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第十六話:『制服チート勇者乱入!? 〜邪眼のバロールと、速攻リスケを目論む女神様〜』

南洋セクター『ラ・メール海岸』の眩しい日差しを浴びる優雅なバカンスは、唐突に幕を下ろした。 穏やかだった水面が激しく逆巻き、天頂から重苦しい鉛色の暗雲が渦を巻いて垂れ込める。

裂けた海原の深奥から姿を現したのは――無数にうごめく触手と、中央にぎらつく巨大な単眼。 古代厄災第二の巨頭、【邪眼魔神バロール】であった。 『オオオオオ……! 忌々シキ光ノ眷属共メ……! 我ガ真名ハバロール! 万象ノ理ヲ削ギ落トス『絶対概念剥奪(オール・デバフ・アイ)』ノ前ニ、塵ト消エルガイイ!』 バロールの巨大な眼球が妖異な紫光を放った刹那、海辺の大気が粘つくように重く澱んだ。 「アユミ、ユナ、迎撃陣形をとれ!」 勇者レイが大剣を抜いて叫ぶ。

だが、平時なら物理法則を鼻で笑いながら音速で突貫するはずのアユミが、ピタリと足を止めて顔を歪めた。 「……くっ!? 剣が……重い!? 摩擦熱ゼロの超伝導状態が強制解除されたわ……!」

「私の治癒術式も……! 概念書き換えバフが、視線に触れただけで霧散していく……!?」 ユナの聖杖から放たれた極大支援光が、紫の視線に触れた瞬間、儚く消え失せる。

これぞ神話に名高き「全概念デバフ」。

近代サピエンスのチートバフを根底から解体する、最悪の天敵の権能だった。 (ひ、ひえぇぇぇっ!? いつもの無敵ゴリ押しが完全に無力化されてるじゃないのよぉーっ!?) 新米魔導士用の安物ローブを身にまとったヘレナは、岩陰でプルプルと震えながら半泣きになっていた。 だがその時――逆巻く激流の彼方から、凛とした二つの声が響き渡った。 「そこまでよ、古代の醜悪なる魔神!」

「アヤノ様、術式展開の座標補正、完了いたしました」 荒波を両断し、眩い閃光とともに浜辺へ舞い降りた二人組。

その姿を網膜に捉えた瞬間、ヘレナの思考エンジンは完全にフリーズした。 「……は? な、なにあの格好……!?」 片方は、紺青の襟に純赤のスカーフを揺らす可憐な美少女――セーラー服を纏った神官・アヤノ。

もう片方は、洗練されたタイトな上着にチェックスカートを着こなすクールな少女――ブレザー姿の魔導士・シオリ。 「神聖領域展開! 『王権の福音・絶対聖域』!」 アヤノがセーラー服の袖を翻して祈りを捧げると、バロールの邪眼によるデバフ領域を押し戻す結界が展開される。 「続いて広域殲滅魔導式――『蒼炎臨界バースト』」 シオリがブレザーの胸元から魔導書を取り出して指を鳴らすや否や、深海を蒸発させるほどの蒼天の爆炎がバロールの触手を焼き払った。 圧倒的なチートスペック。

だが、ヘレナが釘付けになったのはそこではない。 (っていうか何なのあいつら!? 神官がセーラー服で魔導士がブレザーってどういうコンセプトよ!? 王道ファンタジーの世界観どこへ捨ててきたのよぉぉぉっ!!) 思わず内心で猛烈なツッコミを炸裂させるヘレナ。

だが、シオリの襟元とアヤノの袖口に刺繍された小さな黄金のブランドロゴが目に入った瞬間、スッと感情が引いて真顔になった。 (……あ、よく見たらあの生地、天空神殿御用達ブランド『VALKANOR(ヴァルカノース)』の特注制服ラインじゃない。超調温・完全撥水・対魔力伝導繊維……ふ、ふーん……デザインの文脈は意味不明だけど、機能美としては文句なしね。なら……まっ、いっか〜!) 即座に謎の納得を果たしてドヤ顔を浮かべかけたヘレナだったが、続くアヤノの名乗りを聞いた瞬間、表情は再び絶望へと凍りついた。 「私たちは、かつて理不尽極まりない悪辣な最上位女神――『ヘレナ』によって、調子に乗っていたという言いがかりだけで一族の勇者を即パージされた、怨嗟の血統を受け継ぐ者! 我が名はアヤノ、小国の王女にして神官! 隣は近衛魔導士シオリ! 私たちの一族を滅茶茶にしたあのクソ女神をいつか絶対に処刑するため、大魔王の軍勢を討滅しに来ました!」 「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」 ヘレナは音にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちそうになった。 (パ、パージしたあいつの身内ぃぃぃぃぃっ!? 完全に私の被害者遺族じゃないのよぉーっ!!) 横で野営鍋を抱えたクララが血相を変え、エルサが端末を淡々と操作しながら耳打ちしてくる。 「……報告です。正体が露見した場合、アヤノおよびシオリのヘイト値から推測して、ヘレナ様が即時ギロチンまたは物理処刑に移行する確率は99.8%です」

「言われなくても分かってるわよぉぉぉっ!! 私、神の理で攻撃力1なんだから、いくら絶対防御があっても社会的に死ぬわよ!!」 かと言って逃げ出せば、バロールによって地上諸共、天界まで消し飛ばされる。

完全無欠の八方塞がり。 しかし極限状態において、最上位女神ヘレナの頭脳は悪魔的(?)な「速攻リスケジュール案」を瞬時に弾き出した! (……ま、待ちなさいよ? 落ち着きなさいわたし! 逆よ、これはむしろ最高のチャンスじゃない!) ヘレナは岩陰でキリッと涙を拭い、冴え渡る知略(妄想)の笑みを浮かべた。 (正体(天空神殿の最上位女神)さえバレなきゃノーカンなのよ! 私たちはあくまで『先代勇者パーティの末裔(新米防御特化魔導士)』って設定なんだから! チート戦力が2人も増えたなら、厄災の封印タスクは実質倍速で消化できる! そして――大魔王を完全封印した大団円の夜、街中のみんなが『祝杯だー! 乾杯〜!』って大宴会でどんちゃん騒ぎしてるドサクサに紛れて、クララとエルサと一緒に天界へ速攻トンズラすれば、完全勝利じゃないの!!) これぞ女神による完璧な工程調整(リスケジュール)!

そうと決まれば話は早い。だが――戦況はそこまで都合よく運ばなかった。 『オノレ、小娘共ガ……! 『邪眼全開・万象腐食濁流』!!』 激昂したバロールの邪眼が限界を超えて発光し、アヤノの聖域とシオリの蒼炎すらも一瞬で黒く腐食させ、飲み込んでいく! 「きゃあっ!? 聖域が侵食される……!」

「アヤノ様……! くっ、魔導術式がデバフで分解されて……!」 理不尽な超デバフの前に制服デュオが押し切られ、防戦一方に追い込まれる。

その致命的な隙を突いて、山のような触手の一撃が彼女たちの頭上へ振り下ろされた! 「危ないッ!!」 レイが叫ぶが、重力デバフに足を取られて間に合わない。 (ちょっ、ちょっと! 今死なれたら私のリスケ計画が根底から破綻するでしょーがぁぁぁっ!!) ヘレナは身バレの恐怖すら投げ捨て、無我夢中で岩陰から飛び出していた。

攻撃力は1だが、神の理による耐久値だけは概念級のカンスト状態――! 「きゃあぁぁぁぁっ! た、助けてぇぇぇぇっ!(※完全に自分の身を守るための悲鳴)」 ドゴォォォォォォォォンッ!!!!! 鼓膜を劈く轟音とともに、バロールの巨大な触手が一瞬で粉微塵に弾け飛んだ。

ヘレナを包む絶対防御の神威障壁が、理不尽なデバフごと物理衝撃を100%完全反射したのだ。 巻き上がる砂煙の中、泥加工の安物ローブを身にまとったヘレナが無傷のまま、情けなく腰を抜かして涙目でへたり込んでいる。 「……な、なに……!?」 愕然と目を見張るアヤノとシオリ。

そんなヘレナの背中を見た瞬間、剣士アユミと勇者レイの瞳に、凄まじい感動の光が宿った。 「……やはりそうか、ヘレナさん!」 レイが感極まった大声で叫んだ。 「僕たちのデバフを解除するため、そして初対面の仲間を護るために、自ら攻撃力を持たないか弱い身でありながら最前線へ飛び出し、身を挺して敵の最大攻撃を受け止めてくれたんだね……っ!」

「ヘレナちゃん……! なんて崇高な自己犠牲と愛の導きなの……!」 アユミが落涙しながら大剣を握り直す。 「えっ? いや、あたしはただ死なれたら計画が狂うから反射しただけで――」

「アヤノ様、シオリさん! 一度退きましょう!」 ユナが聖杖を掲げて叫ぶ。 「ヘレナちゃんがその身を犠牲にして作ってくれたこの貴重な撤退の隙……無駄にしてはダメです!」

「……っ! 私たちを庇ってくれたの……!? 見ず知らずの、ただの新米防御魔導士のあなたが……!?」 アヤノがセーラー服の胸元を押さえ、ヘレナをまるで本物の聖母を見るかのような潤んだ瞳で見つめた。 「シオリ、撤退の煙幕を! この尊い恩人を絶対に死なせてはなりません!」

「了解いたしました、アヤノ様……! 恩に着ます、名もなき魔導士殿!」 ボシュゥゥゥッ! シオリの放った神聖煙幕が視界を白く染め上げ、一行はバロールの追撃を振り切ってラ・メール海岸の奥地へと一時撤退を果たした。 *** 【ラ・メール海岸・内陸部キャンプ地】 「……ふえぇぇぇん……なんでこうなるのよぉぉぉ……」 即席の野営テントの中、ヘレナは体育座りで膝を抱え、シクシクと泣いていた。 目の前では、アヤノとシオリが真剣な表情でレイたちと膝を突き合わせている。 「ヘレナさん……本当にありがとうございました。あの邪眼のデバフを打ち破るための特効素材が、この先の海底洞窟にあると分かりました。ヘレナさんの尊い想いに応えるため、私たちもあなた方と共闘し、必ずやバロールを討ち滅ぼします!」

「ああ! ヘレナちゃんのためにも、次は絶対にあの邪眼を切り裂いてみせる!」 (仇の身内に死ぬほど感謝されてるぅぅぅぅぅっ!! これで正体がバレたら確実に『裏切られた! 万死に値する!』って処刑の威力が3倍界王拳になるやつじゃないのよぉぉぉっ!!) ガタガタと震えるヘレナの横で、クララが涙を拭いながら温かい『ソルティ・カザフ』のスープを配り始める。 「ヘレナ様、皆さんが絆を深めています。素晴らしいです……!」

「素晴らしくないわよ! 胃が痛いわよ!!」

「報告です」 木陰で安物ペンダントを掲げるエルサが無感情に呟いた。 「『復讐に燃える制服チート美少女デュオに命がけで恩を売り、身バレの恐怖に怯えてプルプル震えながらスープをすする可憐なヘレナ様』の映像がファンクラブに生中継されました。投げ銭による『胃薬神殿ファンド』が設立され、目標額を3秒で達成しました」 「誰が胃薬のために全世界へ醜態を晒せと言ったのよぉぉぉおおおっ! 絶対にバレずに逃げ切ってやるんだからぁぁぁぁっ! え〜ん!!」 ヘレナの悲痛な叫びが、夕暮れの南国ビーチに虚しくこだまするのであった。

(第十七話へ続く)

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