一章:裏切りと誠実の境界
ヴェルフは、なにも言おうともせずにただ、テオをにらみつけていた。
「やはり、始末しておくべきだったか」
「残念。いまさら気づいても遅い」
テオの言葉にヴェルフは、撃たれていない手に銃を持ちテオとリノに照準を合わせた。
「……よけたら令嬢の命はない」
その言葉にテオは静かに笑っていた。
不適なテオの表情を見ながらも、リノはへたりと腰を抜かしていた。
「どういう……? だって、ヴェルフは」
「……その書類を見れば、お嬢様が十のときから、つまり、八年勤め上げてのこれですか。そんなに金は蜜ですか?」
テオの言葉にヴェルフは表情なくテオを見返した。
「金は蜜? まさか」
「では権威」
静かな問答にヴェルフは撃鉄を起こしてすっと目を細めた。
「くだらない俗世に縛られるカスの配下は腐れ外道だったわけだ」
すべてが見えているテオが畳み掛けるようにそういう。
その言葉にヴェルフの表情が一転して引きつった。
「貴様らがあのお方をカスと?」
「ああ。カスだな」
うなずいたテオにヴェルフは震えはじめた手でテオを撃つ。
照準はずれてテオの肩の肉をえぐってリノの頭上を掠める。
「あのお方は、あのお方は……!」
「本性でたな」
いきなり声を張り上げてなにかをわめきはじめたヴェルフにポツリと冷静な低い声。
闇の彼方から聞こえたその声、シオンの声が聞こえなかったようにヴェルフはなにかをわめきは続けている。
「貴様らなどに侮辱されるようなっ!」
「侮辱? 蔑んでいるだけだよ」
テオが火に油を注ぐようなことをしれっという。
「あのお方は、あのお方は、あのお方の崇高な信念に基づき……」
「ヴェルフ……?」
リノの怯えきったつぶやきが、様子を見守っているテオとシオンの耳に届く。
「なんで……?」
泣きそうな声に、テオがそっとため息をついて、ヴェルフの動向に注意を払いながらリノの隣に膝をついた。
「彼は、最初から君の味方などではなかったのだろう」
「でも、でも……」
「最初から、これは計画されていた。八年も前から、君の信用を得てあるところに連れ去る。そんなことを考えて彼は君の隣に……」
テオの声がヴェルフの絶叫にかき消された。
「黙ってしゃべらせておけば、なにを気色悪いことを」
闇から這い出るように出てきたのはシオン。
ヴェルフの背後から近づいて肩口に短剣を刺したらしい。
「うるさいうるさいうるさい!」
「うるせーのはどっちだ」
むっとしたシオンの声。
リノは、現れた二人の旅人の姿に首をかしげた。
「なんで……」
「しいて言うのであれば、ただの勘ですね」
「え?」
「君の執事が来たというところで、恐ろしくタイミングがよすぎた。軍のたたき上げの俺たちにゃ、くさすぎたんですよ」
そういいながらテオがリノを支えるように肩に手を回す。
「乗りかかった船です。スウェリア侯爵領、そこまでいけなかったのであれば、王都に駐留するスウェリア侯爵家のもの、もしくは、ヴィストラート公爵家のものに引き渡します。……それまでのあいだ、俺たちがあなたの守り手に」
ぐっとリノを抱きしめてテオがそう言って静かに笑う。
「信用できないと言われても仕方ありません。ですが、私たちは、ヴェルフさん曰くあのお方の対抗勢力ですから」
伏せられた名前に首をかしげてリノはテオをまっすぐと見た。
「嘘だと思うのであればそれでいいです。いくら言葉を並べても、真実を言っているかはわかりませんね」
まっすぐ見返すテオの瞳には真摯な光がある。




