第十一話:『魅惑のハニートラップ! 〜勇者レイの異常な清廉潔白と、暴走する海洋横断トレーニング〜』
「ふふふ……クララ、エルサ。前回の【ぼったくり宿事件】は私の不覚だったけれど……今回の作戦は絶対に完璧よ!」
無一文のまま町を歩きながら、泥加工の初心者ローブを揺らすヘレナは、心の中でドヤ顔を爆発させていた。
「サピエンスの男なんて、結局は三大欲求――とりわけ『色恋』に一発で落ちる生き物よ! レイがわたしの用意した刺客に鼻下を伸ばした瞬間、アユミとユナはドン引きして、この勇者パーティは内部分裂・即解散よ!!」
ヘレナがそっと目配せすると、先行していたクララが道端の怪しげな館を指さした。そこはヘレナが裏で手を回し、最上級の魅了術を使う魔族・サキュバスを仕込んでおいた【魅惑の館】である。
「レイさん、あそこに怪我をした可憐な女性が倒れ込んでいます! 助けてあげましょう!」
ヘレナの言葉に、勇者レイが真っ先に駆け寄る。館の扉が開き、薄桃色の妖光とともに、妖艶な美女がレイの胸元へと倒れ込んできた。
『あぁん、勇者様ぁ……とても身体が熱くて倒れそうなの……私を優しく抱きしめてくださらない……?』
極上の魅了魔力が部屋中に充満する。ヘレナは唾を飲み込み、期待に目を輝かせた。
(さあ乗っかりなさい! 男の破滅を見せつけなさい! アユミ、ユナ、軽蔑の準備はいいわね!?)
だが――。
「……くっ!! 試練だ……!!」
レイの瞳から、凄まじいまでの清廉潔白な光が放たれた。
「なっ……!?」
『ふふ、遠慮なさらないで……ん? 試練……?』
レイは滝行に挑む修験者のような恐ろしい表情で、サキュバスの肩をガシッと掴むと、天地を揺るがすような大声で叫んだ!
「魔の誘惑に惑わされ、身を持ち崩すなど勇者の名がすたる! この甘やかな精神攻撃……前回のぼったくり宿で覚醒した『無我の境地』を試す、新たなる禁欲の鍛錬に違いないっ!!」
『ひっ……!? な、なにこの人、威圧感が凄すぎるんだけど……!?』
「ハァァァァァッ! 邪念退散!! 不動心!!」
レイの全身からあまりにも清らかな聖なるオーラが爆ぜ、サキュバスの魅了魔力が一瞬でクレンジング(浄化)されていく。
「見事だわレイ!」
剣士アユミが激しい感動に涙を流し、大剣を叩きつけた。
「美女の誘惑すら修行の糧とし、一切の邪心を差し挟まないその高潔さ……! ヘレナちゃん、レイはどんな美色の罠にも屈しない、真の最高の男よ!」
「ええ!」治癒術士のユナも晴れやかな笑顔で聖杖を構える。
「私もレイの精神力をサポートするために『超・精神清浄バフ』をかけるわ!」
『あ、あの……私、改心します……! 勇者様の高潔な生き方に救われましたぁぁぁっ!』
サキュバスは涙目でレイに平伏し、そのまま勇者パーティの熱狂的なファンへと寝返ってしまった。
(なんで色恋で自滅しないのよぉぉぉおおおっ!? なんでサキュバスが改心してファンになってるのよぉーっ!!)
ヘレナが呆然と涙目になっていると、勢いに乗ったレイが腕を組み、海洋(大海原)の広がる東の空を見上げた。
「ヘレナさん! 僕たちは理解したよ! 直行ルートを選ばず俺たちを導いてくれた君の真意を!」
「……え? あ、はい?」
「この大海原を渡ってヤクートへ向かうにあたり……俺たちは船を使わず、重装備のまま泳いで太平洋を横断すべきなんだろ!?」
「「「な、なんですってーーーっ!?」」」
ヘレナとクララとエルサの金縛りが同時に解けた。
「素晴らしいわレイ!」アユミが即座に賛同する。「海の超高圧と海獣のブレスを受け止めながら泳ぎ切れば、私たちの物理耐久値はさらに跳ね上がるわ!」
「任せて!」ユナも自信満々に胸を張る。「溺れて窒息するギリギリの速度で全回復バフをかけ続ければ、実質エラ呼吸を獲得できるわ!」
「バカなの!? アホなの!? 死ぬでしょ普通に海泳いだらぁぁぁぁぁっ!!」
ヘレナは顔を真っ赤にして叫び、レイの腰布に必死にしがみついた!
「ダ、ダメですレイさん! 女神様(私)の真の意図はそこにはありません!『無茶な自滅をするのではなく、道具(船)を使って賢く安全に試練を乗り越えなさい』という深謀遠慮なんです……っ! お願いだから船に乗ってぇぇぇぇっ!(泣)」
「……ヘレナさん……っ」
レイは温かい、どこまでも優しい眼差しでヘレナの手を握り返した。
「俺たちの身を案じて、無茶な修行を優しく諭してくれたんだね……。どこまでも深い愛情と聡明さを持った仲間だ……! 分かった、あなたの教えに従って船で渡ろう!」
「あ、ありがとう……(もうなんなのよあいつらぁぁぁああんっ! え〜ん!!)」
「報告です」
横でペンダントを構えたエルサが、無感情に呟く。
「『勇者の清廉潔白さに感動し、海に飛び込もうとするサピエンスを必死に止める可憐な最上位女神様』の映像がファンクラブで神回として大バズり中です」
ヘレナの悲痛な泣き叫びが、今日も青い海と空に虚しく響き渡るのであった――。
(第十二話に続く)




