章間 ギルバードとエレノア②
野営の翌日、予定通り王国領内へ入る。関所で休憩している間、ギルバードだけが入国審査を受けたが、Aランク冒険者で王国でも活動した記録があるため特に問題は起こらず通過した。
この後は、国境沿いを治める辺境伯の屋敷に行き、今夜は、そこで休むそうだ。
「ギルバード、お前は屋敷には入れない。どこか宿を取って休め。」
屋敷の門の前でアロイにそう指示される。
宿代も勿体無いし、屋敷周辺は治安もいいので、屋敷を覆う壁を背にして眠ることにした。
-屋敷内-
エレノアは、屋敷を歩きながら、ふと外を見ると壁を背にして寝ている黒髪の冒険者の男を見つける。
(ギルバード、あんなところで休んでいるんだ。今日も抜け出せたら話しかけに行こっかな)
辺境伯に用意された部屋に入る。部屋の中にはシャロン以外は入れないようになっている。
「ねぇ、シャロン。今日も抜け出していい?」
「エレノア様、私がいいと言うと思います?」
「ちょっとくらい、いいでしょ?」
「止めても無駄なの分かってますから止めませんけど、どこに行こうとしてるんですか?」
「外に護衛の冒険者の人見つけて、ちょっとだけ挨拶に行こうかなって。」
「屋敷の外に行くんですか?....はぁ〜、せめてこれを被ってください。後、いくら護衛だからといっても冒険者は、出自がわからない人が多いんですから気をつけてくださいね。」
そう言いながらシャロンは、フード付きのケープをエレノアに渡す。
「大丈夫だって、あの人はそんなに悪い人じゃなさそうだから。」
「本当に油断しないでくださいね!」
「分かったよ。じゃあ行ってくるね。誰か来たら誤魔化しといて。」
そう言いながら窓を開け、こっそりと抜け出す。
(エレノア様は、本当に公務中とそれ以外では人が変わったようになるんですから。私以外の侍女をつかせない理由は、自由にできないからだろうな...でも、珍しいなエレノア様が他の人とこんなに関わろうとするなんて。まだ身分がバレてないからかな?)
フードを深く被り侍女のふりをして屋敷の門から出て、ギルバードを見つけた場所まで歩いていく。
寝ているギルバードを驚かせようとゆっくり近づいていく。
ーヒュッ....チャキッ!
エレノアが、ギルバードの肩を触ろうとした瞬間ギルバードは剣を引き抜きエレノアの首元まで剣を突きつける。
「っ!」
ギルバードの殺意の籠った鋭い黒い瞳がフードを被った相手の正体を探るように睨みつける。ギルバードは、フードを被った相手が、真っ白な髪の琥珀色の目をした昨日自分が見惚れてしまった侍女のエアだと分かると内心はびっくりしたが剣を鞘に収めながら話す。
「...何だエアか。びっくりさせるなよ。」
「びっくりしたのはこっちなんですけど?急に剣を抜くから。」
エレノアは、剣が向けられなくなると安心したように何も言わずに隣に座る。
「ごめんごめん。急に正体の分からないやつが近づいて来たから。」
「寝ていたからおどかそうとしたのに、何でわかったの?」
「冒険者だから山で野宿とかも多くて眠っている間も周りを警戒する癖が抜けてないんだよ。だから、宿とかで寝ても普通に寝れることの方が少ないんだ。」
「じゃあぐっすり寝たい時は、どうしてるの?」
「酒を飲んで酔い潰れる。」
「へぇー、大変なんだね。じゃあ、屋敷の中でもゆっくり休めないの?」
「無理だな。信頼している人間の方が少ないから。」
ギルバードの口調は、優しいが明確な拒絶が含まれていた。少し無言の時間が過ぎる。ギルバードは気まずくなり話し始める。
「何でギルドに護衛の依頼をお願いしたんだ?」
「えっ!?あー、それはね、私たちヴィクトリアから帰ってくる途中で大きな地竜に襲われちゃって他の騎士と隊長だった人が死んだから、人を増やすために腕のいい冒険者に依頼しようってことになったんだ。」
「なるほどな。」
「でも、ごめんね。こっちから依頼したのにこんな扱いで....」
「何でエアが謝るんだ?」
「えっと、主人に謝っておいてって言われたから。....そろそろ戻るね。」
誤魔化すように立ち上がりフードを被る。そして、ギルバードの前に立ち、フードの中から顔を覗かせ、目を見つめる。
「ねぇ、また会いに来ていい?」
「...あんまり俺と関わらないほうがいい。」
「じゃ、またね!」
そう言うと屋敷の方を振り向き手を振りながらそそくさと帰っていく。
(エアと喋るのは調子が狂うな。今まで女と話しててもこんなことにはならなかったのに。)
(ふー、危なかった。油断しすぎてバレるかと思ったよ。何で「俺と関わらないほうがいい」か...何であんなこと言ったんだろ.....私はギルバードと話すの楽しいけど向こうは違うのかな...)
ーー
数日、エレノアがギルバードの元に来ることはなかった。
(エアのこと考えないようにしていたのに何で来ないと寂しいって思ってしまうんだ...勘違いするな、エアが来てたのはあくまで主人の命令で来てただけであいつの意思じゃない。.....クソォ、そんなことわかってるのに何でエアのこと考えてしまうんだよ。本当にニコラスにバカにされる。「色んな女抱いてたお前がまさか人を好きになるなんてな」って)
それから予定では、護衛の依頼は後13日となった夜、ギルバードが休んでいる元に再びフードを被ったエレノアが、侍女のエアとして訪れた。ギルバードも、寝ていたが相手がエアということがわかったので剣を抜くことはなかった。
「久しぶり、ギルバード。今日は剣抜かなかったんだね。」
「また来たのか。今日は何のようだ?関わるなって言っただろ?」
ぶっきらぼうにギルバードが言う。
「そんなこと言わないでよ。」
「今日もご主人様のお使いか?」
(ギルバードはずっと命令できてると思ってるんだ。ちょっとからかっちゃお。)
「今日は、命令じゃなくて私の意思で来たんだよ?」
「....はっ?」
ギルバードは、情けない声を上げる。
ギルバードの反応を見てエレノアは、「あははっ」と琥珀色の目を細め、堪えきれなかったように笑う。
ギルバードは、エアから言われたことに動揺していたが、可愛く笑うエアに見惚れてしまう。
「そんなにじっと見ないでよ...」
「あっ...ごめん。」
「ねぇ、ギルバードはゆっくり寝れてないって言ったよね?」
「ああ、周りを警戒する癖が抜けなくて周りを警戒をしながらずっと寝てるな。」
「それって休めてるの?」
「さぁな。別にキツくないから休めてるだろ。」
「お酒で酔い潰れる以外にぐっすり寝れる方法はないの?」
「考えたこともない。」
エレノアは、うーんっと何か考えるようなそぶりをする。
「...例えば、安心する人と一緒に寝るとかは?」
「そんな奴いない。」
以前屋敷で休まないかと誘った時と同じように一瞬で拒絶する。
(やっぱりギルバードは、他人を信じていないんだ。)
しばらく沈黙が続いた。すると、エレノアが急にギルバードの手に自分の手を重ねた。
「急に何するんだよ。」
ギルバードは、一瞬ビクッとしたが、平然を装いエアに問いただす。
「これで安心して寝れない?」
「何言ってるんだ?エア。」
「いや、これで安心できるかなって思って...」
ギルバードは、上に置かれたエレノアの手から逃げるように手を動かす。
「バカなこと言ってないで早く戻れ。主人の命令じゃないなら俺に構う必要ないだろ。」
「恥ずかしいの?」
ニマニマとした顔でギルバードを見る。
「....さっさと帰れ。」
「しょうがないな。また来るね。」
そう言うと立ち上がり手を振りながら屋敷へと戻っていく。
(クソ...手を重ねたぐらいで恥ずかしくなるなんて。俺は思春期のガキかよ。)
ギルバードは、エアと触れた手を先ほどエアがいた自分の座っている隣の場所をじっと見つめる。
(はぁ、バカらしい。寝よ...)
ギルバードは、目を閉じていつものように周りに意識を割きながら眠る。
ギルバードと別れてコソコソと部屋に戻っているエレノアの顔は本人も気づいていないのか少し赤くなっていた。
(なんであんなことしたんだろ。...自分からしたのに恥ずかしくなっちゃった。貴族や騎士とか私の立場を知っている人以外とこんなに長く話すのが初めてだからかな....シャロン以外で初めて自分を取り繕わなくていい話し相手だからかな...こんなに話していて楽しいなんて思うのは....)
ーー
5日が経過し、護衛依頼は後8日となった。
その間エレノアは、なぜギルバードのことが気になるのか考えていた。
まだ存在もわからない護衛対象の屋敷に帰る移動中、ギルバードは変わらず部隊の端で行動していた。
「すいません、ちょっと抜けます。」
急にギルバードが立ち止まり、時々会話をする人の良さそうな騎士に話すと、相手の返答を待たずに茂みの方へと歩いていく。
「ちょっと、急にどうしたんですか...」
部隊はギルバードのことなど気にせず先へどんどん進んでいく。その騎士はどうしたらいいか分からずオドオドしていたが、他の騎士に「ほっとけ」と言われたのでギルバードが気になりながらも隊列を乱すことなく歩く。
「おい、出てこい。いるのはわかってるぞ。」
ギルバードが茂みの中に呼びかけると、20人くらいの武装した集団が出てくる。
「まさか見つかるとはな。なかなかやるじゃないか。」
先頭にいた男が偉そうに話す。
「どうでもいい。襲うつもりだったんだろ?早く終わらせるぞ。」
「ケッ、舐められたもんだぜ。多勢に無勢って言葉知ってるか?」
「しらねぇよ。」
そう言い放つと素早く相手の一人に接近し、切る。
そのまま、他の奴にも接近する。
敵は、ギルバードの動きに動揺を示したがすぐさま反撃を開始する。
ードカァン、キィンッ
魔法が避けられて地面に当たる音、剣がぶつり合う音が鳴り響く。
「ギャァァァ」
ギルバードは、敵をどんどんと倒していく。
敵の一人を生かしたまま残し、それ以外は殺した。
「何で狙った?」
「誰が話すかよ!さっさと殺せよ。」
質問に対して男は回答を拒否する。
ーブスッ
「ッグアァァァ」
そんなことを気にしたそぶりもなく剣を足に突き刺し、続けて質問する。
「狙った相手は誰だ?」
「ハァハァ....クッ...知らずに守ってたのか?あそこに乗ってんのは、第一王女だよ。...これで満足か?」
「ああ、ありがとう。」
シュパッァンと男の首を刎ねる。
血をぬぐいながら、部隊に合流するため早歩きで進む。
(まさか護衛してたのが王女だとはな。色々と納得がいったな。装備が豪華なのは、護衛している騎士が王国騎士だから。なぜ移動しながら貴族の屋敷で泊まれてるかも王女なら当然できることだ。...だが、なぜ王国内に入ったのにいまだに俺に護衛の依頼をしてるんだ?さっさと騎士の援軍を出せばいいのに。)
ーー
その日の夜、いつも通り貴族の屋敷に滞在する一方、ギルバードは外で野宿する。今日は、フードを被ったエレノアがエアとして寝ているギルバードに近づいた。相手が誰かわかったギルバードは、目を開ける。エレノアは、当然のように隣へと座る。
「今日は何のようだ、エア。」
「ちょっと時間が合ったから遊びに来たんだ。ねぇ、ギルバードは、私と話してて楽しい?」
エレノアは自分が感じている感情をギルバードも持っているかを確認する。
「急に何だよ。別に何も感じない。」
「そっか...」
エレノアが寂しそうに呟く。
「ねぇ、何でずっと野宿してるの?屋敷に入るのが嫌でも街の宿借りることもできるでしょ?」
いつものように明るく話す。
「別に中でも外でも変わらないからな。それに、一応護衛の依頼中だ。仕事はしないとな。」
「へぇ、案外真面目なんだね。」
「お前のご主人様は、第一王女様だろ?何で追加の護衛の騎士が来ない?」
「えっ!?...気づいてたの?いつから?」
エレノアは、明らかに動揺していた。
「今日知った。質問の答えは?答えづらいなら答えなくていい。」
「追加の騎士が来ないのは、今王国内は少し前に反乱があって。その後処理で忙しいんだ。」
「なるほどな、お前たちも大変なんだな。」
「質問しといて軽くない?」
「まぁ、聞いておいて何だが実際俺にとってどうでもいいからな。」
二人の間にしばらく無言の空気が流れる。
(ギルバードは、私が第一王女本人とはまだ気づいてない。このお願いをしたらギルバードにも他の人たちにも迷惑をかける。それに、ギルバードがこのお願いを聞いてくれるかも分からない。王都に帰るまで後少しの間にもう一度部屋を抜けれる保証はない。城に戻ればこの気持ちの正体を知ることもできない....)
「ねぇ、ギルバード私を連れ出して。」
意を決したように真剣な表情でギルバードの目を見つめながら話す。
「はぁ?何バカなこと言ってるんだよ。」
ギルバードは、エレノアに見つめられ恥ずかしさを誤魔化すように拒否する。
「王女の侍女を攫うなんてできねぇよ。」
「私のこと守ってくれる?」
「急にどうしたんだよ。...護衛対象は、第一王女だがこうして話してる相手を護衛対象じゃないからって見殺しにするつもりはないよ。」
「良かった。」
エレノアは、安心したようにほっと息を吐き、深呼吸する。
「ごめんね、勝手なことしてギルバード。キャァァァァ、助けてぇー!」
エレノアが、フードを外して急に叫び出す。
「何してんだ?」
混乱するギルバードをよそに、叫び声を聞きつけた騎士たちがこちらへと向かってくる。侍女シャロンは、エレノアが外で冒険者の元に行っていると知っているため騒ぎを聞きつけ急いでその場へと行く。
「ギルバード、私を人質にして逃げないと捕まっちゃうよ。」
「エア、何でこんなこと...」
「早くしないと来ちゃうよ。」
ゾロゾロと集まってくる騎士の足音が聞こえてくる。
「どうなっても知らないからな。」
ギルバードは短剣を取り出しエレノアの首元へと傷がつかないよう気をつけて近づける。
「おい、ギルバードその方を離せ!」
部隊長のアロイがギルバードに話しかける。
「近づいたらこいつを殺すぞ。」
声のトーンを落とし脅し、騎士たちを牽制する。
脅しに対し、近づくの躊躇ったことがわかった瞬間、エレノアを肩に抱きその場を離れていく。
「王女様!」
連れ去られるエレノアに対してそう叫ぶ女のシャロンの声が聞こえた。
(は!?王女?)
ギルバードは、衝撃的な事実を知ったが今更引き返せないのでそのまま逃げ、路地裏に入る。
「なんかお前に対して王女様って言う叫び声が聞こえたんだが?」
「.....騙してごめんね、ギルバード。私は、エレノア。エレノア・リ・アルカディア。この国の第一王女なの。侍女ってのは嘘。」
「何で王女がこんなことしてるんだよ?」
「...ごめんなさい。捕まっても罪がないようにちゃんと私が話すから。」
俯きながら申し訳なさそうに話す。
「で、何でこんなことしたんだ?」
「気持ちの整理がしたくて...」
「気持ちの整理?どういうことだ?」
「私にもよく分からないの...あなたといると楽しいの...その気持ちの正体を知りたいの。」
「そうか....」
(エア...いや、エレノアか。こいつも俺がエレノアに感じているようによく分からない気持ちを抱いているのか....)
「その気持ちの正体がわかったらおとなしく城に帰れ...いいな。」
「うん...わかった」
「よし、じゃあまずはこの街を出よう。...いやその前にその服じゃ目立つ。まずは、服を買うか。」
そう言うと、立ち上がりエレノアの手を掴む。そして、周りを警戒しながら服屋に入り、平民が着るような質素な服とフード付きのケープを買う。
「どこに逃げるの?」
ギルバードに手を引っ張られながら歩いているエレノアは、質問する。
「俺の育った場所に行く。」
ーー
エレノアが連れ去られた後、今日泊まる予定だった公爵邸は騒然としていた。隊長のアロイは、捜索の命令とこの街全ての関所の監視強化を出す。公爵家の私兵達も捜索へ加わる。フィオナは、騎士数人と早馬で、王都へと報告に向かう。
(エレノア様...私がエレノア様のわがままを止めていれば....どうかご無事でいてください。)
翌日、王都に到着後、すぐにエレノアの父であるヴァルゼウス王と兄のルシアス王太子に事情を説明する。
「エレノアが連れ去られただと?犯人は誰だ?」
ヴァルゼウス王は、報告を受け質問する。
「ヴィクトリアから戻る途中地竜に襲われ犠牲になったヘルス隊長の穴埋めのために護衛の依頼をした、ルーベンを活動拠点にしているAランク冒険者のギルバード・グレイブという男です。」
「冒険者がなぜエラノアを攫う?」
「すいません、分かりません。ギルバードは、エレノア様が、王女ということは知りません。また、ギルバードは、貴族の屋敷内に入ることはなくいつも外で野宿していました。そこへエレノア様が気まぐれでたまに侍女と名乗って会いに行っていました。」
「そうか、騎士を使って捜索をする。」
「お待ちください父上。騎士は、今回の小隊が所属する第二師団と一部の近衛兵のみで行わせた方がいいかと。内乱後で第一王女が誘拐されたと知れたら民達が不安を持ちます。」
「うむ...では、そうしよう。シャロン、お前はルーベンに行き、ギルバードが帰ってこないかや知り合いに話を聞いてこい。決して誘拐されたとは伝えずギルバードが犯罪を起こし逃亡中だと伝えろ。」
「はい」
短い返事と共にお辞儀をして部屋から退室する。共に王都に来た騎士を連れすぐにルーベンに向け出発する。
ーー
関所に騎士たちの監視が強化される前に抜け出すことに成功したギルバードとエレノアは、そのまま公爵領から南に向かっていた。
「こっちの方向ってセロス子爵領よね?ギルバードの故郷ってそこなの?」
「ああ、そこのスラム街出身だ。」
「えっ!?」
「驚いたか?そこが一番見つかりにくいと思ったんだが、行きたくないなら別のところ探すぞ?」
「そこでいい...ギルバードのこともっと知りたいし。」
「変わってるな....」
(こいつのことがわからない。なぜ王女なのに俺にそんなにこだわるんだ。.........考えないようにしていたが俺は...俺はたぶんエレノアのことが好きだ。こいつと話していると安心している自分がいる。こんなこと初めてだ。)
森での野宿のため、捜索している騎士たちに見つかることはなく、無事にセロス子爵領に着く。関所から街の奥に進んでいき中心地から少し離れたところ、スラム街に着いた。
エレノアは、スラム街の空気の重さと劣悪な生活環境に思わず息を呑む。
「フードは深くかぶっておけ。決して顔を見られるな。襲われるぞ。」
ギルバードの真剣な口調に頷き、フードをいつも以上に深く被り、ギルバードに引っ付きながら歩いていく。
しばらく歩いた後、廃墟の前で立ち止まる。
ギィィィと甲高い音を立てながらその扉を開けると中には、埃被ったベットとボロボロの机と椅子がぽつんと置いてあるだけだった。
「ここが俺の実家だ。引き返すか?」
「いや、いい。私が決めたことだから。この気持ちの正体を知るって。」
「そうか。移動で疲れただろ。汚いがベットを使え。床よりマシだろ。」
話しながらギルバードはベットに綺麗なタオルを被せる。
「ギルバードはどこで寝るの?」
「俺は床で寝る。一緒に寝て欲しいのか?」
ギルバードが揶揄うように言うとエレノアは顔を真っ赤に染める。
「そんなわけないでしょ!....ただずっとちゃんと寝てないから心配しただけ...」
「心配するな、数日ちゃんと寝なくても俺は大丈夫だから。」
「でも...」
エレノアは続きを何か言おうとしたが自分勝手な理由で巻き込んでいるため、何も言えなかった。
「しばらくここで過ごすからその気持ちの正体とやらを早く見つけてくれ。」
「わかった....じゃあ、ギルバードの話をもっと聞かせてよ。」
エレノアは、自分が座っている隣をぽんぽんと叩き座れと促す。ギルバードは、渋々エレノアが叩いて位置とは少し離れた位置に腰を下ろす。
「何が聞きたいんだ?」
「ここでの暮らしが知りたい。いつまでここに住んでたの?」
「10歳の時までだ。金のためにスリをした相手が、今のルーベンのギルマスのガルシアってやつで俺を拾って剣を教えたんだ。」
エレノアは何も言わずに真剣にギルバードの話を聞いていた。
「まあ、ガルシアは剣を教える素質は全然なかったけど実戦で色々教えてもらって全部の流派上級の腕前まで上がった。そしてそのまま冒険者になって今ってわけだ。」
「そっか....大変だったんだね。」
「俺がスラム出身でスリまでしてたの幻滅しないのか?」
「幻滅なんてしないよ。この国でスラムがあるのも私たち王族や貴族のせいだから」
「やっぱりお前は変わってるよ。....俺が寝る時周りを警戒するのが癖になってるって言っただろ。それはスラム出身だからだ。ここじゃ寝る時いつ襲われるか分からないからな。だから俺は、信用している人間も少ない。」
「じゃあ、私のことも信用してないよね。....寂しいな。」
「別にエレノアのこと信用してないわけじゃない。」
ギルバードは、片手を天井に伸ばしながら手を重ねた時のことを思い出しながら話す。
「一回俺が安心できるように手重ねてくれたことあっただろ?あの時は言えなかったけど....少し安心したんだ。」
「えっ!?」
(そっか、ギルバードは私のこと安心できる相手と思ってくれたんだ。嬉しいな)
「ねぇ、ギルバードやっぱり一緒に寝ない?」
「はぁ?何言ってんだよ。王女様と一緒に寝るなんてできねぇよ。」
「誤解しないで。別に変な意味はないよ。ギルバードは私といると安心するんでしょ?それに近くにいた方が守ってもらいやすいかなって思って....」
エレノアは顔を赤く染めながら誤解を解こうとする。
「ね、いいでしょ?」
エレノアが、首を傾げついつい見とれてしまうような可愛さでお願いする。
(落ち着け俺。冷静になれ。相手は第一王女だ。いくら可愛いからってここは絶対に断らないと)
「ギルバード、ダメ?」
なかなか返事をしないギルバードをエレノアが催促する。
「っ!...わかった。」
先ほどまでの決意は虚しく散り了承してしまう。
壁側にエレノアが寝て、ギルバードは床に落ちるスレスレの位置にエレノアに背を向けて寝る。
「もっとこっちに近づいたら。落ちちゃうよ?」
「このままでいい。」
「そう、おやすみギルバード。」
「ああ。」
エレノアは、ギルバードの方を向きながら目を瞑る。ギルバードもいつものようにどうせゆっくりは寝れないだろうと思いながらも移動の疲れを無くすためにも目を瞑る。
(勢いで一緒に寝ようなんて誘ったけど、やっぱり恥ずかしい....ギルバードが反対側向いてくれてるからまだ良かった。男の人をこんな風に誘うなんてどうしちゃったんだろ私。)
そう考えながらもエレノアは眠る。いつのまにか頭をギルバードの背中に預けていた。
ギルバードは、物心ついて初めてお酒を頼らずに周りのことを気にせずぐっすり寝ていた。その安眠は、どさっと床に落ちた衝撃で覚める。
「ぃってぇ...寝てたのか?」
ベットの上を見ると、ギルバードの方を見てスヤスヤと眠るエレノアがいた。
「酒で潰れた時みたいに周りのことなんか考えずにぐっすり寝てたな....俺は、エレノアの隣にいると安心してるな。これは重症だな。相当エレノアのことが好きっぽい....」
エレノアの寝顔を見て、自然とエレノアの頭に手を伸ばそうとしていた。その手を直前で止める。
「何しようとしてるんだ俺は。マジで手を出したら終わりだ。....寝よ」
ギルバードは、ベットの縁に体を預けて眠る。
-翌朝-
ギルバードが目を覚まし、ベットの方を振り返るとエレノアがむすっとした顔でこちらを見ていた。
「何でそこで寝てるの?」
「ベットから落ちてそのまま寝てたんだ。」
「そっか...ベット小さいし二人で寝るほうが無理あったよね....ごめん。」
(気持ちの正体がわかった気がする....朝、隣にギルバードがいなかった時不安だった。私は、ギルバードのことが好きなんだ。)
「ギルバード....」
「何だ?」
エレノアが俯きながら話す。
「私、ギルバードのことが...」
ーバンッ!
エレノアが、言葉を続けようとしたその時、古びた扉が壊される。
「王女様、ご無事でしたか!」
騎士の鎧を着た30代くらいの男が入ってきた。
「ウィリアム!?」
(なぜここがバレた?...ニコラスか?くそ、やるしかないか。)
ギルバードが剣を構える。
「私は、ウィリアム・フォン・ウェリントン近衛師団団長である。ギルバード・グレイブ、王女様を連れ帰らせてもらう。お前はここで殺してやる。」
「待ってウェリントン。私が連れ去ってとお願いしたの。城に戻るからギルバードを殺さないで!」
「王女様、誘拐犯に温情など要りません。王族の誘拐など死罪に値します。」
ウェリントンは、エレノアに敬意を持って話す。
「...わかった。じゃあ、ギルバードも連れて帰って。私が、父上にお願いします。これは命令です。」
「畏まりました。おい、大人しく拘束させてもらおうか。」
「お願いギルバード、絶対殺させないから...」
ギルバードはエレノアを信じて大人しく拘束される。
ーー
数日かけて王都へと到着し、そのまま王城へと連れて行かれる。玉座の間にて縄で縛られたまま、玉座に座るエレノアの父ヴァルゼウス王に見下ろされる。ギルバードの隣には、エレノアが座る。玉座の間には、王とエレノアの母である王妃、兄の王太子、近衛師団団長のウェリントン、今回の一件を知っている公爵がいた。
「父上、お願いいたします。ギルバードを殺さないでください。」
「なぜだ?」
「私が、誘拐してとお願いしたからです。ギルバードは命令に従ったに過ぎません。」
(ギルバードのことが好きになったなんて絶対に言えない)
「ベルガルド公爵、ウェリントン、下がってくれ。また呼ぶ。」
「「ははっ」」
二人は、命令通り玉座の間から退室する。
「エレノアここには家族しかいない。本心を言え」
「っ!私は.....ギルバードのことが好きです!」
「へっ!?」
ギルバードは、エレノアの告白に対して驚き変な声が出る。王妃と王太子は面白そうな顔をする。
「そうか。ギルバード、お前はエレノアを守れるか?」
ヴァルゼウスが、ギルバードに問いかける。エレノアが、不安げな表情でギルバードを見る。
「守ります。」
ギルバードが決意を固め、はっきりとした口調で答える。
「そうか、では条件を出そう。流派は問わないが奥義を一つでも習得できたら結婚の許可を出してやる。ウェリントンに教えてもらえ。期限は、一ヶ月だ。それまでに習得できなかったのなら、許可は出さない。奥義を覚えるまで二人の接触も禁じる。エレノアは、王族としての務めを果たせ。」
「ありがとうございます、父上。」
エレノアは、涙を流しながら深く礼をする。
章間はあと1話続きます




