二章 隠せざる過去
「サナ……さま」
つぶやきながらふっと目を覚ますと、見慣れない天井。
「え?」
「起きましたか?」
やわらかい男性の声。
リノは身体を起こして辺りを見回すと、ランプを持ったテオが立っていた。
「……ここは?」
「シルヴの家です。具合は?」
「大丈夫よ。……?」
「ヒステリーみたいなの起こして、意識を失わせて運びました。ご無礼をお許しください」
「……」
まったく覚えのないことを言われて反応に困っていると、ちょうどよく扉がノックされた。
「テオ」
低い声。
びくりと身体を震わせたリノを見て、困ったように眉を寄せたテオは、声にはそれをにじませずに扉を振り返った。
「あ、先輩。起きて平気なんですか?」
「話がある」
「お嬢様にですか?」
「バカ言え」
にやりと切り返したテオの言葉を叩き落して、扉の向こうにいるらしいシオンは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「上にいる」
「あ、じゃあ、シルヴに飯もってこいって伝えてもらえますか?」
「ああ」
シオンの声が遠ざかる。
「お嬢様?」
テオの不思議そうな声にはっとすると、カタカタと自分の手が震えているのに気づき、リノは強張った顔に薄く笑みを乗せた。
「大丈夫よ。話し合いがあるんじゃないの? 行きなさいよ」
その声に、テオはなにか言いたげに眉を寄せて口を開いたが、なにも言わずにため息をついた。そして、失礼しますとだけ言って部屋の外に出ていった。
その背を見送るとほぼ入れ違いにシルヴが入ってきた。
「やっとお目覚めになったっすね。お加減は?」
人懐っこく笑った彼に、リノは鼻をくすぐる香りに表情を緩ませてうなずいた。
「そこまで悪くないわ」
「そうっすか。お口にあるかわからないっすけど」
そう差し出されたのはまともな食材を使ったと見える、色とりどりの具が入ったリゾットだった。
「これは……」
「中佐にすこしレシピを聞いて作ったんすよ。味見したら結構うまいんでね、さ、どうぞ」
そういうとシルヴは一礼をして部屋をでていく。
「……これ」
いつも風邪を引いたときに兄が侍女に作らせていたリゾットだった。
恐る恐る口に運んでみると、若干味が薄いものの野菜の甘みが生きた温かい味がした。
急に涙がぼろぼろとこぼれだした。
「……」
夢中でそれを食べて、平らげて、トレーを抱えたまま、涙を流したままリノは嗚咽をかみ締めていた。
「なんでよ」
いらだたしげにつぶやいた声は石造りの地下室に響いていく。
「なんでっ!」
そう言ってうつむく。
ぽたぽたと涙が皿の中に入っていく。
しばらくそうしていると、かび臭い部屋の中に乾いたノックの音が響いた。
「はい」
「入ってよろしいですか?」
テオの柔らかな声。
慌てて涙をぬぐってトレーを袖机に置くとうなずいた。
「良いよ」
「失礼します」
そう言ってテオはやわらかく微笑んだまま部屋の中に入り、扉を閉めた。
「今まで、お泣きになられたんです?」
「え?」
目じりが赤いですよと優しく告げられて両手を顔に当てたリノはうつむいた。
「恥ずかしがることではありませんよ。だれだって、こんなことになれば涙の一つや二つこぼしますよ」
「慰め?」
「いや、真実です。これは、貴族でも庶民でもかわりませんよ。命を狙われ、また、殺しの現場を見せつけられたら」
あきれたようなテオの声に顔を上げると、テオはふっと息をつきながら額に指を当ててそっぽを向いていた。
「うかつでしたよ。やっぱり二人きりにするんじゃなかった。……事情を根掘り葉掘り聞き、滔々と諭しましたから」
路地裏のようなことはなくなりますよといいながらテオは本当に悩んでいるようだった。
「そんな状態なのに、オレをあっち行けこっち行けっていって……」




