第十四話:『霜巨頭ヨルムンの氷穴ダンジョンと、物理切断による超伝導クッキング』
古代大魔王の封印崩壊が告げられた翌朝。
港町『ポルト・ルナ』を離れ、最上位女神ヘレナ率いる新米冒険者パーティ『スリーグレイス』と勇者一行は、極北の霊峰へと続く氷雪地帯の入り口に立っていた。
目の前に広がるのは、古代神話の原初巨人族が眠るとされる絶対零度の迷宮――【霜巨頭ヨルムンの氷穴】。
洞窟の奥からは、神威の絶対結界『YARENDEZ』すら噛み砕くと言われる超高密度の冷気嵐が吹き荒れ、草木を一瞬で凍結破砕している。
「……ひ、ひぇぇっ! さ、寒っ! なによこれ、神殿の空調バグレベルじゃないわよ!」
ヘレナはVALKANOR製のヴィンテージ加工ローブを抱きしめ、ガタガタと震えながら涙目を浮かべた。
「ヘレナちゃん、下がっていて!」
勇者レイが凛々しく大剣を構え、ヘレナの前に立ちはだかる。
「先代勇者の末裔である君たちを、こんな過酷な最前線に立たせるわけにはいかない! 霜巨頭ヨルムン……大魔王の第一の側近だな。僕たちが必ず討ち破り、再封印してみせる!」
「ええ、ヘレナちゃんは私たちの後ろで暖まっていてね」
治癒天使ユナが優しく微笑み、聖杖を掲げて『超・絶対防寒耐性バフ』をヘレナたちスリーグレイスへ三重に重ねがけした。
(ふ、ふふん! 頼もしいじゃないのサピエンスども!)
ヘレナは内心でニンマリとドヤ顔を浮かべた。
(大魔王の第一の災厄・ヨルムンは、神々のパージ雷撃すら凍らせて反射する超重量級の氷結怪物! いくら脳筋のサピエンスでも、あの絶対零度の凍気嵐を正面から突破できるわけがないわ! 苦戦して泣きつかれたところで、このあたしが先代の知識(神の弱点データ)をチラ見せしてドヤ顔で導いてあげるんだから!)
――ズズズズズズズズッ!!!!!
洞窟の最深部が激しく鳴動し、氷壁を突き破って青白く発光する巨大な氷の巨頭が出現した。
【霜巨頭ヨルムン】。かつて主神群との大戦争で大地を凍土に変えた、神話級の災厄である。
『グルルルルァァァァッ! 哀レナ蟲ケラ共ガ……我ガ絶対零度ノ領域ニ足ヲ踏ミ入レタ罪、命デ贖エ! 『万象絶対凍結嵐』!!』
空間そのものを凍てつかせ、分子の運動すら完全停止させる規格外の吹雪が、レイたちへ向けて放たれた。
「くっ、光の障壁を展開――」
身構えるレイを制し、前に出たのは剣士アユミだった。
アユミは手にした鉄くず長剣を構え、真剣な眼差しで吹き荒れる絶対零度を見つめた。
「……レイ、ユナ。女神様――じゃなかった、先代勇者の末裔であるヘレナちゃんの教えを覚えている?」
「え?」とレイが目を瞬かせる。
「ヘレナちゃんは昨日、『新鮮な食材をじっくり煮込むのが冒険の醍醐味』だと背中で教えてくれたわ。つまり、この極限の超低温環境は……『分子構造を一瞬で極限凝縮し、常温では不可能な超伝導切断を行うための最高の調理場』というヘレナちゃんからの神託よ!」
「なんでそうなるのよぉおおおおおおおっ!?」
後ろで観戦していたヘレナの悲鳴が極寒の洞窟に木霊した。
「ユナ、瞬間フルバフ! 刀身の摩擦熱をゼロにして、運動エネルギーを100万倍に集中!」
「了解アユミ! 『超・熱力学完全無視バフ(摩擦熱を切れ味に変換)』!!」
ドカン!! とユナの聖杖から放たれたイカレ聖光が、アユミの長剣を眩い白銀色へと染め上げる。
アユミは絶対零度の吹雪に向かって、体重を乗せることもなく、ただの日常の素振り感覚で長剣を一閃した。
「――物理切断・氷結概念両断」
ズパァァァァァァァァンッ!!!!
凍気を切り裂く音ではなかった。
空間そのものが真っ二つに割れ、ヨルムンが放った絶対零度のブレスが綺麗に左右へと両断された。それどころか、余波の衝撃波が超音速でヨルムンの巨大な氷の肉体を直撃。
『グ、ギャアァァァァァッ!? バ、バカナ……我ガ絶対零度ノ装甲ガ、タダノ鉄クズノ剣ニ……物理演算ガ崩壊シテイル……!?』
「レイ! 今よ、封印陣を!」
「おおおおおっ! 『先代の意志よ、眠れ! 神聖楔結界・穿孔打ち込み!』」
レイが渾身の跳躍から大剣をヨルムンの額へ突き刺すと、黄金の封印杭がドスンと打ち込まれた。
かつて世界を震撼させた古代の災厄・ヨルムンは、出現からわずか3分足らずで再び氷の結晶へと圧縮され、完璧に再封印されてしまったのだった。
◇
【氷穴前・即席キャンプ地】
「「「………………」」」
ヘレナは口をあんぐりと開け、涙目で凍りついていた。
(嘘でしょ……? 神話級の幹部よ? 神殿の主神たちですら封印に数十日かかった化け物なのよ……? なんで熱力学無視の素振りと杭打ち一発で終わってんのよぉ……!?)
「ふぅ、いい汗かいたわね!」
アユミが爽やかに剣を納め、ヨルムンが砕け散った際にドロップした巨大な「万年氷のブロック」を運んできた。
「見てヘレナちゃん! ヨルムンの極上氷塊よ! これでお酒やジュースを冷やしたら、最高のキャンプになると思わない?」
「ヘレナちゃん、君の導きのおかげで無傷で第一の厄災を封印できたよ!」
レイが満面の笑みでヘレナの手をぎゅっと握りしめる。
「あ、ありがとう……サピエンス……(あたし何も導いてないんだけどぉぉぉっ!)」
ヘレナが赤面と悔しさでプルプル震えていると、クララが安物の鉄鍋に万年氷を敷き詰め、極上の笑顔を浮かべた。
「ヘレナ様、キンキンに冷えた『ソルティ・カザフ(清涼飲料水)』の準備が整いました。火照ったお体に染み渡りますよ」
「……んぐ、んぐ……ぷはぁっ! 美味しいじゃないのよ悔しいけどぉっ!」
冷たい神聖飲料を一気に飲み干し、ヘレナはぷはーっと息を吐いた。
「報告です」
横で安物ペンダントを掲げるエルサが無感情に呟く。
「『神話級魔獣をあっさり再封印した勇者パーティに翻弄され、冷たいジュースを飲んで涙目ドヤ顔でぷはーっとしている可憐なヘレナ様』の映像がファンクラブに高画質中継されました。神々の投げ銭により、神殿の冷蔵設備が最高級モデルへ自動アップグレードされました」
「神殿にいないんだから関係ないでしょーがぁぁぁああんっ! え〜ん!!」
ヘレナの情けなくも愛らしい泣き叫びが、今日も極北の澄み渡る空に響き渡るのであった。
(第十五話へ続く)




