第九話:最上位女神、地上に舞い降りる 〜新米冒険者スリーグレイスと『スライム5時間事件』〜
「……いい? 二人とも、これから下界のチート勇者パーティーに接触するにあたって、絶対に忘れてはならない『最大の脅威』があるわ」
ヤクート天空神殿の楽屋――改め、下界降臨前の作戦本部。
VALKANOR製の泥ヴィンテージ加工を施した新米ローブに身を包み、ポーションホルダーをジャラジャラ言わせたヘレナが、重々しく指を立てた。
「……アユミとレイのことですか?」
野営用の黒ずんだ鉄鍋を背中に担ぎ直しながら、クララが問う。
「甘いわクララ! あの二人は物理演算を殴って破る脳筋と、何でもかんでも『神の愛』に変換する過剰深読みバカよ! IQ的に騙すのは赤子の手をひねるより簡単よ!」
ヘレナはバンッと机を叩き、鋭い眼光で二人を見つめた。
「一番警戒すべきは――治癒術士のユナよ!」
「「……!」」
「あのサピエンスは怪我を瞬時に全回復させるチート能力を持っている上、観察眼と『鑑定スキル』に長けているわ。もし私たちのステータスを見破られたり、少しでも『女神の神気』を感じ取られたら一発でアウトよ! 完璧な新米になりすまして遠回りルートへハメる前に、まずはユナの警戒を完全に解除しなければならないの!」
「なるほど……さすがはヘレナ様。敵の戦力を冷徹に分析しておられます」
安物の水晶ペンダント(※地上ファンクラブ用高画質配信端末)を胸元で弄りながら、エルサが感嘆の息を漏らす。
「ふふん! そこでよ! 私たちが勇者パーティと接触した瞬間、ユナの鑑定と疑念を完璧に打ち砕く『究極のポンコツ口実』を用意したわ!」
ヘレナはドヤ顔で胸を張り、完璧なシナリオを言い放った。
『冒険者ギルドで凄腕のパーティー(あなたたち)がいると聞いて追いかけてきたんです! ですが、途中でスライムが出てきて、撒くのに5時間かかりました!』
「……スライムを、5時間ですか?」
クララが呆然と口を開く。
「そうよ! 直接攻撃魔法が使えない私たちの『防御特化ステータス』を逆手に取るの! 『スライム相手に攻撃が通らず、ひたすら防御を貼り続けて5時間逃げ惑った』という実績を出せば、ユナは『あ、こいつら本当に攻撃力ゼロのポンコツ新米なんだ』って確信するはずよ! 完璧じゃない!?」
「……観測データ的にも、新米冒険者のポンコツエピソードとしては100点満点です。完全に警戒度がゼロになります」
エルサも納得の頷きを見せた。
「よし! 行くわよ二人とも! ターゲットはヤクートへ向かう街道上のレイたち! ポンコツ新米パーティーの降臨よ――!!」
◇
【地上界・ヤクート街道】
「レイ、前方に反応! 美しい三人の女性冒険者が……怪我はありませんが、ひどく疲疲した様子でこちらへ向かってきます!」
大剣を構えたアユミが警戒の声を上げる。
街道の先から、泥のついたローブを揺らし、息を荒らせながら走ってくる見知らぬ三人の少女――ヘレナ、クララ、エルサの姿があった。
「はぁ、はぁ……っ! た、助かりました……っ!」
ヘレナは演技力全開で涙目を浮かべ、縋りつくようにレイたちの前に膝をついた。
「あなたたちは……! 冒険者ギルドで『凄腕のパーティーがヤクートに向かった』って噂を聞いて、どうしても追いつきたくて追っかけてきたんです……!」
「俺たちを……? でも君たち、一体どうしてそんなにボロボロなんだ?」
レイが優しく手を差し伸べると、ヘレナはドヤ顔になりかけるのを必死に抑え、事前の口実を口にした。
「それが……道中で低級のスライムが一匹現れまして……。私たち、防御魔法しか使えない未熟者なので倒すこともできず……撒くのに5時間もかかってしまったんです……っ!」
「……え?」
治癒術士のユナが目を丸くし、即座に秘密裏に『鑑定スキル』を発動させた。
(……ウソでしょ!? ステータスを見ても、本当に攻撃力が【1】しかない……!? 防御力と耐久値だけが無駄に高くて、攻撃手段が皆無……! スライムの酸を5時間防御障壁で耐え続けながら逃げてきたってこと!? 本物の……本物の超ポンコツ新米じゃない!!)
ユナの顔から警戒の色が完全に消え去り、深い同情とあきれ顔に変わった。
(ふふん! かかったわねユナ! これで私たちは『守ってあげなきゃいけない新米』として同行権を獲得――)
ヘレナが心の中で勝利の笑みを浮かべた、その時だった。
「……素晴らしい」
静かに呟いたのは、剣士アユミだった。
アユミは激しい感動に体を震わせ、ヘレナの手を両手で強く握りしめた。
「な、なに……!?」
「最弱のモンスターであるスライムの酸を浴び続けながら、5時間もの間、一瞬の隙も作らず防御障壁を維持し続けた……! それは単なる逃走ではないわ! 『極限状態における魔力精密制御と体幹の超絶鍛錬』よ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「レイ、ユナ、理解できたわね!? 彼女たちは名乗る必要すら感じさせない本物の求道者……! 自らに苛烈な制限(防御のみ)を課し、5時間もの長きにわたって基礎修行を怠らない鍛錬の鬼よ!!」
「なるほど……!」
レイも納得したように深く頷いた。
「俺たちに追いつくために、そこまでの過酷な試練を自分に課していたなんて……! 名も知らぬ君たちから、俺たちこそ不屈の精神を学ばせてもらうよ! ぜひ一緒に旅をさせてほしい!」
「……え? あ、いや……あの……攻撃力を教えてほしいっていうか……」
ヘレナが困惑で涙目になる横で、ユナが温かい笑顔でポーションを差し出した。
「ふふ、名前もまだ聞いてなかったね。でもまずは、5時間もスライムと戦って疲れたでしょ? この特製ハーブティーを飲んで休んでね」
「あ、ありがとう……サピエンス……(なんで名前も名乗ってないのに勝手に感動して同行許可出てるのよぉおおおおおっ!?)」
こうして、ヘレナ達は自己紹介すらままならないまま、勇者パーティからの絶大な尊敬と甘やかしを受け、波乱の同行生活を開始するのであった。
(第十話に続く)




