第二十一話:『中間地点の温泉宿! 〜サピエンスの混浴勧誘と、ボディーライン格差に泣く女神様〜』
南洋セクターでの激闘と邪眼魔神バロールの再封印を終えた一行は、次なる古代厄災が待つ極寒の北方霊峰を目指し、大陸縦断の過酷な街道を北上していた。
照りつける潮風の熱気と荒涼とした岩肌がようやく途切れ、清らかな渓流と湯煙が立ち上る山あいの宿場町――『湯煙の関所・翠緑亭』が見えてきた頃、勇者レイが足を止め、爽やかな笑みを浮かべて全員を振り返った。
「みんな、長旅本当にお疲れ様! 南洋からここまで不眠不休で進んできたけれど、北方霊峰の過酷な寒さに挑む前に、この名物の天然温泉宿で一泊して英気を養っていこう!」
「大賛成だわ、レイ!」
愛用の鉄くず長剣を肩に担ぎ、剣士アユミが満面の笑みで同意する。
「バロール戦で凝り固まった筋肉を極上の湯でほぐせば、私の物理切断の初速もさらに研ぎ澄まされるはずよ!」
「私も賛成です!」 聖杖を下ろした治癒天使ユナも目を輝かせた。「源泉に含まれる天然ミネラルを浴びれば、細胞活性化バフの基礎値も跳ね上がりますから!」
制服チート組の二人も、安堵の息を吐き出す。
「……ありがたい提案です。このVALKANOR製神聖セーラー服、完全撥水とはいえ連戦の瘴気を一度清らかな湯でリセットしたかったところでした」
「アヤノ様、宿の帳簿および周辺設備の安全確認、完了いたしました。今夜は魔導の暴発による器物破損の心配もございません」
全員が温泉宿の暖簾をくぐり、極上の癒やしに胸を躍らせる中――ただ一人、泥加工の初心者用ローブを目深に被った最上位女神ヘレナだけは、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
いつもなら、
(ふふん! 温泉のお湯を全部マグマ並みの激熱熱湯にすり替えて、サピエンスどもを茹でダコにしてギャフンと言わせてやるわ!)
などと悪魔的なドヤ顔で嫌がらせを企むはずのヘレナ。
だが、今の彼女からはそんな覇気は微塵も感じられず、まるでこの世の終わりのような陰鬱なオーラを全身から漂わせていた。
「……あ、あのね……」
消え入りそうな声で、ヘレナはおずおずと手を挙げた。
「わ、わたし……大浴場には行かないわ。自室についてる、ちっちゃい個室のお風呂で……一人でひっそり入るから……」
「えぇっ!? どうしてよヘレナちゃん!」
即座に食いついたのはアユミだった。
「ここの目玉は、渓谷を一望できる巨大な天然大露天風呂なのよ!? せっかくみんなで過酷な戦いを乗り越えたんだから、女子みんなで一緒に入って背中を流し合いましょうよ!」
「そうですよ、ヘレナさん!」 アヤノも無邪気に歩み寄る。「旅路での労をねぎらい、戦術の反省会を兼ねて語り合う絶好の機会です!」
「ヘレナちゃんの華奢な身体、長旅で痛んでないか私が念入りにチェックしてマッサージしてあげる!」 ユナが満面の笑みで抱きつこうと腕を広げる。
「だ、ダメぇぇぇぇぇっ! 絶対ダメ! 一緒に入るなんて天地がひっくり返ってもあり得ないんだからぁぁぁっ!!」
ヘレナは悲鳴を上げて飛び退き、割り振られた客間の奥へと脱兎の如く逃げ込み、襖をピシャリと閉めて鍵をかけてしまった。
「……ヘレナちゃん? 一体どうしちゃったのかしら……」
首を傾げて心配そうに顔を見合わせる女子サピエンスたち。
その部屋の前に、護衛と給仕を担う二人の上位女神――クララとエルサが、音もなく立ちはだかった。
「皆々様、ヘレナ様は……その、先代勇者の血筋特有の、極めて高次元な瞑想に入られるご予定でして……!」
クララが引き攣った笑みを浮かべ、冷や汗を拭いながら深々と頭を下げる。
「大浴場への同行は、丁重にお断り申し上げます! どうぞ皆様だけでごゆっくりなさってくださいませ!」
「……観測データによりますと、ヘレナ様を今大浴場へ強制連行した場合、空間の因果律が拒絶反応を起こして宿ごと消滅するリスクがございます。単独での入浴を強く推奨いたします」
エルサの淡々とした、しかし有無を言わせぬ牽制を受け、アユミたちは「瞑想なら邪魔しちゃダメね……!」と納得して大浴場へと引き返していった。
◇
パタン、と襖が閉まり、廊下の足音が遠ざかる。
静まり返った客間の隅――ヘレナは、部屋の隅の薄暗い畳の上で、膝を抱えて小さく丸まり、シクシクと涙を流していた。
「……ふえぇぇぇん……っ! なんでよぉ……なんでなのよぉぉぉ……っ!」
「ヘレナ様……」
クララが駆け寄り、おずおずと背中に手を添える。
「あの……お察しいたします。ヘレナ様がそこまで頑なに大浴場を拒絶された理由……」
「報告です」
エルサが無感情に客間の姿見を指さした。
「……ヤクート天空神殿の最上位女神たるヘレナ様が、下界のサピエンス女子――具体的には、剣の鍛錬で引き締まった出るとこが出ているアユミ、驚異のプロポーションを誇るユナ、さらには王族の英才教育で無駄に発育の良いセーラー服アヤノおよびブレザーシオリに対し……『ボディーライン(スタイル格差)』で完敗しているという残酷な現実を直視したくないから、ですね?」
「そうよぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっっ!!!!」
ヘレナはガバッと顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら絶叫した。
「そこよ! あたしが世界で一番気にしてるところなのよぉぉぉっ!! なんであいつら神でもない単なるサピエンスのくせに、あんなに無駄にスタイル抜群なのよぉーっ!? くびれがあって、胸があって、脚が長くて……あんなの反則じゃないのよぉーっ!!」
ヘレナは畳の上でバタバタと地だたらを踏み、手足を振り回して荒れ狂った。
「見てよこの私の体! 攻撃力1の神の理のせいで、何千年経っても子供体型のまま一切成長しないのよぉーっ! 泥加工のローブを着てたら『ちっちゃくて可愛い新米ちゃん』で誤魔化せるけど、脱いだら一発で公開処刑じゃないの! あいつらと並んで温泉なんて入ったら、『あらヘレナちゃん、子供みたいで可愛い〜』とか言われて憐れみの目で見られるに決まってるわぁぁぁっ! そんなの死んでも耐えられないぃぃぃぃっ!!」
「ヘ、ヘレナ様、落ち着いてください……!」
クララが慌てて安物の湯呑みに『ソルティ・ルミナス』を溶かした特製ホットドリンクを差し出す。
「ヘレナ様の可憐さは宇宙一です! 出るところが出ていなくとも、その均整の取れた神聖なるシルフィード・ラインこそが至高の美! ほら、ソルティ・ルミナスの高濃度カルシウムを飲んで心を鎮めてくださいませ!」
「慰めになってないわよぉぉぉっ! カルシウム飲んでも発育しないんだから意味ないでしょーがぁぁぁっ!!」
ヘレナが湯呑みを抱えてわんわんと大号泣している、その時だった。
スッと、部屋の隅で安物の水晶ペンダントを掲げていたエルサが、抑揚のない声で呟いた。
「……報告です」
「な、何よエルサ……! 今は取り込み中よ!」
「『サピエンス女子との圧倒的なボディーライン格差に怯え、脱衣による尊厳崩壊を恐れて部屋の隅で涙目で体育座りしながら、地だたらを踏んで大号泣する可憐すぎる最上位女神ヘレナ様』の映像が、下界ファンクラブおよび天空神殿回線へ超高画質で生中継されました」
ピキッ、とヘレナの全身が凍りついた。
「……は?」
「補足します。あまりの愛くるしさと尊さにファンコミュニティが爆発炎上。瞬時に『ヘレナ様牛乳育成ファンド』および『神聖豊胸祈願基金』が設立され、開始5秒で天界銀行のサーバーがパンクするほどの莫大な投げ銭が集金されました」
数秒の沈黙の後――。
ヘレナの顔が、怒りと羞恥で真っ赤に沸騰した。
「誰が生中継しろと言ったのよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!」
ヘレナの鼓膜を破らんばかりの絶叫が、静かな温泉宿の天井を突き抜けた。
「返せ! 私の! 最上位女神としての! 最後のプライドと尊厳を返せぇぇぇぇぇっ!! こんなっ……こんな恥晒しな姿を全世界に晒されるくらいなら……っ!!」
ヘレナは布団を頭から被り、涙目で枕をボコボコに殴りつけながら叫んだ。
「アヤノとシオリに正体バラして、広場でギロチン台に乗せられて『このクソ女神め!』って公開処刑された方が100万倍マシよぉぉぉぉぉぉっ!! え〜〜〜〜〜んっ!!」
ヘレナのあまりに情けなく切実な泣き叫びが、湯煙漂う夜の宿場町に虚しく木霊するのであった。
(第二十二話へ続く)




