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真のチートスキル

 黒騎士はそこまで来ていたのだ。

 

  「き、貴様…… いつの間に」


  「なるほど、生命力はゴギブリ並みだ。 いや、あまりの鈍感さに、腹を貫かれたことも気づいていないのか?」


  「クソが、ふざけやがって……! 今すぐその喉元を()き切ってやる……!」


  ウルフは歯茎をむき出しにして、吐き捨てるように言った。黒騎士はそんな彼の背を容赦(ようしゃ)なく踏みつける。


  「ぐあぁぁ!」


  「ふ、私の首を取ると? 笑わせてくれる。 今宵(こよい)の展覧会に(かざ)られるのは、あなたたちの小汚い首の方だ」


  「やめろ!」


  俺は黒騎士の頭目掛けて、木の剣を振り下ろした。


  「な……」


  しかし、剣は届かない。

  黒騎士はこちらを見向きもせず、二本の指で俺の剣を軽く受け止めたのだ。


  「はぁ。 まったく、どうしてこんなオモチャを?」


  黒騎士が指に力を入れると、木の剣は真っ二つに折れた。


  こいつ、どんな怪力だ!?

 

  思わず俺は後ろに下がる。


  「ほら、これを使え」


  投げ渡されたのは、ウルフが(たずさ)えていた鉄剣。


  「どういうつもりだ……?」


  「私はあなたの全力が見たい。 それだけだ」


  ますます理解不能だ。

 

  「さあ、早くかかってこい。 さもないと、(あやま)ってこの首をはねてしまうかもしれないぞ?」


  黒騎士はウルフのすぐ上で、曲芸でもするかのように剣を器用に回し始めた。


  「ふざけるな!」

 

  俺は意を決して突っ込み、剣を(たて)に振る。しかし、黒い影はするりとそれをかわし、俺から離れていった。

 

  「こっちだ」


  「はあっ!」


 再び ()りかかる。

  しかし、黒い剣がそれをさえぎった。

  どんなに力を入れても、剣はビクともしない。逆に圧倒的な力が、俺を押し返そうとしていた。


  「そんなものか? 私を失望させないでくれ」


  「さっきから何をーー」


  その時、黒騎士の力がわずかに(ゆる)んだ。


  今なら押し切れる!


  だが、次の瞬間、重い衝撃が俺の腹部を襲った。 黒い剣を滑らせ、黒騎士が体当たりしてきたのだ。


  「っ!」


  息もまともにできないまま、俺は後方に吹き飛んだ。

  しかし、俺を受け止めたのは木でも地面でもなかった。柔らかな感触が勢いを殺し、細い腕が俺の身体を包んで固定する。


  「大丈夫ですか、恩人様!?」


  視線を上げると、ガーネットの顔が目に入る。飛んできた俺を受け止めてくれたらしい。


  「大丈夫…… 助かったよ」


  咳込(せきこ)みながらも、俺はなんとか答える。


  「あ、あれが悪魔なの……?」


  ガーネットの近くにいたミカは呆然(ぼうぜん)と黒騎士を見ていた。


  「ああ…… ミカは危ないから森の方に隠れててくれ」


  「う、うん……」


  ミカがゆっくりと後ずさっていく。


  「ガーネットはミカの側にいてあげて。 魔物が(おそ)ってくるかもしれないから」


  「そんな、私も一緒にーー」


  「頼む」


  ガーネットは何か言いたげな視線を向けていたが、俺の目を見るとミカの後を追っていった。


  「シン?」


  「どうした?」


  「負けないよね?」


  黒騎士から目を離してはいけないのはわかっていたが、俺の目はミカの方を向いていた。しかし、悲痛な彼女の表情を見て後悔した。

  正直勝てるビジョンが浮かんでこない。だが。


  「……もちろん!」


  こう言うしかないだろ。


  「お話は済んだかな?」


  退屈(たいくつ)そうに黒騎士が言う。

 

  「じゃあ続きを始めよう」


  黒騎士が剣を構える。すると、その姿は陽炎(かげろう)のように揺れ、直後、その重そうな鎧からは想像もつかないほどの加速で俺に接近してきた。


  「くっ……!」


  鉄同士がぶつかりあう重々とした音。

  俺はギリギリ黒剣を防いでいた。

 

  「ふむ……」


  対する黒騎士は、まるで歯ごたえがないとでも言うような声を漏らす。


  「なってないな。 やはり、まだ脅威(きょうい)とはなり得ないらしい」


  黒騎士は一歩前に踏み込んだ。続いて、黒い剣が火花を散らしながら、俺の剣を舐めるように駆け上がっていく。


  「くっ!」

 

  剣は真上に弾かれ、それに合わせ俺の体勢が大きく(くず)れた。

  間髪(かんぱつ)入れず、黒い剣が顔面に(せま)る。


  「シン! 危ない!」


  ミカの悲痛な叫び。

  その瞬間、なぜか身体が重くなった気がした。


  剣で受けるには間に合わない! なら……


  俺はそのまま後ろへ大きく飛ぶ。そして、着地を待たずに俺は手のひらを黒騎士に向けた。


  「イビルフレイム!」


  黒騎士の真下に魔法陣が現れる。

 

  「ほう……!」


  歓喜(かんき)するような嘆息(たんそく)は烈火の音にかき消され、黒騎士の姿は炎に飲まれていった。


  「ど、どうだ?」


  だが、ふいに炎が(はじ)けて消えた。


  「惜しい、実に惜しい」


  何事もなかったかのように、黒騎士は上品に手を叩く。


  「いや、危なかった。 もう少し魔力が強かったら、怪我をするところだった」

 

  「くそ!効いてないのか!? ならこれは!」


  「もういい。 止めにしよう」


  なぜか黒騎士は剣を(さや)(おさ)め、大げさに腕を広げた。


  「は……?」


  「もう仲違(なかたが)いするのはよそうと言っている。 私たちの目的は同じ。 あの醜いベスティアを一人残らず(ほうむ)り去ることだろう」


  観客に語りかける役者のように、黒騎士は他のベスティア族に向けて言った。


  「ふざけるな! 俺をお前の仲間なんかじゃないぞ!」


  「そんなことを言っていないで、さっさとこいつらを根絶やしにしてしまおう、シン。 私と同じ魔法を使う同胞(どうほう)よ」


  黒騎士はそう言うと、剣を振り、誰もいない場所へあの黒い炎を発生させた。


  「お前…… (だま)していたのか……」


  気づけば、ウルフは目を見開きこちらを見ていた。

  彼だけではない。俺を見るベスティア族の全ての瞳から光が消えていく。


  「違う! それはたまたま同じ魔法がーー」


  その時だった。

  全身から力が抜け落ちる。

  俺は(ひざ)から崩れ落ちた。


  「なんだ、これ…… ステータス異常……?」


  俺はとっさに画面を呼び出した。


  「え……」


  青光りするステータス画面。その横のボーナス値はマイナスを示していた。

  呆気(あっけ)に取られている俺に、追い打ちをかけるように警告音が響く。


  『基礎好感度ダウン 基礎好感度ダウン 基礎好感度ダウン 基礎好感度ダウン 基礎好感度ダウン……』


  機械的な女性の声は狂ったように同じ言葉を繰り返す。


  「なんだよ…… どうなってるんだ……!」


  そして、その抑揚(よくよう)のない声は最後にこう告げた。


  『警告。総合好感度が0を下回りました。 現在総合好感度値:(まいなす)173。 規定に従い、コアの崩壊を開始します』


  「規定? コアの崩壊?」


  何一つ意味がわからない。

 

  「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」


  突然だった。

  味わったことない激しい痛みが襲う。皮フが引き裂け、骨を()じ曲げられ、あらゆる臓器を握りつぶされるような。見ると、俺の身体には何かの黒い紋様(もんよう)侵食(しんしょく)していた。

  俺はただ、叫び、のたうち回ることしかできない。


  「あぁ…… いい声で鳴くじゃないか。 ハハハハハ! 実に、実に甘美な音色だ! クフフ! ハハハハハハ!」


  「シン!」 「恩人様!」


  ミカとガーネットの足音が近づく。


  だめだ。せめて二人だけでも逃げてくれ。

  もはや、(しゃべ)る余裕もない。


  「そんな…… シン!シン!」


  「ひどい…… ミカ、恩人様に回復魔法を!」


  「う、うん!」


  ミカは俺の元へ座ると、あの回復の(つゆ)を垂らした。

  しかし、痛みは一向に引かない。


  「だめ、全然治らない……! どうしよう!」


  「続けてください!」


  ガーネットは(しか)りつけるように言うと、黒騎士の方に向き直る。


  「まったく、さっさと逃げていれば良かったものを。 そこに立たれては(ちょう)が羽ばたく瞬間が見えないだろう」


  「させません! セイクリッドーー」


  「邪魔だ」


  「きゃっ!」


  黒騎士が手で払うだけで、盾は粉々になり、ガーネットは森の方へと吹き飛んでいった。


  「ガーネット!」


  ミカが叫ぶ。


  『コア崩壊率 10%』


  さらなる激痛が身体中を(むしば)んでいく。思考はまとまらず、形になる前にぐちゃぐちゃに溶けていった。

 

  「次はあなたの番だ」


  「シン…… シン……」


  「はあ、何をしているのかと思えば、なんだその初級魔法は。 そんなもので、どうしようと言うのだ?」


  「今度は私が助けるから…… 大丈夫だから……」


  ミカはその場から退()こうとせず、取り()かれたように回復魔法をかけ続けている。


  「ミカ…… だめだ…… 逃げろ……」


  やっとの思いで、俺は声を絞り出す。


  『コア崩壊率:50%』


  全ての神経細胞から、地獄のような痛みが絶えることなく脳に送られてくる。 


  「そんなクソの役にも立たない魔法で、助けるなどと、よくもふざけたことを言えるな」


  「シン…… 私……」


  「聞かぬか。 なら、あなたにはこの世の(ことわり)を身をもって教えてあげてよう」


  ミカの真後ろで、黒騎士のーー悪魔の大きな鉤爪(かぎづめ)が月に重なる。


  「私もね……」


  ミカはまだ手を止めない。こぼれ落ちていたのは、回復魔法だけではなかった。


  ミカ……


  『コア崩壊率:90%』


  「さようなら」


  悪魔が終わりを告げる。

  消える、ミカの命が。すぐ目の前なのに、手が届かない。俺は死んでもいい。だから、ミカのあのだけは。


  俺は目を閉じた。彼女が死ぬところなんて見たくなかった。


  「私も、シンと一緒にいたかったよ」


  混濁(こんだく)とした意識の中で、ミカの声が鮮烈(せんれつ)な光となり広がっていくようだった。


  違う。それは俺が作り出した都合のいい妄想などではなかった。

  目を開ける。

  周囲に、波動のように伝わっていく光。


  「なんだ、これは……!?」


  初めて黒騎士が動揺(どうよう)を見せる。

 

  『特殊好感度:相思相愛 を解放。 コアの崩壊を中断』


  力が(あふ)れ出る。いつしか痛みも消えていた。


  「ミカ……」


  俺はゆっくりと起き上がる。


  「シン……!よかった! でも、この光は? それに、私もこんな魔法使えないのに……」


  ミカの手のひらから、(まばゆ)い回復魔法の奔流(ほんりゅう)が俺へと流れ込んでいた。そのおかげか、黒い紋様が色を失っていく。

 

  ミカにも好感度ボーナスの力が……?


  「正直俺もよくわからない」


  「でも」と俺は付け加える。一つだけ、確かなことがあった。


  「もう大丈夫。 次は絶対に負けないから」


  涙で濡れたミカの顔が、太陽のようにパッと明るくなる。


  「うん……! 信じてるよ、私! 」

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