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四章:約束

「……秘密、ですね」

 無愛想なグイードの声。

 いつぞやのだれかの声のようだ。そう思ったリノは、ふっと緊張がほぐれるのを感じた。

 馬車が動き出す。

 きちんと舗装された道の上だからだろうか、がたがたと揺れることもなく、ただ、馬の足音だけが聞こえていた。

「しいて言うのであれば、あなたに隠れていただきます」

 しばらく間をおいて、グイードが口を開く。

 カーテンで閉じられた窓の外を見透かそうとするがごとく目線を外にやる彼を見て、リノは首をかしげる。

「どこに?」

「秘密の部屋、ですかね」

 肩をすくめてグイードがつまらなそうにそっぽを向いて長い足を組む。その動きにさらりと直毛の白金の髪が頬にかかる。

「なにで隠れなければならないの?」

「最初にサナンを片付けるためですよ。……それはオレ以外のやつらがやることでしょうけどね」

 三本のろうそくに照らし出されただけの馬車の内部は薄暗く、絢爛な外見とは裏腹に、実用性を重視されたデザインだった。

 退屈そうにグイードは手すりに寄りかかってちらりとカーテンを開けて外を見た。

「……そんなことはあるわけないわ」

「いえ、あるんですよ。外だけに敵がいるわけではない。……そう、内側にも彼には敵がいる。そして、今、軍部に入れば、あいつは追われの身。なにをされてもおかしくはないんですよ?」

 そういいながらうつむき加減に笑ったグイードにリノは唇をかみ締めて、にらんだ。

「言葉も出ませんか? まあ、フィルがなにか手を打っていると思いますがね」

 そう言ってどこからともなくタバコを一本取り出して火をつけたグイードは、すこしだけ馬車の窓を開けて煙を外に吐いた。

「あくまでわたしは、あなたのお世話係です。無事にことがすめばあなたはわたしの妻になることになりますね」

「え?」

「あなたの家の権力と、義父上の権力があれば、わたしは公爵家以上の権力を持つことができる……」

「そんな権力を持ってなにをする気よ?」

「…………。それは、秘密ですよ」

 すこしの沈黙をおいてそういったグイードの瞳の奥にほの暗い炎が揺らめいて消えた。

「……さあ、そろそろつきますよ」

 タバコを窓枠に押し付けて消すと、近くにかけてあった厚手のマフラーを取り出してリノに差し出した。

「外は寒いので、お使いください」

 受け取るのをためらうリノにそっとため息をついて、グイードは動く馬車の中、天井に頭がつかないように立ち、そして、リノの首にマフラーをそっと巻いて長い髪の毛をマフラーの外に逃がした。

「なんで……」

「監禁する以外では、あなたは私たちの客人です。それに、女性に丁寧にするようにと教わったものでね」

 遠い目をしたグイードを見上げる。首元のマフラーからはふわりと甘い香りが漂って首をかしげマフラーを見た。

「これの香りですね」

 苦々しく呟く声と共にかわいらしく装飾された紙袋に入ったクッキーを目の前に突き出された。

「お一つどうぞ。部下が作ったものです」

「どうも」

 遠慮もなくそれをつまんで食べると、同じ優しい香りがした。

 ふっと顔をほころばせたリノを見ながらグイードは目を伏せて小さくため息をつくと、窓を眺めやって紙袋をしまった。

「そろそろです」

 その言葉と同時に馬車がゆっくりと止まった。

 クッキーのおいしさに現状を忘れていたリノがハッと息を吸ってグイードを見る。

「返すの忘れると面倒なので、ここで返しておきます」

 驚いているリノの手にサナンの短剣を握らせると、グイードが御者に扉をあけるように指示する。

 間髪いれずに馬車の扉が開かれた。

 ふわりと冬の風が馬車の中に迷いこむ。

「さあ、こちらです」

 その空気を胸一杯に吸い込んで、先に下りリノに手を伸ばしたグイードを、まっすぐと見て手を差し出す。

 宵闇に包まれた街に、一人の青年と少女が降り立ち、そして、足音だけを響かせて溶け込んでいった――。

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