第二十話:『無一文からの冒険者ギルド! 〜魔恐竜討伐と、ベーシックインカムを要求する女神様〜』
「……いい、みんな? 耳の穴をかっぽじって、よーくお聞きなさい!」
南洋セクターの主要都市『グランド・ポルト』の中央通り。
泥加工を施した初心者用ローブのフードを跳ね上げ、ヘレナは両手を腰に当てて、威厳たっぷりに胸を張った。
目線の先には、ぼったくり宿で貯蓄を失い素寒貧となった勇者パーティ(レイ、アユミ、ユナ)。そして、新作アパレルの予約完売で財布が消滅した元王女アヤノと、損害賠償金の山に埋もれた近衛魔導士シオリが並んでいる。
「私たちは全員揃って、正真正銘の一文無しよ! だからって、冒険者ギルドで日銭稼ぎの単発討伐クエストをこなして『今日も宿代が稼げました〜』なんて泥臭い自転車操業をやるのは……三流のすることよ!」
「……えっ? 三流……?」
レイが目を丸くする。ヘレナは不敵にフッと笑い、完璧なドヤ顔を決めた。
「この最上位女……ゴホン! 先代勇者の血を引く私たちが目指すべきは、単発労働の搾取からの脱却! ギルドと直接交渉して、毎月安定した定期収入が自動で転がり込んでくる仕組み――いわゆる『不労所得』、【冒険者ベーシックインカム】の確立よ!!」
これぞ神の経済チート!
ヘレナの脳内では、すでに完璧なリスケジュールが組まれていた。
(ふふん! 厄災の封印なんて命がけのブラック労働に付き合ってられるもんですか! ギルドに定期収入の権利を認めさせたら、あたしはのんびり下界のスイーツを食べ歩く完全バカンス旅行気分を満喫してやるわ! そして……いつか大魔王をあいつらが勝手に封印して、街中が『祝杯だー!』って湧いてる隙に、クララとエルサと天界へ速攻トンズラよ! ついでに、私が去った後でもこいつらが飢え死にしないよう、サピエンスの世界で生き抜くための金融リテラシーを授けてあげる……ああ、なんて慈愛に満ちた女神様かしら!)
「ヘレナさん……!」
アヤノがセーラー服の胸元を押さえ、感極まったように息を呑んだ。
「なんて崇高な未来予測……! 目先のパンを追うのではなく、持続可能な富の循環構造を構築し、私たちが使命に専念できる環境を整えようとしてくださるのですね……!」
「アヤノ様、これはまさに国家統治レベルの高度な経済政策です……。さすがは先代の叡智……!」
シオリがブレザーの手帳に猛烈な勢いでメモを走らせる。
「その通りよ!」
すかさず剣士アユミが、愛用の鉄くず長剣をガタッと鳴らして割って入った。その瞳には、すでに常軌を逸した「過剰深読み」の猛火が宿っている。
「ヘレナちゃんは、私たちが雑務に追われて剣を鈍らせないよう、生活基盤という名の『精神的絶対結界』を与えようとしてくれているのね! ヘレナちゃんの深い慈愛に応えるためにも、ギルドの最高難度案件を一瞬で片付けて、破格の定期契約を結ばせるわよ!」
(……へ? いや、あたしが働きたくないだけなんだけど?)
ヘレナの頬がピクピクと引き攣る間もなく、一行は冒険者ギルドの大扉を蹴破らんばかりの勢いで突入した。
◇
【グランド・ポルト冒険者ギルド本部】
荒くれ者たちがひしめくギルド内。受付の奥から出てきたギルドマスターは、紙束を叩きつけながら頭を抱えていた。
「おいおい、定期報酬の特級防衛契約を結びたいだと!? 寝言は寝て言え! 今このセクターの陸上交易路は、古代から蘇った生態系の頂点――【魔恐竜】の群れに封鎖されて壊滅寸前なんだぞ!」
「魔恐竜……?」
レイが聞き返すと、ギルドマスターが血走った目で叫ぶ。
「そうだ! テンプレのドラゴンなんぞ目じゃない! 分厚い頭骨で魔法結界を噛み砕き、質量衝撃の咆哮で山を崩す、古生代の生きた災害だ! あいつらの定期巡回ルートを叩き潰して安全を保証できなきゃ、ベーシックインカムどころか街ごと破産だ!」
(ちょっ、ちょっとぉぉぉっ!?)
カウンターの前で、ヘレナの血の気が一瞬で引いた。
(なんでファンタジー定番のドラゴンじゃなくて、化石図鑑から抜け出してきたようなティラノサウルスもどきが街道を封鎖してるのよ!? そんなの絶対無理! 危ないからやめなさぁぁぁいっ!)
「分かりました」
だが、ヘレナが涙目で引き留めるより早く、アユミが爽やかな笑顔で頷いた。
「ヘレナちゃんの提案された『定期間引き防衛契約』、私たちが結びましょう。行きましょう、皆さん!」
「お、おい待ちなさいよぉぉぉーっ!!」
◇
【グランド・ポルト郊外・断崖の街道】
ズゥゥゥゥゥゥン……! ズゥゥゥゥゥゥン……!
大地を揺るがす足音とともに現れたのは、体長三十メートルを超える漆黒の巨獣。鋼鉄の鱗と、山を削り取るような巨大な顎を持つ特級指定魔獣【魔恐竜】であった。
『グォォォォォォォォォォッ!!!!!』
咆哮一発で周囲の木々が吹き飛び、大気が激しく震動する。
「ひえぇぇぇぇぇっ!? ほら見なさい、あんな化け物相手にできるわけないでしょーがぁぁぁっ!」
ヘレナは岩陰に隠れてガタガタと震えながら叫んだ。
「あ、でも待って……? あいつの突進の衝撃波、私が着てるこのVALKANOR製の泥加工ローブ、超高密度衝撃吸収繊維だから……かすり傷一つ負わないわね。ふ、ふーん……性能がいいなら、まっ、いっか〜!」
ヘレナが即座に謎の納得を果たしてドヤ顔を浮かべた、その刹那――。
「アヤノ様、支援座標固定!」
「神聖領域・超重力場展開! 魔恐竜の運動エネルギーを相殺します!」
アヤノのセーラー服から放たれた神聖光が魔恐竜の巨体を地面に縫い止め、
「さらに魔導試験運用式――『極大収束型・貫通蒼炎弾』!」
シオリが放ったブレザー仕込みの超火力が、魔恐竜の外殻を焼き焦がす。
そして――トドメは、あの女だった。
「ヘレナちゃんが勝ち取ってくれる、私たちの未来の平穏のために――」
アユミが静かに長剣を抜き、音もなく跳躍した。
眼下に広がるのは、あらゆる魔法を跳ね返す魔恐竜の超高密度頭骨。だが、アユミの辞書に物理法則の文字は存在しない。
「――物理演算エラー・骨格構造両断!!」
ズバッッッッッッッッッ!!!!
冗談のような切断音。
次の瞬間、山ほどの巨体を誇っていた魔恐竜の頭骨が、豆腐のように真っ二つに両断され、大地へと崩落した。
「「「………………」」」
街道に訪れる静寂。
同行していたギルドの査定員たちが、腰を抜かして泡を吹いていた。
「す、すげぇ……あの魔恐竜を一撃だと……!? これなら……これなら毎月、定期的に街道の魔恐竜を間引いてもらう条件で、金貨5000枚の【ギルド専属・永久ベーシックインカム特権】を授与するしかねぇ……!」
「やったわ、ヘレナちゃん!」
血振りをして剣を収めたアユミが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「ヘレナちゃんの深謀遠慮のおかげで、私たちは日銭の心配をすることなく、世界の危機に立ち向かえるようになったわ!」
「ああ! これで宿代も、クララさんの料理の食材費も一生困らない! ありがとう、ヘレナちゃん!」
レイが感極まってヘレナの手をぶんぶんと上下に振る。
「あ、あはは……(な、なんで言った通りに本当にベーシックインカムが確立しちゃってるのよぉぉぉっ!?)」
ヘレナは引き攣った笑顔を浮かべるしかなかった。
「素晴らしいです、ヘレナ様!」
すかさずクララが黒ずんだ鉄鍋を広げ、街で仕入れた極上の肉を炒め始める。
「潤沢な資金により、今夜は『最高級魔恐竜テールのソルティ・ルミナス煮込み』です! 皆様の生命力と魔力限界値を200%引き上げます!」
「わぁ、美味しそう! いただきまーす!」
ヘレナは秒速で恐怖を忘れ、トロトロに煮込まれた肉をハフハフと頬張って幸せそうに目を細めた。
「報告です」
夕暮れの木陰で安物水晶ペンダントを掲げるエルサが、淡々と呟く。
「『無一文からギルドを圧倒して不労所得システムを構築し、最高級の肉をリスのように頬張る可憐な最上位女神ヘレナ様』の映像が配信されました。ファンクラブより『生活費支援投げ銭』が殺到し、天界の個人口座が天文学的数字に達しました」
「だから下界で使えない金がいくら増えても意味ないでしょーがぁぁぁぁっ! でも肉が美味しいから……まっ、いっか〜!」
こうして、経済的危機を力技でねじ伏せた一行。
しかし、その遥か北方――古代厄災の第三の巨頭【羅刹王インドラジット】の封印が、静かに軋み始めていた。




