第28話 イグニス家の秘術
書き忘れていた『閑話 ノエラとの特訓』を『マイヤー家のその後』の次の話に入れました。アッシュが浮いた件の補完エピソードになります。
いつも通り学校へ登校し、いつもと同じ席に座る。生徒たちの席も固定化されてきて、ほとんどの生徒が大体同じ席に座っている。
その中で、席の移動が目立つのが二人。少しアッシュと関わりがあるレオヘルトとシャーロットだった。
レオヘルトは、色々な生徒のところに行って仲良くやっていた。一方、シャーロットは仲の良い女子のもとに行ったりアッシュのもとに無詠唱を教えてもらうために来たりしていた。
アッシュは、この二人はやっぱり何か特別だと思う。シャーロットの方は、レオヘルトからの話ですごい実家出身だと分かっているので、厄介だがアッシュからしたら他の貴族と同じなのでそこまで問題じゃない。
アッシュにとって一番の問題はレオヘルトの方だ。少し仲良くなった同じ平民の生徒にレオヘルトのこと知っているか聞くと、こいつ本気で言ってるのか?と言いたげな表情で見られ、終いには「お前マジか...」とまで言われてしまった。そして、王太子の第一子、次の次の王の第一候補だということを教えてもらった。
その事実を知ったアッシュは、なおのことあまり関わりたくないと思っていた。
シャーロットが定位置の如く自然とアッシュと一つ席を空けた箇所へと座る。周囲は最初、何事かと動揺していたが、今ではごく自然の日常の風景へとなっていた。しかし、アッシュフォードはただの平民じゃないのか?という噂は無くならなかった。
「おはよう、アッシュ、シャーロット。ここ座ってもいいかな?」
アッシュが一番関わりたくない突然の来訪者は、アッシュとシャーロットの間に空いている席を求めてきた。
「レオヘルトさん...どうぞお座りください」
シャーロットのいつもの強気な態度は薄れ、言葉の節々には尊敬の念が込められている。
ちなみにこの学校では、身分による上下関係をなくす一環として様と呼ぶことや王子などの呼び方も禁じられている。したがって自分より身分の高い人に対しては、〇〇さんと呼ぶことが常識となっている。アッシュとしては、誰が身分の高い相手なのかわかりにくいのでやめて欲しいと思っていた。
「みんなつれないなぁ。呼び捨てでいいのに」
レオヘルトは、アッシュとシャーロットの間に座る。
(当たり前だろ、誰がお前に呼び捨てできるかよ。本当に望むならそう命令すればいいのに、こっちからしたら試されてるようにしか感じないんだよ)
アッシュは決して口にはできない文句を心の中で思う。
「いつも思ってるけどここって不思議な組み合わせだよね。特に親しく話してる様子もないのに」
「私がアッシュフォードに頼みがありまして...」
いつもの強い言葉や鋭い目つきのないどこかしおらしい態度のシャーロットに、アッシュは驚く。
(やっぱ王族ってすげぇな。あの怖いシャーロットが今はただの可愛いお嬢様に思える。いつもこんな感じだったらシャーロットに無詠唱を教えてしまうかもしれないけど。ま、ふざけるのはここら辺にするか。一旦話しかけられないように気配を消してっと)
アッシュは、すぐ隣で起きてる会話を自分とは無関係と言わんばかりに前方をぼーっと見つめ、気配を消そうと努力する。
「へぇー、アッシュに頼みね...何を頼んでるの?」
「えっと、それは...」
シャーロットは、少し躊躇う。無詠唱という特殊な技術と自分の家の秘術を教え合うことを条件としていること、アッシュが、無詠唱のことは隠そうとしていたこと。この二つの理由が存在しているため、いくら王子が相手だからといっても躊躇が生まれてしまう。
「二人の内緒話か...そういうことなら無理に話さなくていいよ」
シャーロットはその言葉を聞き、少し安心する。
(隠そうとしたのか...王子相手に。すごいな、そこまで強さを求めるのか)
アッシュは、貴族でありながら王族の質問の答えを隠そうとしたことシャーロットに感心し、少し好感度が上がった。
(貴族の中でも忠誠心が強いイグニス子爵家の令嬢であるシャーロットが隠し事するなんてね。何をそこまで持ってるんだ、アッシュフォードは。まだ焦ることはないか、いずれ知れれば問題ないことだ)
レオヘルトは、シャーロットが、隠し事をしたことにより一層アッシュに興味を持つ。
その後は、世間話が続く。基本的には、シャーロットが話していたが、アッシュも話を振られたら当たり障りのない相槌を打っていた。
ーー
翌日、シャーロットは昨日と同じ位置に座ったが、レオヘルトは、来なかったため珍しくアッシュから話しかけた。
「昨日はありがとうございました。俺が無詠唱で魔法使っていること黙っててくれて」
「別に気にしなくていいわ、自分のためでもあるし。それに、私だって自分の技を誰にでも喋られたくないから。あなたも最初隠そうとしてたし、あんまりバレたくないんでしょ?」
「はい、そうです」
(意外だな...案外人の気持ちわかるんだな。それならさっさと諦めて欲しいんだけど)
「そんなことより、私に教える気になったかしら?お互い得のある交換条件でしょ?あなたが教えるって言うまでずっと話しかけるわよ?」
(この人俺が一番嫌がることわかってきてるな...もう仕方ないか、折れてくれなさそうだし)
「わかりました、教えます」
「それでいいのよ。私も『エクスプロージョン』を教えてあげるんだもん」
「本当に教えていいんですか?それ」
「大丈夫よ。イグニス家の秘術の中で一番簡単なものだから」
「いつから始めますか?」
「今日の放課後からよ。じゃあ、また放課後会いましょう」
シャーロットはそう言うと満足したように席を移動した。
(今日からか...いやだなぁ。早く教えて終わりたいなぁ。てか、秘術って他にもいっぱいあるのか)
ーー
約束の放課後、シャーロットが学校側に演習場の使用許可を取っていた。
「まず、無詠唱から教えてもらうわ。いいわよね?」
「はい、問題ないです。シャーロットさんも魔法の詠唱は、短縮して使ってますよね?」
「そうだけど?」
「理論的にはそれと同じです。短縮は、自分が魔法を想像できるところまで詠唱を短くしてますよね?それの最大限が無詠唱ってことです」
「そう聞くと意外と簡単そうね。詠唱しないといけないって固定概念さえなければ誰でもできそうだわ」
「ここからは完全にシャーロットさんのセンス次第なので頑張ってください」
「おすすめの練習方法は何?」
「自分が一番得意とか好きな魔法は何ですか?」
「一番使うのは『エクスプロージョン』だわ。でも、それだとアドバイスはもらえないわよね。次に使うのは、『フレイムガード』かしら」
シャーロットは、少し考えるようなそぶりをしながら答えた。
「『フレイムガード』の無詠唱をしましょうか。じゃあ、まず普通に短縮して使ってください」
「わかったわ。[燃える盾よ、我を守れ]」
シャーロットがそう唱えると、シャーロットを守るように前方に火の盾が出現する。
「これが私が『フレイムガード』を出せる限界よ。一般的にも、このくらいの長さだと思うけど?」
「じゃあ、次に俺がやってみますね」
アッシュがそう言うと、シャーロットの時と同じように火の盾が出現する。
「へぇ、やっぱりすごいわね。無詠唱は」
「少しずつでいいですよ、詠唱を短くするのは。まず頭の中で、どういった現象が起こってるのか想像して見てください」
(まさかフィオナに教えてたのがこんなところで生きるなんてな)
アッシュは、数週間前の妹との出来事を思い出す。
(『フレイムガード』を使った時に起こっていることね...私を守るように展開される。そして、その盾は相手の攻撃すらも燃やす炎を纏う)
シャーロットは、頭の中で『フレイムガード』を使った際に起こることを、想像し構築する。そして、魔力を込めていく。
すると、炎の盾が出現する。
(マジか...一発で成功させたぞ。こいつもノエラと同じ才能あるタイプかよ)
「成功したけど、完璧じゃないわね。結局想像するのに時間がかかるわ。どうしたらいいのかしら?」
「そこはひたすら繰り返すしかないです。理想は、使う魔法が決まったら無意識でその魔法が想像でき、すぐに放つことができるようになることです」
その後は、他の火属性も使いながら練習を続ける。
(使えたことに満足せずにさらに高みを目指す。すごいなぁ)
アッシュは、シャーロットが直向きに努力する姿に感心する。しかし、ふと疑問が浮かぶ。
「シャーロットさんは、火属性以外は使わないんですか?」
「イグニス家は代々火属性の家系なの。だから私も例外なく火属性の適性が高くて他の属性は低いとかないとかばっかりなのよ」
「そうなんですか」
(この無詠唱の習得しやすさは、魔法の才能以外にも、火属性の高い適性のおかげってのもあるのか?いや違うか...適性がある属性の方が使用回数も多くて、感覚も掴んでいる状態だからこそ想像もしやすいから)
シャーロットの練習風景を見守りながら、無詠唱についての考えを広げていく。
ーー
1週間後、シャーロットは無詠唱魔法を習得し、アッシュから教えることは無くなったため、次はシャーロットがアッシュに『エクスプロージョン』を教える番となった。
「『エクスプロージョン』には3種類あるの。私が使ったみたいに火球が着弾すると爆発するもの。これはいわゆる初級。一番魔力消費が少なくて簡単な魔法よ。残り二つは、初級を使えるようになったら教えるわ」
「わかりました、よろしくお願いします」
シャーロットの説明を聞き、同じ魔法でも3種類あるのかとワクワクする。
シャーロットは、魔法練習用に用意されている壁に向かって手を伸ばす。
「あなたのおかげで無詠唱で使えるようになったけどちゃんと詠唱してあげる[我が血に眠る焔よ、爆ぜろ]」
そう唱えると、一見ただの『ファイアーボール』と同じような火球が壁に向かって飛んでいく。
ーボカァァァァァン
通常の火球は敵を燃やすもので、普通は起こり得ない爆発が壁に着弾した瞬間に起こる。
「次は、私が普段使っていたやり方とより高い威力を見せてあげるわ...[爆ぜろ]」
ードカァァァァァァァン
先ほどよりも速く、そして威力の高い爆発が起こる。
「まぁ、こんな感じね。あなた、火属性に適性はどのくらいあるの?」
「えっと...確か人並み、普通だったと思います」
「そう...じゃあ苦労すると思えるけど練習すれば使えるようになるわ。後、この魔法は他のと違って、ただ詠唱を唱えればいいってものじゃない。ま、一回試して見なさい」
「はい、わかりました」
教え方、雑だなと思いながらも口に出すことはできずに言われた通りに壁の方を向く。
(えっと、確かこれだったよな)
「[我が血に眠る焔よ、爆ぜろ]」
詠唱は間違なく唱えたが、魔法が発動する気配はなくシーンっとしていた。
「わかったかしら?詠唱唱えるだけでは、この魔法が使えないって言った意味が」
シャーロットは、紙を取り出し何かを書き始める。
「まずこの魔法の原理を知る必要があるわ。これは、初代イグニス家当主が編み出した魔法。以前あなたが言った『フレイムバースト』と似ている理由は、それを改良したからなの」
紙には、『フレイムバースト』と『エクスプロージョン』の二つの文字を書き、それぞれの名前の下に魔法の特徴を書く。
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『フレイムバースト』
攻撃対象を中心として爆発が起こる。威力、範囲ともに高くその周囲も爆発に巻き込む。
『エクスプロージョン』(初級)
圧縮した炎の塊を敵に飛ばして着弾もしくは爆発タイミングをコントロールし、爆発する。威力、範囲どちらもコントロール可能。
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「違いとしてはこんな感じよ。あなたはさっきただ単に火の玉が爆発してるって想像したわよね?実際はそうじゃないわ。極限まで炎を圧縮したものを飛ばして爆発させてるのよ。だから、ただ詠唱するだけじゃなく精密な魔力コントロールも必要となるの。着弾させずに爆発タイミングをコントロールするならなおさらね」
「なるほど...ところでその初代の方はどうやって改良したんですか?」
「初代の頃からイグニスは、火属性の家系だったわ。その中で初代が目をつけたのは『フレイムバースト』だった。その魔法は、威力が高いけど周囲を巻き込むのが難点だった。そこで、コントロールできる方法を探す中でこの魔法を編み出せたそうよ。もっと詳しい内容は、資料として残っているけど私も全部理解できたわけじゃないの。だから、完成させた方法についてこれ以上私は、説明できないわ」
シャーロットは、自分がまだこの魔法について完璧に理解できていないことを悔しそうな表情をして話す。
(やっぱりこの人は真面目だな)
アッシュは、この特訓を通じてシャーロットに対する考え方が変わっていた。貴族相手でめんどくさいと思っていたが、素直に人として尊敬できる相手となっていた。
「魔法については教えたわ。練習を始めなさい」
その言葉を聞き、アッシュは目を瞑る。
(イメージは、炎を圧縮させる...魔力を一点に集中して)
「[我が血に眠る焔よ、爆ぜろ]」
アッシュが、イメージした通り一点へと炎が集まっていく。その炎の塊は、壁へと飛んでいく。
ーボォン
壁に着弾すると小さな爆発が起こる。
「いい線いってるけどまだまだ足りないわね。もっと炎を圧縮させなさい。最初は魔力の消費が大きいと思うけどそれは仕方ないわ」
そのアドバイスをもらったアッシュは、次は魔力の消費を気にせずに詠唱を唱える。
すると先ほどとは違い、炎がより圧縮された火の塊となる。そして、そのまま壁に向かって飛んでいく。
ードカァァァァァン
大きな音と共に爆発が起こる。
「成功したわね。あとは、発動をもっと早くするのと威力のコントロールの習得よ」
それから、数日間練習を繰り返して、完全に習得することができる。
「これでお互いの約束は果たしたわね。中級についても私が完璧に理解できた後に教えてあげる。とりあえず練習は一旦終わりね。なかなか楽しかったわ、ありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
アッシュはシャーロットの表情が、初めて対面した時から少しだけ柔らかくなっているように感じた。
「もう敬語使わなくていいわよ。私が年上だけど同じ学年だしね」
「いえ...さすがに貴族相手には、自分平民ですし」
「そう、じゃあ命令よ。敬語使うのやめなさい。あと、シャーロットって呼び捨てで呼ぶように。わかった?」
以前までの有無を言わせない強い口調に戻る。
「は、はい。わかった」
アッシュが敬語をやめたのを聞き、満足したように微笑む。
(笑ったな、初めて見たかもシャーロットの笑った顔)
アッシュは、その笑顔に一瞬だけ見惚れてしまう。
「あなた普段他の人になんて呼ばれてるのかしら?」
「えっと、アッシュって呼ばれてます」
「そう、じゃあ私もアッシュって呼ぶは、いいでしょ?」
「問題ないです」
「改めてこれから三年間よろしくね、アッシュ」
「はい、こちらこそ」
二人は握手を交わす。
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アッシュは、寮の自室でベッドに寝転がりながら考え事をしていた。
(入学からの数週間でシャーロットの印象変わったな。他の人よりも努力家で平民の俺に対しても普通に接してくれる。いい奴だな。尊敬できる相手だ。でも、何でそんなに強さを求めるんだ?やっぱり家の影響か?まあ、考えても仕方ないことか)
アッシュは、深く考えることはやめて眠りにつく。
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「.....ひっ、....ぐすっ」
明かりの消された、とある豪華な部屋のベッドの上で、白銀の髪を一つにまとめたポニーテールの少女が背中を小さく丸め微かに震わせていた。
「お父様...ッ、お母様...お兄様...どう...して...ぐすっ...これから...どうしたらいいの」
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翌朝、目を覚ますとアッシュはその光景だけが脳裏に焼き付いていた。
「なんだったんだあの夢は...あの髪はシャーロットか?でも、今のシャーロットよりも少し大きかったような...わからないな...まぁ、ただの夢だろ」
自分に言い聞かせるようにそう言うが、頭の片隅には夢の光景が残っている。
学校に登校すると、珍しくシャーロットが先に席に座っていた。あの特訓を経て、随分と親しい仲となったため今までは席を移動してたシャーロットも、アッシュと席を一つ空けた位置が定位置となっていた。
アッシュもいつもの席に座る。
「シャーロットって兄弟とかいるのか?」
あの夢のシャーロットと思わしき少女は、お兄様と言っていたため確認のためアッシュは質問する。
「急にどうしたのよ」
突然の質問に困惑する。
「ちょっと気になっただけ、言いたくないなら言わなくていいよ」
「別に隠す必要ないわよ。調べようと思ったらわかることだし。上に一人3歳離れた兄がいるわ。その人が、次のイグニス家の当主よ。だから私は多分どこかに嫁ぐことになるわ」
アッシュの質問以上のことを答えてくれた。アッシュは気づかなかったが、最後の「どこかに嫁ぐ」と言った声色には少しだけ嫌な感情が垣間見えた。
「へぇ...」
アッシュは、夢と同じ家族構成だったため、あの夢がよりリアリティを増し、恐怖を覚える。
「人に質問しておいて感想がそれだけってどういうことかしら?」
「あ、ごめんごめん」
「まぁ、いいわ。あなたは、兄弟いるのかしら?」
「俺には、5歳下の妹がいます」
「そうなの、その子も無詠唱使えるの?」
「入学式の前にちょっと教えたくらいだから完璧じゃないけど一応使えるよ」
「将来有望ね、いつか会わせてくれない?」
「えっ!?何でですか?」
「私、自分の従者を探してるのよ。もちろん、あなたの妹が嫌なら無理強いはしないわ」
「そうでしたか...今すぐは無理ですけど、そういうことなら良いですよ」
「感謝するわ」
ちょうど会話が終わったタイミングで教師が入ってきて授業が始まる。
(シャーロットには兄がいる。あの夢と同じだ。後ろ姿だけしかわからなかったけど、多分何年か後の姿だと思う。夢だとわかってるのになぜか、あの光景が頭から離れない。どうなってるんだ、こんなこと初めてだ)




