第7話 外の世界
あと一ヶ月で妹が産まれてくると聞き、俺は焦りを抱いていた。焦りの正体は、まだ家の外に一歩も出ていないことだ。家族以外の人と話したことがないのだ。
流石に妹ができるのにこんな不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。と思い勇気を出そうとするが、手が震え門に手をかけることができない。
「大丈夫だ、安心しろ。この世界では、いじめられてるわけじゃない。」
ブツブツと言いながら自分に言い聞かせているとギルバードが話しかけてくる。
「門の前でブツブツ言ってどうした。外に出ないのか?」
「えっ?待っ...!」
そう言うと俺の手を引っ張り門を開け、抵抗する暇もなく外に出た。
「アッシュは一度もこの門から外に出たことなかったな。別に家だろうと外だろうと何も変わらないだろ。じゃあ、俺は仕事に行ってくるから。公園にでも行って友達作ってこい。」
雑に頭を撫で、手を振りながら歩いていくギルバードの背中を見て、適当そうに見えてちゃんと子供のことを考えているんだなと感動する。不思議と外の世界に対する恐怖は薄まっていった。
ーー
それからギルバードに言われたように公園に行くとそこには同年代の子供が集まり遊んでいた。
ここで遊んでいる子供はだいたいこの町の住民なので、ずっと前から仲がいいはずだ。だから、自然と仲の良いグループで固まっている。
この光景を見てあることを思い出す。
中学の途中で転校した時もこんな感じだったよな。仲の良いグループで集まっている。そこに、人見知りの俺が入っていくのは難しかった。
自分のほっぺをパチンッと叩き、気合を入れる。
「この世界では、やり直すんだろ。それに妹ができるのに情けない姿は見せられない。」
覚悟を決め、誰に話しかけようかと周りを見渡していると端っこに生えている木の木陰で本を読んでいるフードを深く被った同い年くらいの子がいた。顔が見えないため性別はわからない。
「よし、あの子に話しかけに行こう。一対一の方が話しやすいし。」
ーー
フードを被った子に近づき自己紹介をする。
「初めまして。僕の名前は、アッシュフォード・グレイブ。隣に座っていいかな?」
その子は無言で頷く。
「君はよくここで本を読んでいるの?名前はなんて言うの?」
そう尋ねると、か細い声で返答が返ってくる。
「ノエラ・フォレスト。」
ノエラか。声質や名前の雰囲気からは女の子だろう。顔を上げない理由はわからないがこのまま話しかけ続けよう。
「どんな本読んでるの?」
「勇者が冒険する絵本」
相変わらず返答は淡白だが、返事してくれるってことは少しはこっちに興味があるってことだろ。
「勇者好きなの?」と言う質問には「嫌いな人の方が少ないでしょ。」と返され、
「いつもここで本読んでるの?」と聞くと「時々」と返ってくる。
会話が全然弾まねぇー、と思いながら頑張って話かけるが相変わらず淡白な返事しか返ってこなかった。
話しかけるのを諦め、隣でぼーっとフードで見えない横顔を眺めていると、強い風が吹きフードが少しずれ顔を見ることができた。
その横顔は、年相応の幼い顔にボブくらいの長さに切られた綺麗な青の髪。そして、一際異様に目立つ額から生えた小さい一本のツノ。
は?ツノ?ツノってあの『三大種族』とか言う『鬼人』の特徴じゃね。なんで、こんな小さい町にいるんだ。隠れて潜入しているのか?正体がバレたと分かったら殺されるのか?見ていないフリをするか?どうする、考えろ。
ノエラは、慌ててフードを深く被り直し、こちらを見る。
目が合う。綺麗な金色の瞳に思わず見惚れてしまう。
ダメだ。見惚れている場合じゃない。これからどうする。見たことがバレたぞ。見なかったフリはできない。
「ツノ、見た?」
なんて答えるのが正解だ?やばい、やばいぞ。外に出て1日目でピンチだ。
「やっぱり怖いよね、ごめん。」
「え?」
ノエラは、そう言うと立ち上がり、その場を離れていった。その横顔は、どこか悲しげな雰囲気があった。
ーー
その後、家に戻り窓から外を見ながら考える。
なぜあのまま立ち去ったんだ?鬼人以外にもツノが生えている別に種族が存在するのか。それに、最後の悲しそうな横顔が不自然すぎる。本当に恐れられている鬼人ならあんな顔はしないだろ。
「どうしたのアッシュ、何か悩み事?お外で何かあった?」
エレノアが隣に立って話しかけてくる。
「大丈夫だよ、それより母さんは椅子に座っててよ。安静にしておかなくていいの?」
「アッシュは心配症ね、これくらい大丈夫よ。それより悩みがあるならちゃんと話しなさいよ。」
頭を撫でながらエレノアは、俺に話してくる。
「わかったよ、悩み事ができたらちゃんと相談するよ。それよりも母さんは早く椅子に座って。」
エレノアの手を引っ張り椅子に座らせる。
「はいはい、分かったよ。ありがとね。」
ーー
ノエラと出会ってから1週間が経った。あれから毎日公園に通っているがノエラの姿はあれ以来見てない。
ある日、公園からの帰り道。
町外れにある、大きな木が生えている場所で本を読んでいる見覚えのあるフードを被った子供が、二人の少年に絡まれているのを見つけた。
「お前、いつも一人で本読んでるよな。ずっとフード被って気味悪りぃし。」
「ずっと一人でいるなら家にいればいいだろ。なんとか言えよ!」
二人の少年は、悪口を言いながら石をぶつけていた。
フードを被った子は、何も言わずにただ縮こまってされるがままになっていた。
この世界でもいじめは存在するんだな。どうする助けるか?また、あの時みたいに次は俺がいじめられたらどうする...助けなくても大丈夫だろ。あの子は多分ノエラだ。鬼人にとってこんなこと何の問題もないだろう。
トラウマが思い出されパニックに陥り、見捨てようと判断する。
待て、落ち着け。深呼吸だ。思い出せあの時のノエラの悲しそうな表情を...俺は多分いじめているあいつらよりも強い。ここで見捨てたら、見て見ぬふりをしていたあのクラスメイト達と同じになる。動くんだ。
決意を固め、誰かわからないように『ウォーターボール』で地面の土を泥状にして顔に塗る。
「よし、これなら正体がバレない。」
次に『アースバレット』で土弾を作り、手に持つ。その土弾を思いっきり二人の少年に向けて投げる。
ーコロン
しかし、土弾は二人の男子の手前の地面で着地する。
「あ、やべ。」
地面に何かが投げつけられた少年二人はこちらを見る。
「なんだこれ?...それに誰だお前は?顔に泥塗りたくって。変な奴だな。」
そう言いながら、こちらに近づいてくる二人に話しかける。
「落ち着いてください。...2人で寄ってたかって1人の子をいじめたら可哀想じゃないですか?」
「あ?何言ってんだ?」
そう言いながら自分に向けて投げられた土弾をこちらに投げ返してくる。
今度は手で投げずに魔力で『アースバレット』を二人に向けて飛ばす。
ーパンっ、パンッと音が鳴り、二人の額へと当たる。
「痛ってぇ。」
「これが、あなたたちがいじめた子が受けてた痛みですよ。」
そう言いながら次の土弾を生成する。
それを見た二人の少年は背を向けながら逃げていく。
「大丈夫?」
「助けてくれてありがとうございます。」
フードを被った子は、お礼を言う。
あの時と同じように隣に座る。
「なんで抵抗しなかったの?」
『ウォーターボール』で顔を洗いながら聞く。
「心配しないでください。慣れてますから。」
顔を洗い終え、素顔を見せる。
「1週間ぶりくらいだね、ノエラ。」
「えっ?」
ノエラはいつも俯いて顔を見せないようにしているが、驚いてこちらの顔を見る。その表情は、とても困惑して綺麗な金色の瞳が揺れていた。
「なんで私にツノがあるって知っているアッシュフォード君が僕を助けたの?」
「よかった、覚えててくれたんだアッシュでいいよ。」
「...僕が怖くないの?」
「怖かったよ。...でも偶然見たんだ。ノエラが俺にツノを見られて立ち去っていく時に。ノエラの悲しそうな横顔を。それを見たら怖くなくなったよ。」
「アッシュ君は変わってるね。そんなことで怖く無くなるなんて。でも、安心して僕の両親はちゃんと人族だから。僕も人間だよ。」
初めて会った時とは違い、明るく話してくれる。
ツノが生えていることを知った上で助け、話しかけてくる俺に少しは気を許したのだろう。
「じゃあなんでツノが生えてるの?」
優しく純粋な疑問を投げかける。
「『先祖返り』だよ。なんでも僕の先祖に鬼人がいたみたいなんだ。お父さんもお母さんも知らなかったけどね。」
ノエラは、正面を向きどこか遠くを見ながら話す。
「『先祖返り』?何それ。」
「『先祖返り』ってのは、たまに先祖の特徴が子孫に色濃く出てくる現象のこと。僕は、その先祖に鬼人がいたからその特徴が現れたってわけ。」
「へぇー、大変だね。だから、ツノを隠してずっと一人で本読んでいたのか。でもそれならそうと最初に言ったら誰からも誤解されないんじゃないの?」
少し間を置き、ノエラが答える。
「アッシュ君が変わっているだけだよ。先祖に鬼人が居るって知られただけでも警戒されるのに、『先祖返り』だなんて知られたらもっといじめられるよ。」
「そう言うもんなのか。色々大変なんだね。...ねぇ、また、ノエラを見かけたら話しかけてもいい?」
再び驚きこちらを見た後に、微笑む。その顔は、年相応の可愛い女の子の表情だった。
「ふふっ、...アッシュ君はこの話聞いて嘘だとは疑わないの?」
「これで嘘ならしょうがないよ。だってあんなに悲しそうな顔を見て、演技だって決めつけることはできないから。」
「そっか、...じゃあね、また今度。」
今日の立ち去る時の横顔は、涙が出ているがどこか嬉しそうな顔をしていた。
しばらくボーっとしていると、日が沈んできたため急いで家に帰った。




