一章:裏切りと誠実の境界
これは列車のときと同じだ。
「……あなたたちは何者?」
そう思った途端、口に出たのは問いだった。
震える声が腹に消えて強い声音が出てきた。
「……、さあな。俺も雇われの身であるからわからんが、……貴族のいざこざだな」
案外はっきりとこたえる男に、リノはそっとため息をついて自分の周りを囲んでいる男達を見た。
「無理だぜ? 逃げようなんざ。なんせ俺たちは先の戦争で傭兵やってた、戦争屋の一味だからな」
肩をすくめてそういう男にリノは目を伏せて黙った。
「……さ、ここまでだ」
その言葉と共に不安が膨れ上がる。
目の前に見えるのはプラチナブロンドの髪。
「……はじめまして、スウェリア侯爵家令嬢、リノ様」
礼儀正しくそういう声音はひどく冷たく、硬い。
ひんやりとした手に手を握られてそのままかさついた唇に指先を口付けられた。
「何者?」
不安と恐怖をこらえながら搾り出した声はかすれていた。
手は離されて、リノの前に立っていた男は、一歩、リノに近づいた。
「……グイードと、申します。ミルフォード男爵の養子の長男にございます」
冴えた闇が月明かりに照らされる。
白金の髪は月光にきらめき、鋭く甘さのない整った顔がぼんやりと浮き上がる。
「男爵家が侯爵家になんの用?」
「お迎えに上がりました」
棒読みのその言葉にリノが一歩下がると、かちゃりと撃鉄が降ろされる音が、頭のすぐ側に響いた。
「……」
振り返ると、見慣れた姿がそこにはあった。
「ヴェルフ……?」
「……さあ、乗ってください。お嬢様」
いつの間にか正面にいた、プラチナブロンドの髪を肩まで伸ばした男の後ろには、漆黒の、まるで罪人を護送するような重たい造りの馬車が止まっていた。
「どこに行くつもり?」
「どこ……ですか?」
ヴェルフがふっと笑ってグイードに目配せをする。
「男爵家にです。公爵家次男坊は消える」
「サナン様は……」
「では、サナンがどこに行ったか、あなた様は知っているのですか?」
静かなグイードの言葉に、リノは言う言葉に詰まってきっと彼をにらみつけた。
「……さあ」
グイードは手を指し伸ばしてリノの目を、明るい茶色の目をまっすぐ見た。
「お嬢様?」
ヴェルフが首をかしげる気配。
「……」
リノはなにも言わずに目を伏せ、そして、グイードの湖水を思わせる水色の瞳をにらんだ。
その瞳の強さにグイードが一瞬たじろぐ。
瞬間、空気がざわりと動き、視界の端にポツリと閃光が走った。
遅れて聞こえる銃声。
「ぐっ」
ヴェルフの声と共に、リノの足元にナイフが刺さる。
グイードが飛び退って銃声のした方向をにらみつけて舌打ちし、そして、後ろに控えていた馬車に乗り込んでどこかに逃げていってしまった。
「だれだっ!」
ヴェルフの鋭い叫びに、リノの隣にだれかが降り立つ。
「……おけがはございませんか?」
穏やかな声。
見上げるとそこにはテオが立っていた。
「行ったんじゃ」
「……すいません。騙しました。簡単に言うと、おとりになってもらったんです。だれが関係しているかどうか。これですっきりしました」
テオはそういいながら片手にナイフを構えてヴェルフを見て笑う。
「それに、面白いものを見させてもらいました。……執事の分際に主人に手を出そうなど、知能の低い」
軽い口調にこめられた軽蔑の響きにヴェルフは笑み返して首をかしげた。
「手を? はて、一体どんな話やら?」
そういうヴェルフに、テオはすっと目を細めて打ち抜かれた銃をちらりと見て、眉を寄せた。
「あなたのことを調べさせていただきました。すこし、顔に見覚えがあったのでね」
そう言ってテオは持っていた荷物から、何枚かの紙を取り出して放り投げた。
「……」
ヴェルフがそれを受け取り、目を通し、次の瞬間には憎悪の目で見たのを見て、テオはにやりと笑って腰を落とした。
「ね? だからどこかで見たことがあると思ったんだ、ヴェルフ・アレクサンドリア・ルーバス中尉」
「え」
リノがはっと目を瞠って、テオとヴェルフを見ていた。




