第十七話:『邪眼封印の深海鉱石! 〜過酷な寄り道トラップと、愛の特効バフ変換〜』
南洋セクターの奥地、鬱蒼とした熱帯雨林を抜けた先に広がるのは、奇怪な燐光を放つ地底鍾乳洞――【深海浸食洞アクア・フォス】。
邪眼魔神バロールの放つ「全概念デバフ」を打ち破る鍵となる古代鉱石『天海の瞳』が眠る、危険度特級のダンジョンであった。
「……ふ、ふふん! 見なさいクララ、エルサ!」
洞窟の入り口に立ち、ヘレナは泥加工の施された初心者用ローブの裾をバッと翻して、渾身のドヤ顔を決めていた。
「邪眼の視線を遮断・中和する特効素材を取りに来たのはいいけれど……このアクア・フォスは、入った者の五感を狂わせる毒性胞子と、踏み抜けば即死級の落とし穴がびっしり敷き詰められた地獄の迂回迷宮よ! あいつらに『あっちが近道です!』って大嘘ついて、最悪の泥沼デス・トラップ地帯へ誘導してやるわ!」
ヘレナの完璧なるリスケジュール計画は健在だった。
アヤノとシオリという強力すぎるチート戦力を利用して古代厄災を封印させ、大宴会のドサクサに紛れて天界へトンズラする――その道中、身バレの恐怖に怯えるストレスを晴らすべく、適度な嫌がらせでサピエンスどもを苦しめてギャフンと言わせる! これぞ最上位女神の優雅な処世術である。
「アヤノさん、シオリさん! 先代のDNAが囁いています! 鉱石がある最深部への『安全な抜け道』は……あちらの、見るからに毒々しい紫の胞子が充満した通路です!」
ヘレナは潤んだ瞳でわざとらしく胸元を押さえ、もっとも凶悪な即死トラップ地帯を指さした。
「……あちらが?」
セーラー服の袖を整えながら、神官アヤノが眉をひそめて通路を凝視する。
その隣で、ブレザーの襟元を正した魔導士シオリが眼鏡を押し上げた。
「アヤノ様、感知魔導によれば、あの通路は高濃度の神経毒と酸性沼地……常人であれば一歩踏み入れただけで肉体が溶け落ちる致死領域です。……しかし」
「ええ、分かっているわ、シオリ」
アヤノはフッと晴れやかな、そしてどこまでも敬虔な微笑みを浮かべた。
「ヘレナさんは……私たちに『本気』を試していらっしゃるのね。仇の身内である私たちを疑うことなく、命がけで庇ってくれたあの気高い防御魔導士が、無意味な毒沼へ誘導するはずがありません」
(……は? いや、めちゃくちゃ無意味な嫌がらせだけど?)
ヘレナの頬がピクピクと引き攣る。
「その通りよ、アヤノ!」
背後から割って入ったのは、愛用の鉄くず長剣を構えた剣士アユミだった。その瞳には、すでに常軌を逸した「過剰深読み」の炎がメラメラと燃え盛っている。
「バロールの邪眼は『視界に入った概念を削ぎ落とす』。ならば、五感を奪う毒素と足場の定まらない泥沼は……視覚に頼らず、肉体の全細胞で敵の気配を捉えるための『極限盲目戦闘プロトコル』の修練場よ! ヘレナちゃんは、私たちがバロールの視線を見ずに首を刎ねられるよう、あえてこの過酷な道を選んでくれたのね!」
「な、なんでそうなるのよぉおおおおおおっ!?」
ヘレナの悲鳴が洞窟の天井に吸い込まれていく。
「行くぞ、みんな!」
勇者レイが凛々しく大剣を抜き、爽やかな笑顔で叫んだ。
「ヘレナちゃんの尊い導きを無駄にしてはいけない! 全員、目を閉じて毒沼へ突撃だ!!」
「了解です! 『超・視覚遮断&心眼覚醒フルバフ』展開!」
ユナが聖杖を掲げると、恐ろしいことにレイとアユミは本当に両目を完全に閉じたまま、猛烈なスピードで毒沼地帯へと飛び込んでいった。
ズギャァァァァァァンッ!!
「はぁぁぁッ! 視覚がないなら、大気の揺らぎを物理演算で逆算して両断するまで――『無眼・真空一刀流』!」
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
暗闇の中、奇襲を仕掛けてきたダンジョンの猛毒魔獣たちが、目隠し状態のアユミの長剣によって物理法則を無視した軌道で次々と輪切りにされていく。
さらに、足元から吹き出す即死の酸性トラップを、レイが一切見ずに大剣の腹でバチィンと完璧に弾き飛ばしていく。
「す、すごい……! 視界を完全に遮断しているのに、一切の迷いがない……!」
セーラー服を翻し、聖域障壁で毒気を中和しながら追従するアヤノが息を呑んだ。
「シオリ、私たちも負けていられません! ヘレナさんの教えを胸に、魔力探知のみによる盲目射撃術式を構築しなさい!」
「御意に、アヤノ様! 『無視界・広域飽和爆撃サークル』励起!」
ブレザー姿のシオリが魔導書をノールックで開き、正確無比な蒼炎弾を洞窟の天井へ乱射。潜んでいた奇襲部隊が一瞬で消し炭へと変わった。
(ちょっとぉぉぉぉぉっ!! なんで即死トラップで全滅しかけるどころか、全員『心眼』に目覚めてノーダメージで爆走してるのよぉーっ!!)
安全な最後尾を歩きながら、ヘレナはガタガタと震えて涙目になった。
足を引っ張るどころか、敵の初見殺しを完封するための最強の特訓を施してしまった形である。
「……ヘレナ様、皆様、目的地に到達いたしました」
無表情なエルサが淡々と告げると、洞窟の最奥部、地底湖の中央に燦然と輝く青碧の結晶が姿を現した。
古代鉱石『天海の瞳』――深海の超水圧と光を吸い上げて凝縮した、絶対の解呪結晶である。
「やったわ! これでバロールのデバフを打ち消す特効装備が作れる!」
ユナが駆け寄り、聖杖の先で鉱石を採取する。その瞬間、鉱石から溢れ出た聖なる粒子が全員の装備へと染み渡り、アユミの長剣には青い燐光が宿り、アヤノのセーラー服とシオリのブレザーの防護結界が一段と分厚く跳ね上がった。
「ヘレナさん……本当に、ありがとうございました」
アヤノが両手でヘレナの小さな手を包み込み、感極まったように頭を下げた。
「あなたがいなければ、私たちは恐怖に囚われ、バロールのデバフを破る術を見つけられなかったでしょう。先代勇者の尊い意志を受け継ぐあなたに、心からの敬意を」
「あ、あはは……どういたしまして……(や、やめてぇ! そんなキラキラした目で仇を見ないでぇぇぇっ!)」
ヘレナが引き攣った笑顔で後ずさりしていると、野営の黒ずんだ鉄鍋を抱えたクララが進み出た。
「皆様、過酷な特訓でお腹が空いたでしょう。ヘレナ様のお慈悲により、特製『冷涼ソルティ・ルミナス仕立て・深海オオエビの香草焼き』をご用意いたしました」
湯気とともに漂う、鼻腔をくすぐる暴力的なまでに美味そうなスパイスの香り。
「わあぁぁっ! クララさんのご飯、大好きです!」
「アヤノ様、これは……細胞レベルで疲労が回復し、魔力最大値が一時的に1.5倍に跳ね上がる超絶バフ飯です……!」
制服チート組すらもクララの料理の虜になり、全員でハフハフと料理を頬張りながら士気を爆上げさせていく。
「美味しい……! 何これ、エビがプリップリで最高じゃないのよ!」
ヘレナもまた、さっきまでの恐怖を秒速で忘れ、大皿のエビにかぶりついてリスのように頬を膨らませていた。
「報告です」
日陰で安物水晶ペンダントを掲げるエルサが、ボソリと呟いた。
「『制服美少女たちに極限の心眼特訓を課して圧倒的カリスマを見せつけた後、美味しそうにエビを頬張って口元にソースをつけているヘレナ様』の映像が下界ファンクラブに高画質配信されました。投げ銭による『ヘレナ様もぐもぐ基金』が設立され、天空神殿の年間予算の半分に達しました」
「誰がエビ食べてる姿まで全世界に晒せと言ったのよぉぉぉおおおっ! 返せ、私の最上位女神の尊厳を返せぇぇぇぇっ!!」
ヘレナの悲痛な絶叫が、美しくライトアップされた鍾乳洞に虚しく木霊した。
だが、特効素材の確保と心眼の習得により、第二の災厄――邪眼魔神バロールとの最終決戦の準備は、完璧に整ってしまったのであった。
(第十八話へ続く)




