三章:決別の言葉
「なんつーお嬢様だな。この女はっ!」
そういいながら落ちたリノの肩をつかみ、もう片手にこぶしを握って振り下ろそうとした。
「よくやった」
一気に沸騰したその場に場違いなほど落ち着いた耳に心地よい低い声が、地下から響いた。
そして、ほぼ、同時に乾いた銃声が一発響いた。男の肩には白い手が乗っている。
「……え?」
ぐっと目をつぶったリノは、地下道への階段から悠然と上がってくる、白銀の髪を持つ青年の姿をその目に映した。
「手ひどくやられたな。テオ」
リノにこぶしを振おうとした男は呆けた顔で後ろに引き倒され、そして、上がってきた銀髪の青年、シオンに邪険そうに振り払われ、鈍い音を立てて床に転がった。
「あんた……」
「振り切るのにすこし時間がかかった。すまない」
そういいながらシオンは登り終え、さりげなくリノにコートをかけて両手に銃を持つとテオを囲んでいる男達を次々と撃ち殺していた。
路地裏の再現。
だが、あの場にあった異様な殺気はなくただ静謐な、ぴんと張り詰めるような空気をまとっていた。
「先輩……」
「頭、蹴られたのか」
最後の一人を片付け終わったあとに、シオンはテオの隣に座って縄を解いてうつぶせに転がっているテオを仰向けに寝かせた。
「強く一回やられました。……すこし休めば歩けます」
「すこしの余裕はないんだが?」
「出てきても知りませんよ?」
そう軽口を言うテオだが、声を出すことも億劫なようだ。
吐息混じりの重たい声にシオンはそっと目を伏せてテオの髪に手をやった。
「肩につかまるぐらいなら良いぞ。俺は、あれを持っていかなければならん」
コートを肩にかけたまま呆けているリノを指して、肩をすくめたシオンはとりあえず片手でテオを支えながら、リノの腰を抱きかかえて小屋から出てきた。
「ちょっと」
「歩けるか?」
「当たり前よ」
外の冷たい空気に素肌を撫でられてようやく我を取り戻したリノに、シオンはため息をついてそっと地面に降ろしてやった。
危なげなく立ち、コートの前をかき合わせたリノを見てから、シオンはふらついているテオを背負い、リノの側に立った。
「すいません。手間、かけさせて」
「べつに良い。おい、急ぐぞ。町は軍がうじゃうじゃいる」
「そんな……」
「シオンの家なら、軍もよりつかんだろう」
その言葉にテオがはっと体を起こして、めまいを感じたようにくたりとシオンに体を預ける。
「先輩……」
「べつに、大丈夫だ」
「……」
ほっと息を吐いたテオはちらりとリノを見て小さく笑った。
どんな顔をしていたのだろうかと思う前にテオがだるそうにリノの頭に手を伸ばしてきた。
「大丈夫です。ちょっと、脳震盪起こしただけなんで」
「ちょっとじゃないでしょ、動けなくなるって」
「一晩寝ればどうにか収まりますよ。お嬢様こそ、大丈夫でしたか?」
「私なんて、べつに良いわよ。あんな輩に見られたのはすこし癪だけど」
「すいません」
「お前が気にすることじゃない」
「なんであんたかが言うのよ!」
「べつに」
ふいっと顔を背けながらシオンはそう言って丘を登りはじめた。
そんな二人のやり取りを見てテオは小さく笑っていた。
「あの上にある建物。あの家がシオンの家だ」
「鍵、開いてるんですか?」
「あいつの家はついてない」
「え?」
目をむいたテオに、実に不機嫌そうにシオンは顔をゆがめて肩をすくめた。
ちいさな丘に立つ一軒のしゃれた家。
すぐ近くは階段になっていて、ゆっくりとそこを登ると、陶器のかわいらしいクマの置物が出迎えた。
「無用心だったんだよ。あいつ。テオ、手は使えるか?」
「ああ、はい」
体を起こさなくてすむようにすこし身をかがめて、テオにドアノブを握らせて扉を開かせる。




