二章 隠せざる過去
一人の部屋、リノは座って冷たい表情をしたシオンを思い出していた。どうしても、この写真にいる彼と、一致しなかった。
ふと、頭になにかがよぎる。
「……な、に?」
胸に手を当てると心臓が早鐘を打っていることを感じた。
「なんで……?」
腹の奥から湧き上がる恐怖と早まる鼓動に戸惑いながら、リノはベッドに入った。
途端、脳裏に路地裏がフラッシュバックする。
暗い路地裏。
人のすえたにおい。
下卑た笑い。
「いや……」
頭を振ってその映像を振り払おうとする。だが、むしろひどくこびりつく。
腕がずきずきと痛み出す。
強く人に引っ張られたようだった。
目の前で瞬く閃光。
火薬のにおい。
絶望の悲鳴。
「いやぁっ!」
思わず叫び、身体をよじった。
ごんと鈍い音と共に頭を打ちつけて壁にもたれてうずくまる。
「おい!」
叫び声を聞いてか、だれかが入ってくる気配があった。
『消したほうが得策だ』
そんな声が脳裏から降ってくる。
支えようとするその手を振り払って暴れる。
それでもフラッシュバックは続く。
「……ち」
鋭い舌打ちの音。
そして、大きなため息と共に、優しい声が降ってきた。
「リノ」
どこか聞き覚えのある声にぎくりと体が強張る。
「落ち着け」
ぐっと引き寄せられて、しなやかな胸に顔を押し当てる形になる。
カタカタと震えながら頬に伝わるぬくもりに次第に気持ちが落ち着いていく。
見開いた目をそっと大きくて冷たい手が覆う。
「……」
横抱きにされるような形のまま、カタカタと震えているリノがだんだん落ち着いていく。
そして、ふっと肩から力を抜いたのを見て、駆けつけたシオンが覆っていた手を離す。
「……まったく」
リノは目を閉じてくたりと体を預けたまま眠ってしまっていた。
不機嫌そうな顔をしたシオンは、リノをベッドに寝かせて、乱れた髪を整えるようにして、そして、その前髪を握るようにくしゃりと撫でた。
「……」
その寝顔を見ながら、シオンはベッドの上に屈んだままの姿勢で、どこか切なそうな、なにかをこらえているような顔をした。
そして、ふっと入り口に人の気配が現れたことを感じて、姿勢を直して手を離し扉に立つ。
「さすがに慣れてるっすね。オレじゃこんなすんなりといきませんぜ?」
「お前と一緒にすんな」
「さすが、全世界の女の子の味方、ですね?」
「……なにが世界だ」
「あれ? 全国でしたっけ?」
「……」
ぷいと顔を背けて反応したシオンは不機嫌そうにしながら、シルヴを押しのけて外にでようとした。
「また、そうやって逃げるっすか?」
「お前には関係ないことだ」
「それでも巻き込まれた時点で関係はあります」
「……まだ早い。まだ早いんだよ」
「シオンと口にできるようになったのに?」
厳しい追及の声にシオンはなにも言うこともなく、シルヴの脇を通って自分にあてがわれた部屋の中に戻っていった。
その背中を横目で見送ってシルヴは一つ、大きなため息をついて目を伏せた。
そして、リノの部屋の扉を閉めて自分の仕事を片付けるために地上へ戻っていった。




