一章:裏切りと誠実の境界
翌日、シオンのいない朝食を済ませたリノはシャワーを浴びて身だしなみを整えていた。
「お嬢」
濡れた髪を拭きながらシャワールームから部屋に入ると、ヴェルフが上に羽織る服を持ちながら立っていた。
「さ」
慣れた様子でリノに着させたヴェルフはさっぱりとしたリノの顔にふっと笑ってそっと口を開いた。
「実は、シオン様やテオ様が所用によって領地へ向かえないということになりました」
「……ということは?」
「私とお嬢で領地に向かいます。そして、機会があればお二方にお礼を……」
「じゃあ、今すぐにでも出られるの?」
「いえ。馬車は夕暮れに来ます……」
「ヴェルフさん」
やわらかいテオの声。
ヴェルフはリノに一礼をしてから扉を開けると、申し訳なさそうなテオとそっぽを向いているシオンがそこに立っていた。
「もうそろそろ出るので。……お世話になりました」
「いえ、それはこちらのほうです。お嬢様を……ありがとうございました」
深々と頭を下げるヴェルフにテオはふるふると首を横に振り、シオンはなにも言わずにただその姿を見下ろしていた。
「……行くぞ」
「はい」
シオンがそう声をかけてテオがあとに続く。
ちらりとシオンの鋭い目線がリノを射抜き、そしてそらされ外へ向く。
「……」
ふと見えたシオンの表情は、どこかあきらめの混じった顔だった。
「後日、またお伺いします」
「いえ、お気になされずに。俺たちは、身なりからわかるように旅人。私たちの居場所を突き止めるのはとても難しいでしょう。ですから……、一宿一飯でこの借りはなしということで?」
そういいながらテオが立ち去る。
シオンの黒い姿はもう見えない。
「行ってしまいましたね」
「……そうね。せいぜいしたわ」
そういってリノは窓辺によってちらりと下を見る。
シオンとテオがなにかをしゃべりながら歩いていくところだった。
ふっとまたシオンと目が合う。
シオンはすぐに目をそらして前を見て目を細めた。
その先にあったのは、シックなデザインの馬車。
「ヴェルフ、あの馬車……」
「予想より早かったようですね。ですが御者も朝から飛ばして来たのです。食事の時間をお与えになったらどうでしょう?」
「そうね。食事と、休憩を入れたら行きましょう」
「はい」
うなずいたヴェルフが部屋から出て、ついたばかりの御者に指示を出す。
ふっともう一度シオンがいた辺りに目を向けると、シオンはこちらを見上げて、冷たさとは違う、どこか力強い目をしていた。
そして、数時間後。
迎えに来た御者の一休みも、馬の休みも終わり、リノは馬車に乗り込んだ。
日暮れは早いもので、夕闇が深く町を飲み込もうとしている。
「いつぐらいにつく?」
「翌朝にはつくでしょう。それまでお休みになられては?」
「そうするわ」
毛布を受け取ったリノはそれに包まって壁に身体を預けて力を抜いた。
トロットで走る振動が心地よく身体をゆすり、リノはすぐに眠ってしまっていた。
だが、その眠りもすぐに妨げられた。
激しい音と共に馬車は止まって扉が開け放たれた。
馬のいななきは遠くに聞こえ、御者などの見知った人の姿はなかった。
「……スウェリア侯爵家令嬢殿、こちらに来てもらおうか」
そんなどすの利いた声にリノは動けずに毛布に包まったまま固まっていた。
だが、じれたように扉の向こうから太い男の腕が伸びリノの細腕をつかみ、馬車から引きずり出した。
「この、無礼者」
「自分の立場を見てみようか」
リノと頭二つ分ぐらい違う男はそう言ってリノの周りを指した。
「え」
リノの周りには武装した男の集団。
「どういう……」
「おとなしくついて来てもらおうか」
そういった大男はリノの腕を引っ張って立ち上がらせると暗い夜道を歩き出した。
「……」
リノは恐怖で叫びだしそうになるのをこらえながら状況を把握した。




