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三章:決別の言葉

 シオンはそのまま体を屈ませたまま中に入って、慣れた様子でリビングに入りソファーにテオを降ろした。

「しばらく寝てろよ」

「はい」

 疲れたように笑って、ふっとまぶたを落としたテオに、シオンはなにか言いたそうにその姿を見下ろしていたが、ため息をついて、二階へと上っていった。

「女」

「女って名前じゃない!」

「お前なんて女で十分だ」

 そんなやり取りを二階の床越しにやっていると、シオンが降りてきてテオを横抱きにして階段を登っていくがすぐに足を止めた。

「肩」

「あ?」

「肩平気なの?」

 そっぽを向いて尋ねられたその言葉に、面食らったようにシオンが言葉に詰まって、無視して階段を登っていった。

「……」

 唇を尖らせて下で待っていると、シオンが階段を下りてきて左手でぽんとリノの頭を軽く叩いた。

 驚いて見上げると、シオンは不思議な表情をしていた。

 笑っているような、悲しそうな、どこか優しげな顔。

「俺のことは気にするな。お前らよりはるかに無理し慣れている」

「無理って、無理してんだったら……」

「しなきゃいけない局面だ。あいつが回復次第、港町、ベルグに行く」

「ベルグって」

「海路でお前の家にダイレクトに行ってやる。イアンのたまげた顔が見ものだな」

 そう言ってシオンはそんな表情のままキッチンに入っていった。

 リノはその言葉になにも返さずに、その背中を見送りソファーに座って膝を抱えた。

 しばらくしてシオンが白パンとジャムを持ってキッチンから出てきた。

「それ」

「パンに関してはここの管理人が用意してくれるものだ。それにジャムなら好き嫌いはないだろう。食っておけ」

 二つあるうちのパンをリノの前のテーブルに出して、忙しそうに二階に上がっていく。

 テオに皿を持って行き終えたシオンがリビングに来るとリノはパンを目の前に膝を抱えていた。

「食べないのか?」

「食べるわよ」

 ふんとそっぽを向きながらパンに手を伸ばして、りんごのジャムを塗って食べはじめたリノに、シオンはまたキッチンへ入っていった。

「あんたは食べないの?」

「……俺はいい」

 壁越しに聞こえたその返事に唇を尖らせてリノは黙々と食べはじめた。

「飲むか?」

「なにを?」

「紅茶」

 はっと振り向くと、シオンがティーポットとカップ二つを手にして立っていた。

「茶葉は?」

「あるものだ」

 そう言ってリノの前にあるテーブルに暖められていたカップを置いて、手際よく淹れていく。

「……この匂い」

「……」

 ふわりと湯気と共に立ち昇る香りにリノが目を丸くした。

 リノが好きな茶葉の香りであり、またサナンも好きな香りだった。

『やっぱ、紅茶はこれに限るな』

 そういったサナンの無邪気な声がリノの脳裏に響く。

 そんな驚いたふうのリノを見ながら、シオンはなにも言わずにそっとため息をついてカップの一つをリノに手渡した。

「ほんと、あんた何者?」

「べつに。お前に教えることはない。……いずれ、知るだろうから」

 付け足された言葉に首をかしげた。

 いずれとはどういう意味だろうか。

 そう聞こうとした時だった。

「俺も好きだ。この茶葉は」

 ぼそりとつぶやかれた言葉に、リノは湯気の向こうそっぽを向いたシオンを見た。

 シオンはそれ以上なにも言おうとせずに紅茶をすすり、そしてなにかを思いついたようにティースプーンを一つ持ってきて、ジャムの中に突っ込んで紅茶の中に入れた。

「なにを……」

「北の国ではこうやって飲むことがあるそうだ。ベリー系のジャムはまずくなるが、りんごはそこそこいける」

 くるりくるりと優雅な仕草で紅茶をかき混ぜてから口を寄せる。

 イスに座らずに直接床に膝をついているが、それでも気品のある仕草のようだった。

 格好のせいだろうか。

 今まで見てきたシオンの姿のどれよりも貴族らしく、また、様になっていた。

「なんだ?」

「え? いや、なんでもないわよ」

 そう言ってリノは食べかけのパンに口をつけ、時々紅茶をすすって遅い昼食を終わらせた。

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