を向け、判断を仰いだ。
「敵はかなりの手練れです。 途中までは一緒に行動した方が戦力的にも安全だと思います」
「そうかもな」
男が肯定を示す。
「ウルフだ。 少しの間だが、よろしく頼む」
そのまんまの名前だ……
こうして今後の方針が決まった。
外に出ると、既に数十のベスティア族が大きな荷物を抱え待機していた。改めて見ると、皆様々な動物の顔をしている。
そして、俺たちを見る彼らの目には、確かに敵意に満ちたものもあった。過去に何があったのだろう。
「急な話だが、これから北へ向かう。 サーシャの言っていた悪魔がここに来ているらしい」
皆の注目が集まる中、洞窟を背にして、真横にいるウルフは堂々とした口調で話を進める。
やはり彼がここのリーダーらしい。狼の姿も相まって、風格は十分にある。
「夜道には魔物が潜んでいる可能性もある。お前たちは列を乱さずに進むんだ、わかったな?」
他のベスティア族はバラバラに返事をした。
「よし、それじゃあ、とっとと行くーー」
ウルフの声が突然止む。
不思議に思って、俺は彼の方を向いた。
彼の腹からは、赤黒く光る大剣が突き出ていた。剣先から赤い雫が絶え間なく流れ落ちている。
「え……?」
状況が飲み込めない。幻覚でも見ているのだろうか。
大剣がウルフの腹から抜け、大量の血が噴き出す。
「そうだな…… 逝ってらっしゃい」
甘いささやき声。
ウルフはピクピクと身体を微動させた後、前のめりに倒れていった。
一瞬のうちに、辺りは耳が痛くなるほどの悲鳴に包まれていった。




