一章:裏切りと誠実の境界
「……おい、ガキ」
シオンの低い声。
リノはテオから目をそらしてきっと背中を向けるシオンを見た。
「ガキじゃない。リノよ」
この場においてもそれを気にするリノに、シオンは鼻を鳴らして、ちらりとヴェルフを見る。
「……しらねえよ、令嬢風情が。……どうする? ヤルか?」
肩の痛みにもだえているヴェルフを指してシオンが首をかしげる。
「やるって……」
「殺さない程度に痛めつけて軍に渡すか、あらぬことをしゃべらぬように始末するか。俺は、始末したい」
ぱちくりと目を瞬かせたリノの様子に、シオンは銃を突きつけながら、深くため息をついた。
「……もういい」
あきらめた言葉に、シオンは撃鉄を起こして照準を合わせた。
「お嬢……」
ヴェルフのすがるような目に、リノは、はっと胸に隠したナイフを思い出した。
「ご令嬢?」
テオの不思議そうな声を聞かずに、リノは懐に手を伸ばしてさっとそれを引き抜いて、そのままシオンの腰に刺そうと体当たりをした。
だが、テオにとめられてしまった。
「まったく……」
リノを受け止めたテオは深くため息をついて、リノを見下ろした。
シオンが振り返らずに口を開く。
「無事か?」
「腕一本」
「よくやった」
二人の会話にリノは震える手をナイフから離した。
ナイフの刃をテオの腕が受け止めて、刃先がシオンの服に届くか否かというところで止まっていた。
「……こんなもの、どこから」
あきれたようにいいながら、腕に刺さったままのナイフを慎重に抜いて、そのナイフを持った。
ヴェルフの体が跳ねる。
不意に立ち上がってリノに照準を合わせて引き金を引く。
その瞬間、彼の体にテオがナイフを投げ、リノを狙った弾がリノの頬を掠めて通った。
「ぐっ」
無事な肩もテオに投げられたナイフによって貫かれ、低くうめいたヴェルフに冷ややかにシオンが告げる。
「けが人だからといって侮られては困る。仮にも俺の補佐官だ」
「買いかぶりすぎです」
「……そうか?」
そんなことをポツリと言いながら、シオンはもう一度ヴェルフに照準を合わせる。
「おい、ガキ」
「……ガキじゃ」
「やるぞ」
間髪入れずに言われた言葉にシオンを見上げた。
シオンは広い背中を見せつけながら、それ以上なにも言わずに、左手に持った銃をヴェルフに向けていた。
リノの頬から血が一筋伝う。
「いいな?」
念を押されるように言われた言葉にリノはなにも言えずにシオンを見上げていた。
「……もういい。恨むなら俺を恨め」
そう言った直後銃声が辺りに響き渡った。
無造作に引かれた引き金と、放たれた銃弾。ヴェルフの頭を突き抜けて乾いた闇の地面に消える。
「え」
ヴェルフがびくりと痙攣してばたりと倒れ絶命したのを見て、リノは目を見開いてその姿を見ていた。
「人を殺そうとするのはこういうことだ」
死体を一瞥してからシオンが振り返って、止血をしているテオの腕を取って、荷物の中からガーゼと塗り薬が入った入れ物を取り出して処置をはじめた。
「すんません」
「よくやった。だから後ろを任せられる」
「いえ、もったいない言葉です」
テオが小さく頭を下げる。
止血と手当てが終わった腕を具合を確かめるように動かしたテオに、シオンが視線だけで問いかけた。
「平気です。痛みさえ消えればいけます」
「なら幸いだ。これで神経傷つけて動かないと言われたらフィルの所に送らなければならなくなる」
シオンのため息混じりの言葉にテオが肩をすくめる。




