黒の騎士
「黒い鎧に、あの魔法…… あれが恩人様と勘違いされていた悪魔……?」
「たぶん。 それより、あいつが弾丸を防いでくれたのか?」
夜空が落っこちてきたと錯覚するほど広範囲に伸びる暗い炎は、俺と白い悪魔とのちょうど中間辺りで発生していた。
「状況的に考えればそうも見えますが…… あの容姿、明らかに敵ですよ」
「確かに……」
ゴツゴツとした真っ黒な鎧。片手に携えているのは、これまた黒に染まった巨大な剣。いかにも悪役という感じがする。
そこへ、目の前の闇夜を破り強烈な光が現れる。それは黒騎士の元へ一直線に飛んで行った。
「嘘だろ!?」
俺たちが死ぬ気で防いでいた光の弾丸を、黒騎士は剣を軽く振るだけで後方へ弾いてみせたのだ。
「あんな簡単に……」
「あの騎士、魔法だけでなく、剣技も相当なものです」
続けざまに数発、光が放たれた。
しかし、黒騎士の剣さばきによって、そのことごとくが容易に軌道を逸らされてしまう。
光の攻撃が止んだ。
すると、それまで仁王立ちしていた黒騎士は、一歩前に踏み出す。その剣からは、おどろおどろしいエネルギーの流れが溢れ出していた。
「あいつ、何をする気だ?」
答えはすぐに出る。
一振り。それだけで、女性の方へと地面が裂けていき、同時に黒炎が轟々と燃え上がった。
「あれは、草原にあった戦いの跡と同じ……! あのフードの人は? やられちゃったのか……?」
「いえ。 見てください、すんでのところでかわしたようです」
ガーネットの視線の先には、確かにあのフード姿があった。しかし、遠目でも肩を大きく上下させているのがわかる。
「これはまずいですね……」
「え、どういうこと?」
「あの狙撃手が倒されれば、ミカの居場所を聞き出せなくなってしまいます」
「あっ……」
突然のことで、そこまで頭が回っていなかった。
「今から森の方へ走って探しても、見つかるかどうか…… それに、あの騎士が次にどう動くかわかりません……」
「……今ならまだ間に合う。加勢しよう」
「ですが、あの騎士を退けるのは一筋縄ではいかないと思います」
「それでも。 俺は絶対にミカを連れ帰らなきゃ」
だが、断固とする言葉に反して、俺の脚は恐怖に震えていた。先ほど死にかけたのに、また、自ら死へ向かって歩いていくようなものだから当然だ。
そんな俺の手を、ガーネットの両手で優しく挟む。
「私も最後までお供させていただきます。 だから、一緒に頑張りましょう」
「……ああ!」
繰り広げられていた激しい攻防は、早くも終わりに近づいていた。
「くそ……! なんで悪魔が二体も!」
フード姿の女性が苛立たしげに手を広げると、手中に銀色の弾丸が生成される。敵の位置を確認しながら、それを一発ずつ長細い銃に込めていく。
「これも罠のうちだったというのか……?」
女性は銃を構えて、ゆっくりと近づいてくる黒騎士に照準を合わせた。
すると、銃口付近に白く輝く魔法陣が生成され、彼女は引き金を引いた。射出された弾丸は光をまとい、音速を超えるスピードで黒騎士の頭部を狙う。
しかし、結果は予想通り。
「だめだ、弾かれる……」
銃のボルトを引く彼女の手は、死への緊張で小刻みに震え強張っていく。
「くそ! くそ!」
遮蔽物のないこの場所で、スナイパーの居場所が割れれば圧倒的に不利になる。それは敵が格上ならなおさらだ。
「だめだ、今死んだら。 私の仲間が、家族が……!」
彼女はデタラメに銃を発砲する。
「そんなものが私に当たるとでも?」
初めて黒騎士は声を出した。紳士的な声音と対照に、その声には悪寒を感じさせるような冷たい殺意が込められていた。
「うるさい! さっさと死ね!」
「ああ、無力。 所詮、位置さえわかってしまえば、打ち上げられた魚も同然。 あなたに許されるのは無為に足掻き、絶望を胸に、朽ちるその瞬間を待つだけ」
黒騎士は女性の目の前で、悠長にセリフを述べていく。
「この……!」
彼女は再び引き金に手をかけた。至近距離での一発。
「な……」
黒騎士は頭を横にずらしただけで、それを軽々とかわした。その悪魔を思わせる兜から、ため息が漏れる。
「なんと芸のない。 急所を狙えばいいというものじゃないだろうに。 赤子に撃たせた方が、まだ良い結果をもたらせたかもしれない」
「くそ…… どうして当たらない……!」
「森の中の洞窟」
「え……」
女性は息をするのも忘れるほど驚愕した。
「はぐれた者同士、仲睦まじく暮らしているようで。 いやはや、子供たちだけでなんとも微笑ましい」
「なんで、それを!」
「まったく、美しい蝶の幼生だと思って大切に観てきたのに…… その実は汚らわしいウジ虫ときた。 私、汚い物は消し去らないと気が済まない質なんでね」
「意味のわからないことを言うな! ウジ虫はお前らだ! 絶対に仲間には手を出させない!」
威勢良く叫び銃を構えるが、無意識に女性は少しずつ後退していた。
「あぁ、その目。 私への深い憎悪が、自分の命が潰えることへの恐怖に呑まれていくのがよくわかる」
黒騎士はうっとりしたように言う。
「これは良い。 この作品が無くならないうちに、キレイに首を搔き切ってあげよう。 大丈夫だ、全ては一瞬。 痛みも感じずに終わる」
黒光りする剣身から、負の力がほとばしる。
「やだ、死にたくない…… こんなところで、私は、私は……」
もはや女性は銃を構えることをやめ、おぼつかない足取りで必死に後ずさる。だが、とうとう足が絡まり、その場で尻もちをついてしまった。
「さようなら」
「やだ…… やめてーー」
「イビルフレイム!」
その時、誰かの声が彼女の耳に届いた。
「なに……!」
突如として、黒騎士は黒い火柱に飲み込まれた。
「どうなってる……」
「おい、早くこっちに! 逃げるぞ!」
「え、なんでお前らが…… 」
「いいから!」
訳もわからないまま、女性はシンに手を取られ少々強引に立たされる。
「急ぎましょう! 森の中ならしばらくの間やり過ごせるはずです!」
「わかった!」
女性はなすがままに、森へと走った。
同じ臭いだった。あの騎士と同じ、邪悪な臭い。それが、なぜ。
「はあはあ。 直撃だったけど、あれで倒せたり…… なんてことはないよね?」
「はい、ないと思います」
そんな二人の会話が証明されるように、黒い炎が消えた。
「ふふ…… ハハハハハ! 素晴らしい!心まで焦げ付いていくようだ! この日をどれだけ待ちわびたことか!」
黒騎士は天を向き、人が変わったように下品に笑う。あれだけの魔法を受けておいて、傷一つないように見えた。
「ノーダメージか!?」
「むしろ元気になってる気がします!」
「あぁ! 興が乗った! 私を、私をもっと楽しませてくれ!」
あの剣が不気味な光を帯びる。
森の入り口まで、まだ二百メートルはある。今の状態では、全速力で走っても一分はかかってしまう。
女性は悟った。
「もう無理だ……」
「まだだ!」
女性の前を走る二人は未だ諦めていなかった。
「ガーネット、MPは?」
「一回使えるくらいには回復しました!」
「よかった! よし、いくぞ! アイスブラスト!」
氷のクリスタルが黒騎士との間に現れた。
「だめだ、あれだけじゃ一瞬しか耐えられない……」
女性は失望したように言う。
「それで十分!」
森まであと五十メートル。
そこまで来て、二人は立ち止まり、何かを探すように辺りを見回し始めた。
真後ろからは、大地を穿つ恐ろしい音が迫っている。
「あった! あれだ!」
二人が駆け寄り、手にしたのは木製の剣と盾。一見して何の脅威にもなり得ない、おもちゃ同然の代物だ。
「セイクリッドウォール!」
ガーネットがすぐさま盾を地面に振り下ろした。
「皆さん、私につかまって!」
「つかまるって…… 何をする気なんだ?」
女性は訝しんだ。
「飛びます!」
「は……?」
巨大な氷が砕け散った。
姿を現した黒い炎は、なおも勢いを緩めずこちらに接近してくる。
「時間がありません!」
「わ、わかったよ!」
選択肢はなかった。女性は目を閉じ、ガーネットの腕にしがみつく。
直後、女性の鼓膜を揺さぶったのは黒炎がぶつかった衝撃音。そしてーー
「えっ?」
足元が地面を離れ、空を浮遊する感覚。
女性は目を開けた。
「やった! 成功です!」
「飛んでる! さすがはガーネット!」
二人は喜びを分かち合っていた。
真下に広がるのは一面の深緑。
炎を防いだ時の衝撃で、森の方へと吹き飛ばされたのだ。炎は遥かに遠くに映る。
「これ、着地はどうするんだ?」
女性はふと思った疑問を口にする。
「「え?」」
二人の困ったような瞳が女性に向く。
「え? って…… まさか」
「もちろん、何も考えていません」
ガーネットは誤魔化すように微笑んだ。
「嘘…… でしょ?」
返答はなかった。
三人は異なる音色の絶叫を奏でながら、深い森の中へと消えたいった。
途中で視点が変わりましたが、次話では元に戻ります




