五章:廻り始める歯車
すこし、時をさかのぼろう。
ブルグの街に残ったシオンはひょいひょいと軽い身のこなしで人ごみを抜けて裏通りに入っていた。
「クソ、あのやろう、どこ行きやがった」
表通りを駆けていく若い軍人の悔しげな声を左耳に聞きながら、シオンはにやりと笑ってタバコをくわえて人のいない路地裏を悠然と歩き出した。
「中佐」
ちいさな呼び声に建物と建物のあいだに入ると、シルヴが御者の格好をして片目をつぶっていた。その手には大きな革かばんがある。
「テオとお嬢さんは無事に街に行ったっす。あと、フィル中佐からこれを預かっているので、着て軍人に戻ってください。後処理は任せてください」
「申請はしていないはずだが?」
行動が早いなと苦笑交じりに言うシオンに、シルヴが肩をすくめて白く凍るため息をついてそっぽを向いた。
「どうせ、自分がおとりになって彼女の身代わりになれば良いとか思ったんすよね? 中佐」
「まあな。……状況はそこまで甘くないと?」
「ええ。たぶん、このまま捕まればエンド、つまり殺されるっす」
「そうか。……まあ、そんなところだろうと思った。で? 俺の代わりは?」
「適当に逃げたとでも言えば十分でしょう」
そんなことを言うシルヴに、シオンは苦笑をして建物の壁に背中をつけた。
そして、ゆっくりとタバコをふかして曇り空へ吐き出す。
シルヴもつられて空を見上げた。
「まあな。さ、そろそろ行くか」
「……了解しました。馬をここへ?」
「ああ、頼む」
うなずいて宙を見上げたシオンを見てシルヴは軍服を置いて走り去っていく。
革かばんに入った新品の軍服を見て懐かしそうな顔をしたシオンは、そっと目を閉じて静かに笑うと着慣れた動作で軍服に袖を通していく。
「中佐」
「ああ、すまんな」
少したって青毛の馬を引いてやってきたシルヴにうなずきかけて、着ていた服をたたんでかばんにしまうと馬の前に回りこんでその鼻面を掻いた。
「久しぶりだな」
「そうでしょう。私は伯爵の所に先に礼をいいに行きますっけど……」
「わかっている」
うなずいたシオンにシルヴは唇を一文字に引き結んで一歩下がって道をあけた。
「すまんな」
そういいながらシオンは群青色の制服をひらりと翻しながら馬にまたがり、その首筋を手で叩いた。
馬は心得たというように首を縦に振ってすこし歩き、建物の隙間から出てシルヴの前に止まる。
「大丈夫そうっすか」
「ああ」
軽くうなずいてシオンが夕焼けに染まる曇り空を見上げてにやりと笑った。
「荒れるな」
「……。はい。そうですね」
うなずいたシルヴに笑って気をつけろよといったシオンは、馴れた手つきで馬の尻にむちをあて、走らせた。
「御武運を!」
そんなシルヴの声にむちを持った手を上げて応じたシオンの背中が遠くなっていく――。




