第二十二話:『羅刹王の急襲! 〜奪われた神具と、徒手空拳の撤退戦〜』
昨晩の悪夢のような温泉宿を、夜明け前に逃げるように出発した。
湯上がりでツヤッツヤなアユミたちを見るだけで、昨日の「発育格差」がフラッシュバックして胃がキリキリと痛む。
私は初心者用ローブのフードを目深に被り直し、ぎゅっと唇を噛みしめた。
(ふん、いいわよ! あいつらのスタイルなんてどうでもいいわ!
ギルド専属の永久ベーシックインカム特権は手に入ったんだから、路頭に迷う心配はゼロ!
あとは、この極寒の北方霊峰に眠る古代厄災の第三の巨頭【羅刹王インドラジット】の封印をあいつらにパパッと再封印させて……
大宴会のドサクサに紛れて、クララとエルサと天界へ速攻リスケ(逃亡)よ!完璧だわ!)
脳内で完璧な逃走ルートを描き、フードの奥でニヤリとドヤ顔を決めた、その時だった。
――ゴォォォォォォッ!!
突如として、猛吹雪の吹き荒れる霊峰の尾根が、不気味な黒紫の炎に包まれた。
「……ッ!? みんな、止まれ!」
先頭を歩いていたレイが、大剣を抜いて叫ぶ。
烈風を切り裂き、黒炎の中からぬらりと姿を現したのは――四つの屈強な腕に異形の武具を握りしめ、禍々しい角を生やした巨漢の魔神。
古代厄災の第三の巨頭、【羅刹王インドラジット】。
『クハハハハ! 我が眠りを妨げる脆弱なる神の眷属どもめ!
我こそは武芸を極めし羅刹の王! 貴様らの頼る武具など、我が前では赤子の玩具に過ぎん!』
「出たわね、第三の厄災!」
アユミが即座に踏み込み、愛用の鉄くず長剣を一閃させた。
いつもなら、この一撃で物理演算ごと空間が両断されるはず――だった。
「――物理切断・一の太刀!」
『無駄だ!! 我が【武具奪取神権】の前に平伏せよ!』
キィィィィィンッ!!
金属同士がぶつかる音ではない。
インドラジットの四つの腕から放たれた黒い呪縛の糸が、アユミの長剣に巻き付いた瞬間――剣が手元からすっぽりと吸い取られた!
「なっ……長剣が……!?」
「アユミ! 神聖領域展開――!」
アヤノがセーラー服の袖を翻して聖域を張ろうとするが、インドラジットのもう一本の腕が振るわれ、アヤノの神聖杖と、シオリのブレザーの胸元にあった魔導書までが一瞬で強奪される!
「術式伝導ブレザーの理力回路が……強制切断されました……!」
「嘘でしょ!? シオリの魔導書まで奪われるなんて……!」
チート武器を根こそぎ奪われ、アユミたち前衛陣の動きがピタリと止まる。
『ハハハハ! 武器を失ったサピエンスに何ができる! 粉微塵に消し飛べぇぇぇっ!!』
インドラジットが奪い取った長剣と神聖魔導を四本の腕で同時に振り上げ、全方位へ滅びの連撃を放とうと振りかぶった――!
(ちょ、ちょっと待ちなさいよぉぉぉぉぉっ!?)
私の背筋に、氷水を流し込まれたような悪寒が走った。
(武器を奪われただけで棒立ちになってるんじゃないわよ脳筋どもぉーっ!
あいつらがここで全滅したら、誰が大魔王を封印するのよ!?
わたし、神の理で攻撃力1なんだから、あいつらがいなくなったら世界も天界も終わるじゃないのよぉーっ!!)
身バレの恐怖もかなぐり捨て、私は涙目で前線へと飛び出した。
「危ないから下がりなさぁぁぁぁぁぁいっ!!」
――ドッカァァァァァァァァァァァンッ!!!!
四本の腕から放たれた極大の武具連撃が、直撃した。
わたしのちっぽけな身体に。
だが――神の理による【絶対防御】は、神具の連撃すら「そよ風」として処理する。
目に見えない神威障壁がすべての衝撃を完全遮断し、わたしは無傷のまま、ただ反動の風でスカートを押さえて涙目で震えていた。
『な……なにィィィッ!? 我が渾身の四重連撃を、ただの新米魔導士が無傷で受け止めた……だと!?』
インドラジットが目を剥いて仰天する。
そして――背後からは、いつもの「異常な感動の息呑み」が聞こえてきた。
「ヘレナちゃん……っ!」
レイが感極まった瞳でわたしの背中を見つめている。
「武器を奪われて動揺した僕たちを庇うため、自ら攻撃力を持たないか弱い身でありながら、敵の最大連撃をその身一つで受け止めてくれたんだね……っ!」
「ヘレナちゃん……! 武器に頼り切っていた私の未熟さを、身を挺して教えてくれたのね……!
『武器を奪われたなら、己の肉体そのものを刃とせよ』という、神の愛に満ちた無言のレクチャーだわ!!」
(違うわよぉぉぉぉぉっ! ただあんたたちに死なれたら困るから前に出ただけよ!
肉体を刃にしろなんて一言も言ってないでしょーがぁぁぁぁっ!!)
「ユナ、退却の煙幕を!」
「はい! ヘレナちゃんが作ってくれたこの隙……無駄にはしません!」
シュパァァァァッ!
ユナの放った目くらましによって、わたしたちはインドラジットの追撃を振り切り、這々の体で吹雪の岩陰へと一時撤退を果たした。
◇
【北方霊峰・即席の防寒洞窟】
「……ふえぇぇぇん……なんでこうなるのよぉぉぉ……」
洞窟の隅っこで、わたしは膝を抱えて体育座りになり、シクシクと泣いていた。
せっかく温泉宿を出て順調に進むはずだったのに、いきなり武器を奪われて初戦敗退なんて聞いてない。
だが、洞窟の中央では、信じられない光景が繰り広げられていた。
「よし! ヘレナちゃんの教えに従い、武器に頼らない【徒手空拳の極限肉体言語】を習得するぞ!」
「ええ! 私の拳に物理演算エラーの切断属性を乗せれば、素手でも空間ごと敵を殴り倒せるはずよ!」
アユミが凄まじい風切り音を立てて正拳突きを繰り出し、岩肌を粉々に粉砕している。
アヤノとシオリも、制服の袖をまくり上げて筋トレと格闘戦の術式構築に没頭していた。
「皆様、過酷な修行の前に栄養補給です」
クララが甲斐甲斐しく、黒ずんだ鉄鍋から湯気立つスープを配り始める。
「ヘレナ様のお慈悲により、寒冷地特製【ソルティ・ルミナス】仕立ての極上雪嶺鍋にございます! 全身の筋力限界値と骨密度を300%引き上げます!」
「うわぁっ、クララさんのご飯、力がみなぎってくる!」
「アヤノ様、これは細胞レベルで筋繊維が超強化される神のバフ飯です……!」
チート組が目を輝かせてハフハフと鍋を頬張る。
暴力的なまでに美味そうな香りが鼻腔をくすぐり、わたしの涙も秒速で引っ込んだ。
「わ、わたしにもちょうだい! お肉大盛りで!」
ハフハフとお肉を口いっぱいに頬張る。
ん〜っ、やっぱり極寒の山で食べる温かいソルティ・ルミナスは最高ね!
「報告です」
洞窟の影から、水晶ペンダントを構えたエルサが無感情に呟いた。
「『強大な羅刹王の前に仁王立ちして仲間を救い、素手特訓を見守りながらリスのように鍋を頬張る可憐な最上位女神ヘレナ様』の映像がファンクラブへ生中継されました。投げ銭により『ヘレナ様あったか鍋基金』が設立され、目標額を一瞬で完ストしました」
「だから鍋食べてる姿まで全世界に晒すんじゃないわよぉぉぉおおおっ! ……でもお肉が美味しいから、まっ、いっか〜!」
涙目で叫びつつも、わたしは二杯目の鍋を差し出した。
こうして、武器を奪われた一行の、血で血を洗う(?)迷走の徒手格闘修行が幕を開けたのである。
(第二十三話へ続く)




