第十二話:『偽女神カルト集団の跋扈と、本物ヘレナ様のブチ切れ討伐要請!』
潮風薫る長い船旅を終え、一行が降り立ったのは活気あふれる大陸有数の港町『ポルト・ルナ』。
しかし、そんな開放的な港町で彼らを迎えたのは、潮騒ではなく――広場を埋め尽くす異様な熱気と、サピエンスたちの狂乱じみた歓声だった。
「さあさあ、信心深き子羊どもよ! 金貨を捧げなさい! 積み上げた金貨の高さこそが信仰の深さ! それ即ち、至高にして最上位なる女神ヘレナ様の慈悲となり、貴様らの犯したすべての罪を洗い流すのです!」
広場の中央に組まれたド派手な特設ステージ。
そこで扇情的に高笑いを上げているのは、安っぽい金糸のドレスを着飾り、これでもかと厚化粧を塗りたくった女――自称『最上位女神ヘレナ』と、その怪しげな取り巻き集団だった。
「……は?」
泥加工を施した薄汚れたローブのフード深くで、本物のヘレナの額にピキリと青筋が浮かび上がった。
(な、なにあれ……!? 私の名前を騙って……下等サピエンスから小銭を巻き上げる三流カルト集団ですってぇぇぇっ!?
っていうか、演出のキレもゼロ! 神々しいドヤ顔の美しさもゼロ! 詐欺をやるならもっとこう……圧倒的なカリスマと洗練された演出で跪かせなさいよ! 偽物名乗るならもっと格調高くやりなさいよぉぉぉっ!!)
神としての絶対的なプライドが大爆発を起こし、怒りのあまりプルプルと震えだすヘレナ。
だが、現在の身分はあくまで『下位サピエンスに同行する新米冒険者』。ここで自ら神罰を地上へ直撃させるわけにはいかない。
ヘレナはギリッと奥歯を噛み締めると、0.1秒で思考を切り替え――即座に潤んだ瞳を作り、おずおずと勇者レイの袖をきゅっと引っ張った。
「レ、レイさん……っ! あの方たち、私の心から敬愛する至高の最上位女神ヘレナ様の御名を騙る……決して許しがたい偽物です! あんな下品極まりない詐欺集団、どうか懲らしめて(パージして)ください……っ!」
完璧なまでの「健気な信者」ムーブ。
その瞬間――勇者パーティの空気が、冗談抜きで絶対零度まで凍りついた。
「……ヘレナさん」
レイがゆっくりと振り返る。その碧眼には、静かでありながらも全てを焼き尽くすほどの凄まじい怒りの劫火が宿っていた。
「君がそこまでヘレナ様を深く、純粋に敬愛していたとは知らなかったよ。……神の御名を泥で汚し、何より、こんなにも健気な君を悲しませて涙を流させる不届き者を――勇者として、絶対に許しはしない!」
「ヘレナ様最推しガチ勢の私に対する、明確な宣戦布告ね」
剣士アユミが、背筋も凍るような冷徹な眼光とともに愛用の長剣をすらりと引き抜く。
「ヘレナちゃん、安心して下がっていなさい。あの偽物どもは、存在の概念ごと物理切断して塵一つ残さず消滅させてあげるから」
「天界直通ライブストリーミング、高画質で配信開始しました!」
治癒天使ユナが水晶杖をテキパキと掲げ、地上界および天界ファンクラブへ向けた中継網をノータイムで展開する。
「な、なんだ貴様らはぁ!? 神聖なるヘレナ様の奇跡の儀式を邪魔する気か! 控えおろう、これぞ神の奇跡――『神聖不可侵結界』!」
偽ヘレナが粗悪な魔導具を掲げ、禍々しい紫色の防壁を展開しようと詠唱を始める。
だが、その程度の子供騙し、本物の女神の目を欺けるはずもなかった。ヘレナはすかさずアユミの背後から的確なウィークポイントを指示する。
「アユミさん! あの結界、右下の術式ノードに魔力が極端に偏ってて強度がペラペラよ! そこを叩けば一撃で術式が逆流して勝手に自爆するわ!」
「了解よ、ヘレナちゃん! ――『神殺しの物理切断』ッ!!」
ズバァァァァァンッッ!!
アユミの振るった一閃が、空間そのものを切り裂きながらノードを両断。
張り子の虎だった結界はガラスのように粉砕され、行き場を失った膨大な魔力が暴走――偽物たちのド派手な舞台装置を一瞬で粉微塵に吹き飛ばした!
「ひいぃぃぃっ!? な、なんなのよこの化け物パーティはぁぁぁーっ!?」
瓦礫となったステージから無様に転がり落ち、地面に額を擦り付けて涙と鼻水で顔をグシャグシャにする偽ヘレナたち。
悪徳詐欺集団の呆気ない失脚に、広場を埋め尽くしていた民衆からは地鳴りのような大歓声と拍手喝采が巻き起こった。
(ふふん! ざまあみなさい! 泥を塗られた本物の女神に勝てるわけないでしょ! 格調高い涙目ドヤ顔の『格の違い』を骨の髄まで思い知ったかしら!)
ヘレナが内心で渾身の勝利のドヤ顔を決めていると――不意に、頭上に温かい感触が落ちてきた。
「ありがとう、ヘレナさん! 君の並外れた観察眼と的確な指示のおかげで、ヘレナ様の名誉を守ることができたよ!」
レイが太陽のように眩しい極上の笑顔を浮かべ、ヘレナの頭を優しくポンポンと撫でていた。
「あ……う、うん……サピエンス……(ちょっ、頭を撫でるなぁぁぁっ! 私を誰だと思って……っ!)」
予想外のスキンシップに、ヘレナが顔を真っ赤にしてタジタジと後ずさった――まさに、その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
突如として、快晴だった港町の上空が鉛色の不吉な闇に呑み込まれた。
大気が軋み、世界そのものの均衡が崩れ去るかのような、禍々しく重苦しい地鳴りが大地を揺らす。
「……ヘレナ様、緊急異常値を検知しました」
普段は冷静沈着なエルサが、珍しく緊迫した硬い声音でペンダント端末のホログラムを展開する。
「天界観測網『ヤクート・アイ』全域で壊滅的な時空歪曲を確認。……かつて先代勇者が命と引き換えに世界の果てへ封印した――『古代大魔王』の結界が、完全に崩壊しました」
不気味に渦を巻く暗黒の空を見上げるヘレナの顔から、先ほどまでのドヤ顔が完全に抜け落ち、青ざめていく。
「……嘘でしょ? あいつが……今、目覚めたっていうの……!?」
お茶目な嫌がらせとすれ違いに満ちた平穏な旅は、唐突に幕を下ろした。
世界の命運を懸けた、神と勇者の真なる戦いが――今、始まろうとしていた。
(第十三話へ続く)




