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Da sein―待ち人お嬢とやさぐれ貴族―  作者: 霜月美由梨
五章:廻り始める歯車
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五章:廻り始める歯車

 ぱんぱんと手を鳴らしながら階段奥から規則正しい足音が聞こえた。

「おいおい、うるせーな。大佐、おかんむりだぞ」

 少し不機嫌そうな声にざわざわと声の波がうねり出す。

 テオの周りを囲んでいた部下達以外も、突然聞こえた、軍一の問題児の声にだれもが立ち止まり、階段を見上げる。

「お? 登場だ!」

 そして人ごみの中、だれかがそういった。

 徐々に見えていくその制服姿に、テオはもう知らないと言いたげに額に手を当てて、顔を背けた。

 フィルはタバコを片手に足を組んで悠然と座っている。だが、メガネの奥の瞳には楽しげなものが浮かんでいる。

「ここで騒ぐぐらいならさっさと執務室に集まれ。いいな!」

 そう小気味よさそうに笑いながら言ったシオンに、フィルとテオを囲んでいた集団は元気の良い返事をしてちょうど医務室の上に当たる二階の執務室へ流れていった。

「すいません」

「いや、べつにいいさ」

 外套を羽織った状態で大佐の執務室から階段を下ってきたシオンにテオが首をかしげた。羽織った外套はずいぶんと古いデザイン。

「どうしたんです? それ」

「ああ、これか? 寒そうだからって大佐が着せてくれた」

「んなわけないでしょう」

 切れ間ない突っ込みにシオンがかすかに苦笑をにじませて二人に背を向けた。

 布地が破れ、つくろった痕が斜めに走っている。

 敵地へ突っ込むその様を鉄砲玉とかつて言われたキースのものであることは間違いない。

 テオがそれを見ながら考えているとフィルも眉を寄せていた。

 目配せして首を傾げあうと、立ち止まったシオンを見て、二人はほぼ同時に立ち止まった。

「詳しいことはあとでだ。行くぞ」

 集団が完全に執務室に入ったことを確認して、階段を上がり、医務室の真上に位置する執務室へ移動する。

「……」

 開かれた扉を見てふっと息をついたシオンが一歩部屋に入る。

 かつと鳴る靴音と共に、びっとそろえられた敬礼。

 中佐階の執務室にしては広い部屋の中に何列も整列して迎える部下の姿。

 シオンはふっと遠い目をして、そしてかすかに笑って背筋を伸ばして敬礼を返した。

「長らく空けることになって申し訳なかった。今日付けで復職したサナンだ」

 敬礼を解いて隊列の真ん中まで部屋に入り、そしてテオに扉を閉めさせた。

「さあ、再就任の挨拶としてはな……。そうだな、俺の異名についてはだれもが知っていると思う」

 部屋全体に響く声で話し始めたシオンを尻目にフィルとテオが隣に並んで首をかしげた。

「なに言うつもりだと思います?」

「オレにはわかりませんよ。あの人、突拍子ないこと言い出すんで」

 肩をすくめて言ったテオは、見慣れた旅人の楽な格好から軍服に着替え、元の威厳を取り戻した主の姿に目を細めた。

「神の右腕はよく聞くだろう。だが、学生時代から俺を知っている人間は別の異名で俺を恐れる。わかるか?」

 その言葉に大体の話の流れをつかんだテオは苦笑を隠しきれずにうつむいて顔を背けた。

「どうしました?」

「いや、なんと立派な宣戦布告でしょうかね」

 テオのその言葉にフィルの表情が抜けた。

 ようやく悟ったらしいフィルの顔にあきれが宿るのを見て取り、テオは笑みを深めた。

「上官殺しと呼ばれていることを知っているか?」

 その瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 ぴんと張られた糸のような緊張感の中、シオンは笑って一気に表情を引き締めた部下達を見た。

「俺が今回、上官たちにする挨拶は、菓子折り持っての挨拶じゃない。一人、いや、一派閥のお掃除が俺の復帰の挨拶になりそうだ」

 シオンの言葉に戸惑いの顔があちこちで見られた。

 それを見ながらシオンはうっすらと笑って浅く息を吸った。

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