第六話 妹に逆らっちゃ駄目だよな
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――夕方。家に帰ってきたシュウマは、何故か妹に正座させられていた。帰ってきて突然のことだったので、シュウマは朝と同じく制服姿のままである。居間で食事をするちゃぶ台を挟んでシュウマを見ている妹は、大層ご立腹な様子だった。
「……あの、美咲さん。なんで俺は正座させられてるんですかね」
「――へぇ、わかんないんだ?」
口を開けば、妹の凄みのある視線に睨み返される。そんな視線を向けられても、シュウマとしては睨まれる心当たりがないものだから、反応に困る。そのため、甘んじて妹からの正座の刑を受け入れるしかなかった。
「はい、全く分かりません」
「なら教えてやる。私が怒ってるのは、兄貴の帰りが遅かったからだ」
「えっ」
言われて時計を見てみると、確かにいつもより時間が遅い。いつもは午後四時程に帰ってくるのだが、今時計が差しているのは午後五時。一時間くらい差が出来てしまっている。……だが、別に四時五時に帰れなどという門限などないはずの夏野家基準で見れば、何も問題のないような気がする。しかし、目の前の妹は納得のいっていない様子だった。
「遅くまでどこをほっつき歩いていた?まさか、寄り道してきたなんて言うんじゃねぇだろうな」
「違うって。真っ直ぐ帰ってきたぞ」
「時間は嘘をつかない。よって兄貴は嘘をついている」
「なんで時計より俺の発言が下なの?」
時計未満の信頼しか向けられていない自分に、シュウマは切ない気持ちになった。だが遅くなったのは確かなので、シュウマは潔く頭を下げた。
「悪かった。ちょっと用事があったんだ」
「言葉遣い」
「申し訳ありませんでした」
妹、まさかの敬語強要である。最早どちらが上か分からないその状況に、シュウマは内心複雑な気持ちになった。
「……でもさ、一時間遅れただけでこれはやりすぎ――」
「うるせぇ、黙れ。飯抜きにするぞ」
せめてもの弁護をしようとしたが、取り付く島もない。今度は一体どんな地雷を踏んだのかと思いながら、シュウマは遠い目になるのだった――
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――翌日の昼。シュウマは幽鬼のようなフラフラした足取りで、弁当片手にいつもの場所に向かっていた。そして例によって、そこには黒髪ショートの美人……レイカの姿が。
「あっ、夏野君……?どうかしたのですか?随分と顔色が悪いですが……」
「気にしないでください……」
レイカが心配した様子で――顔は無表情だが――声をかけてくるが、シュウマは気のない返事を返すだけだ。レイカは怪訝に思いながらも、普通じゃないシュウマの様子に、話題を切り替えることにした。
「そ、そうですか……あ、昨日は学級日誌の件、ありがとうございました。本当に勉強になりました」
「あぁ、はい……」
シュウマはレイカからの礼に淡白な返事をして、疲れた様子で階段――レイカよりも全然下の段だ――に腰掛けた。シュウマは弁当の包みを開き……そして、ため息をついた。
「日の丸かぁ……」
弁当はびっしりと敷き詰められた米に梅干しが乗っているだけのものだった。流石にそれだけでは味気ないと妹は思ったのか、申し訳程度のひじきが端に乗せられている。何故そんな弁当になってしまったかというと、昨日シュウマが妹を怒らせた事が原因である。あの後、シュウマに小一時間程正座をさせた妹は、「しばらく日の丸弁当だから」と罰を言い渡したのだ。何がそこまで彼女を駆り立てたのかは未だに理解できていないが、それで妹が落ち着くなら安いものだ、とシュウマは罰を受け入れた。
「眠……」
そして、もう一つの謎。何故シュウマはここまで疲れ切った様子なのか。その原因は単なる寝不足だった。昨夜、どうしたら妹を宥められるかと、シュウマは自分の行動を振り返って反省点を探していたのだが……これが思った以上に難航した。ここ最近理不尽な怒りをシュウマにぶつけてきた思春期の妹の内情など、シュウマにはいささか難解すぎて理解できなかったのだ。そうして布団の中でぼんやりと考えていたら、いつの間にか日を跨いでしまっていた。おかげで午前の授業は舟を漕ぎながら過ごすことになってしまった。
「あの……大丈夫ですか、夏野君」
「大丈夫です、大丈夫」
近くにきたレイカが心配してくるが、シュウマは投げやりに言葉を返す。ただの寝不足なのだからそんなに心配されることではない。しかしレイカはそうは思わなかったのか、執拗にシュウマに声を掛けてくる。
「気分が悪いのなら、保健室に行きましょう。私がおぶっていきます」
「結構です」
「遠慮しないでください。私は学生の頃は運動部だったので、力はあるのです」
「必要ないです」
「ハッ……まさか、おんぶは嫌ですか?ならば、だっこで運ぶしか……」
「俺の話を聞けよ!」
無理やりにでもシュウマを保健室に運ぼうとするレイカに、シュウマは叫び声をあげた。その際に寝不足の頭が痛み、シュウマは頭を押さえた。目を若干見開いて固まったレイカに、シュウマは顔をしかめながら言葉を紡ぐ。
「……とりあえず落ち着いてください。ただの寝不足ですから。こんなもんちょっと寝たら治ります」
「なるほど、寝不足ですか……しかし、午後の授業に支障が出てはいけません。昨日のお礼として、私が保健室に――」
「いいですってば。赤子じゃあるまいし、自分で行けますから」
なんとしてもおんぶしようとしてくるレイカの申し出を断ると、レイカはショックを受けたように顔を俯かせた。無表情のまま、指で髪をくるくると弄っている。シュウマはそんなレイカを横目に、日の丸弁当を食べ始めた。米は特に味付けをされておらず、ひじきも米に合う味付けではない。まぁ別に不味いというわけではないので、普通に食べ進めていく。しばらく無言で食べていると、隣に座っていたレイカが――どうやら立ち直ったようだ――シュウマの弁当に視線を向けているのが見えた。
「……どうかしました?」
「いえ、夏野君がそのようなお弁当を食べているのが、珍しくて」
「日の丸弁当がそんなに珍しいですか?」
「そうですね。夏野君のお弁当は、いつも彩り豊かでしたので」
レイカの言葉に、シュウマはふと、箸を進めていた手を止めた。そして、なんとなく弁当箱に視線を向ける。既に米は大半がなくなっていて、先ほど食べた梅干しの種が弁当箱の中に転がっていた。それを見て、シュウマは胸が締め付けられたような感覚を味わった。
(……そうだな。美咲はいつも、綺麗で美味い弁当を作ってくれた)
態度は最悪だったが、妹の作る弁当は身内びいきを引いても味、見た目ともに良い出来で、弁当箱を開けるたびにシュウマの心を踊らせた。料理のできない自分に代わって、毎朝作ってくれるこの弁当は、シュウマの一日の数少ない楽しみになっていた。
(……このままで、いいわけがないよな)
やはり、妹にしっかり謝らなければならない。自分は一体何をやらかしたのか、彼女は何に怒っているのか。それを理解して、妹に誠心誠意謝罪をするのだ。
(こんな事をするくらい、あいつは俺に怒ってたんだ。落ち着くまで待ってようなんて……やっぱ違うよな)
心の中でそう結論づけると、眠気に侵されていた気力が、みるみると自分の中に湧いてくるのを感じた。
「夏野君?急に黙ってどうしたのですか?」
「……霧谷先生」
「はい、霧谷です」
気分が晴れやかになったシュウマは、自分の目を覚ましてくれたレイカに向かって、頭を下げる。
「ありがとうございます。おかげで決心つきました」
「え?ど、どういたしまして……?」
脈絡のない礼に、レイカは無表情ながらも困惑した様子で言葉を返す。そんな彼女を見ながら、シュウマは少しだけ口角をあげた。




