二章 隠せざる過去
「……シルがくるまで暇ですね」
「うん」
「サナンさまの昔話でもしましょうか?」
「え?」
ぱっとテオのほうに顔を向けると、テオは優しく微笑んでいた。
「軍人の中じゃあの人の活躍は伝説ですからねえ。よく知ってますよ」
「ほんと?」
うれしそうな声にテオはリノの頭をなだめるように撫でた。
「ええ。本当ですよ。じゃあ、手始めに、訓練生だったときに、けんかを吹っかけてきた上官、それも教官をムショ送りにした話でもしましょうか」
笑いながらそういって、語り始めたテオの話に飽きることなくリノは相槌を打ち、楽しげに聞いていた。
「本当にお好きなんですね」
「ええ。あの人が婚約者ってことが誇らしいわ。でも、もう五年は会ってないけど」
顔を伏せたリノに、テオは気遣うように首をかしげてその肩に手を回した。
「大丈夫です。とりあえずは生きてますから」
「本当?」
その声は思いのほかか細かった。
「ええ。本当です。でも、戦争でいろいろ失いまして、心に傷を負っているのです」
無意識にリノを引き寄せながらテオがそう聞かせた。
「失う?」
「ええ。一度で失うには大きすぎるものを、ね。詳しくは俺からは告げられませんが、そんな辛い思いをして、でも、女の人の前では男はそういうのは見せたくないんです」
「え?」
「強がるには強がり切れないから、あなたの元に帰れないんです。笑顔でただいまといえないんです」
事情をよく知っているらしいテオが深い声でそう続ける。
辺りはとても静かで、ひんやりとした風が、炎で暖められた空気をさらっていく。
「だから、もうしばらくお待ちくださいね。あなたがとても心配していたと、今度会ったら、伝えておきます」
「会ったの?」
「ええ。あの人もそんな霞を食って生きるような人じゃないんで、最低限の人付き合いをして、あとはほっつき歩いてますよ」
「じゃあ、このままいったら、会えるかもしれないの?」
「うーん、どうでしょうかねえ。あの人は神出鬼没ですから」
苦笑気味にいわれた言葉でも、リノは表情や声も明るくさせてテオを見る。
「会えたら、いいですね」
「うん!」
こっくりと頷いて言われた言葉にテオは優しく微笑みながらその髪を撫でた。
「と、話している間にシルが帰ってきたようですね」
「旦那は?」
「裏でタバコ」
「ああ、そうっすか。じゃ、先、食べててください」
ことことと音を立てている鍋にお玉を入れて、毛布と一緒に持ってきたらしい木の器にシチューを盛り、白パンとスプーンを突っ込んでリノとテオに渡す。
最後、残ったシチューを全て盛ると、パンとスプーンを盛ってシオンが消えたほうの闇に消えていった。
「さ、どうぞ」
頷いてリノが一口口に含む。
「おいしい」
テオを見上げながらそういうと、テオは笑いながら頷く。
「料理はうまい奴ですからね」
崩れかけた石壁の向こうから低い話し声が漏れてくる。
それに耳を傾けながらテオは久々のまともなご飯を頬張っていた。
そして、あっという間に木の器の中身はなくなり、殻の器をシルヴが回収して、家に帰っていった。
「明朝日の出に出発だ。そこの荷物は寝てたら背負ってくぞ」
「了解」
テオにもたれかかりながら温かくてうとうとしているリノに毛布をかぶせながらテオが頷く。
その様子にシオンが皮肉気に薄い唇の端を釣り上げた。
「すっかりなつかれたな」
座りながらそういったシオンが、ボトルに入れてある酒に手を伸ばして一口煽る。
「バカ言わないでください。こうでもしなきゃ成り立たなくさせたのはあなたなんですからね」
後ろに倒れていかないように背中に手を回して支えながらテオがそういう。
「お前も休んでおけ。俺はしばらく火を見ている」
「了解です」
テオはそういうと、膝にリノの頭を乗せて、座りながら肩に毛布をかけ目を閉じた。
「……」
一気に眠ってしまった二人をシオンがなにか感情をはらんだ目で見つめていた。




